<第一章:悪性図書館> 【02】


【02】


 石の棍棒が振り降ろされる。

 俺と一つ目の化け物の身長差は四倍。当然、質量差は圧倒的。真正面からぶつかれば、普通ならペシャンコだ。

 普通なら――――――俺は異常な側だ。

「グッ」

 脳天から足元まで衝撃が体を貫く。一瞬、視界が暗転した。

 しかし、剣で棍棒を受け止める。

 痺れるが痛みは少ない。骨は折れてない。出血もたぶんない。前よりも頑丈になっている。

 化け物がまた叫ぶ。

 無事な俺が許せないようだ。それとも無力な自分に叫んだのか? まあいい。見え見えの攻撃を、二度も受けるつもりはない。

 化け物の両膝を切断した。

 返す刃で腰を切り飛ばす。

 だるま落としの要領で、次は胸と背骨、丁度良い高さに来た首を刎ねる。

「良し」

 よく寝たから絶好調だ。

 竹刀すら握ったことのない俺だが、極自然と剣は振るえる。体の一部だから当たり前か。鳥の飛び方、魚の泳ぎ、捕食者の狩り、そんなものと同じ。血と骨が知っている。

 剣の刃を爪でなぞった。

 刃こぼれなし。血も脂も付着していない。こいつも偽物か。なんだかガッカリだ。

「ねぇ、飛龍」

 キヌカは、化け物が飛び出た本を足で小突いていた。もう一度、化け物が出てくる気配はない。

「出てきたもの斬ったら大人しくなるみたいよ」

「なるほど、了解、どんとこい」

 最初の敵は、冒険小説だった。

 巨大イカを撃ち殺す。

 巨大トカゲを刺し貫く。

 羽虫みたいな妖精の集団を一ヵ所に集めて叩き潰す。

 ティラノサウルスは、じっくり観察した後に両断した。

 ゴリラに似た類人猿の群は、リーダーらしき奴を倒したら本に逃げた。

 次は海賊、骨になった海賊、一般人を装った海賊、また普通の海賊と続き、端から端まで斬り捨てる。

 楽しい。

「ハハハハハハッ!」

「うわ、邪悪な笑い」

 受付に避難したキヌカに言われた。本から出てきたモノは、キュレーターの傍には行かないのでそこに逃げたのだ。

 しかし、良いな。

 物理的にどうにかできる連中は良い。ボイドや、ダンジョンの化け物がみんなこうなら良いのに。

「キヌカ、次」

「冒険小説はこれでお終い。次はミステリーいくわよ」

「ミステリーの敵ってなんだ?」

「さあ? 真犯人とか?」

 キヌカは、受付に積んだ本を俺に向かって投げる。

 開いた本から出てきたのは、いかにも怪しそうな老紳士だった。19世紀の上流階級みたいな服装。片手に杖、もう片手を内ポケットに入れて、拳銃を取り出そうとしたので斬った。

 消えた。

 本は大人しくなった。

「弱っ」

「まあ、そうなるわよ」

 ミステリーの敵は弱かった。

 普通の殺人者ばかりなので仕方ない。何人か変わってそうなのはいたが、人の範疇だ。斬ったら死ぬ。問答無用で全員斬った。

「………………飽きた」

「ちょっと!」

 大した抵抗もできない人間を、一方的に斬るのはつまらない。

「ただの人間ばっかだ」

「それはそうだけど」

「もっとこう、モンスター的なの頼む。デカイ猛獣、もう一回恐竜でもいい。恐竜好き」

「えー」

 キヌカは、声を上げて本を確認。

「そちら、お勧めですよ。傑作のファンタジーでございます」

「あ、どうも」

 キュレーターに薦められた本を投げる。

 肩を回しながら楽しみにしていると、本から出てきたのは黒くて濃い影だった。

「ああ、コピー的なアレ?」

 当たりだった。

 影は立ち上がり、俺と同じ輪郭をかたどる。肩に担いだ剣も同じ。自然体で脱力した構えも同じ。

 となると当然――――――銀閃が瞬く。

 首、太もも、心臓を狙った斬撃が重なる。三連の締めに繰り出した膝蹴りまで同じ。鉄と肉と骨の感触も同じ。退いた距離も寸分違わず同じ。

「これは中々」

 気持ち悪い。けど、自分の動きを客観的に見れるのは面白い。

 足運びが良くないな。

 左膝を伸ばして着地する変な癖がある。

 動き出す時、右足のカカトが地面から浮いている。肩も少し下げている。バレバレの予備動作だ。

 何よりも、喉と心臓は左手でガードすべき。攻撃の時、ガラ空きだ。

 修正点はそんなとこ。

 所詮は素人だから、素人が気付く程度の修正しかできない。気付いてすらいない欠陥も沢山抱えているのだろう。

 後は、ぶつかって試すしかない。

 修正した動きで影に斬りかかる。鏡のように、影は同じ動きで対応した。

 少し良くなった気がした。

 次に剣を振るうと、少し悪くなる。

 数をこなして鍛える。二歩進んで、一歩下がり、時には三歩下がる。そんな感じのすり足で体を動かす。

「いつまでやってるの!」

「あ、いかん」

 キヌカに言われなかったら、一日中剣振っていたかも。

 なんとなく強さの輪郭は掴んだ。もうちょい斬り結んでいたいけど、終わりにするか。

 さて………………どうしよ。

「キヌカ、頼む」

「はいはい、は~い」

 面倒くさそうなキヌカが影の背後に回り、ペーパーナイフのボイドを影の背中に刺して動き――――――

 

 ――――――あれ?


「ん?」

 周囲の空気と、自分の感覚に違和感を覚えた。

「飛龍、これ駄目っぽい。あんたも止まってた」

「なに?」

 俺も止まってたのか。影だけ止めて倒すつもりだったのに。

「これ痛い?」

 キヌカが影の脛を蹴る。俺の脛にも衝撃がきた。

「痛い」

「どうしよ。これ倒したら、あんたも死ぬんじゃ?」

「あり得るな」

 キュレーターを警戒して、他のボイドを使わなくて良かった。下手したら即死してた。

「おい、とんだお勧めだな」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」

 キュレーターは、うやうやしくお辞儀をした。

 こいつ性悪だ。どうりで、本から出てくる連中が全部攻撃的なはずだ。

「倒し方を教えろ」

「その影は、偉大な魔法使いが魔法の力全てと、命を削って消すことのできたものです。参考にしてはいかがでしょうか」

「ふざけるな馬鹿野郎」

 ボイドを捨てろってか。死んでもお断りだ。

 どうしたものかと、一個だけ策が思い付いた。

 左袖のジッパーを引く。

「どうするの?」

「キヌカ、そいつを止めてくれ」

 俺は、キュレーターに向かって剣を投げた。奴は、二指で挟んで止める。

「困ります」

 こいつ、殺すつもりで投げたのに簡単に。

「えいっ」

 しかし、キヌカが突く隙は作れた。

 ボイドの影響でキュレーターは止まる。止まっているように見えるが。

「大丈夫か?」

「たぶん、でもなんかザラザラしてる。あの椅子ほどじゃないけど、なんか干渉してるような。そうでもないような。別から? うーん、止まってはいるけど」

「なら良し」

 怪しい奴の前で切り札は見せたくない。

「どうするつもり?」

「一か八か食う」

 左腕で口元を隠す。大口を開けた。

 影も同じように左腕の口を開き、

「は?」

 食われた。

 一瞬のことで、理解するまでに時間が必要だった。

 影は俺と同じように左手の口を開いた。そして、飲まれた。口が反転したかのように見えた。所詮は影なので正確ではないと思うが、影は左手に飲まれて消えた。

 跡形もない。

「どういうことだ?」

 とりあえず、俺は無事だ。本も大人しくなった。

「無理したら、あんたもああなるってこと?」

「それは困る」

「アタシも困る。気を付けて」

「気を付ける」

 原因がわからない以上、そう言う以外にできることはない。

 てか、キュレーターが止まっているなら。

「今のうちに本盗むか」

「あ、盲点」

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