<第三章:グリード> 【05】


【05】


「うむ、起きたか」

 扉を開けると、門外がいた。

 怪我はすっかり癒えたようだ。小汚いズタ袋を肩にかけている。

 俺は、剣を門外に向けた。

「どうした? 文字通り剣呑であるぞ。それと何か着ろ」

 廊下に出て扉を閉める。

「俺の質問に答えろ。でなきゃ殺す」

 門外は手を合わせる。

「答えよう」

「黒峰の奴は偽物だった。気付いていたな?」

「偽物? どういうことなのだ」

「トボケるな」

「ボケもトボケもしておらぬ。偽物というなら、本物はどこなのだ?」

「知らねぇよ。お前が殺したか………やっぱお前が本物の黒峰じゃないかって疑っている」

「疑心であるか。それは厄介だ。拙僧が言えるのは、お主と引き合わせた時は間違いなく黒峰本人であった。少なくとも、拙僧はそう思っている」

「じゃあ、お前の目が節穴ってことか」

「それは否定できん。して、偽物とは誰なのだ?」

「知らねぇよ。首を落とした後、俺の体を乗っ取ろうとしたから殺した」

「死体を操っていたと?」

「死体も操れるとか何とか。知らんけど」

「戦った敵に興味はないのか」

「倒したからいいだろ」

「学ばねば、同じ敵に負けるぞ」

「へぇへぇ」

 と、いかん。門外のペースに飲まれかけた。

「偽物にも翼があった」

「なに?」

 門外は、本当に驚いて見せる。

「俺の考えはこうだ。門外、お前が全ての元凶だ。翼のボイドを広めて、他の冒険者を殺し、黒峰を偽物にすり替え、俺との共倒れを狙った」

「共倒れを狙うなら、偽物にすり替える理由はないと思うが」

「偽物の方が扱いやすかったんだろ」

「解せんのだが、お主の考えでは拙僧の目的はなんだ?」

「金とかボイドとか色々」

「どちらも、拙僧には無用の長物」

「言うのは簡単だな。では、俗な人間には理解できない理由だ」

 世界を滅ぼす、とか。

「否定はできん」

「俺に敵をけしかけたって、認めるんだな?」

「認めはせん。拙僧は、求道者と言っただろう」

「それが怪しいと言っている。具体的に、何をしているのかわからん」

 理解できないというのは、疑うには十分な要素だ。

「魔女狩りのような偏見であるな。ふむ、具体的か。噛み砕き、分かりやすく言うのなら、拙僧は記憶を集めている」

「記憶?」

「ボイドには『人の記憶にあるが記録にない』という現象が発生している。人間の時間史は、クラインの壺型であると言われて久しい。過去も未来も同時に存在し、それを隔てている現在とは、認識力の限界による霧がかかった状態に過ぎない」

「………………」

 ゴリラが、ゴリラ語を話している。

「だが、人の認識は莫大な力を持っている。人の認識に触れ、ボイドは世界に現れ、世界を変える。故に、ボイド本来の意味、宇宙の空洞になぞらえて、歴史の虚から生じたそれを、人は【ボイド】と名付けた。………………おい、どこを見ている?」

 俺は天井を見ていた。

 校長先生の長話を思い出していたのだ。

「あーつまり?」

「記憶だ。記憶がボイドの始原なのだ。『こういうモノがあるのなら、こういうモノ“も”ある』。この空想の連鎖、それによる認識の感染と拡大が、ボイドを生み出した元凶である。拙僧らが探しているのは、ボイドの生まれた最初の記憶。OD社が、マザーエッグと呼ぶボイドの記憶。それに辿り着くために、人々からボイドの記憶を集めている」

「なるほど、そうか」

 何となく理解した。

「分かってくれたか」

「やはり、お前は怪しい」

 ボイドの記憶が欲しいがため、俺たちを戦わせた。

 これで間違いないと思う。間違っていても俺に損はない。

「そうなってしまうか。詮無いことだ」

「胡散臭いの間違いだろ。恨むなら、こんな場所を恨め」

 結局は、信用できないの一言だ。

 ボイドは恐ろしい。けれども、一番恐ろしいのはそれを使う人間だ。俺程度の人間は、何もかも恐れるくらいで中の下だ。

「仕方ないのだな」

「ないね」

「他に手段はないと?」

「ない」

 ここでこいつを排除しなければ、キヌカの帰還すら危うくなる。

 シンプルが一番。後腐れも迷いもない。俺とキヌカ以外は、全員敵でいい。

「拙僧も本気を出さねばならぬか。今しばらく、ここに留まってアレの監視をしなければと思ったが仕方ない」

 門外は、ようやく本性を現すようだ。

 俺もやる気を出して行く。病み上がりだが、てか、ここに来てからずっと病み上がりだ。問題ない。

「飛龍よ、一つ言っておく。本気の拙僧は――――――」

 門外の姿が消えた。

「――――――速いぞ」

 巨体に似つかわしくない速度。俺が発見した時には、奴は既に長い廊下の端にいた。

「また会おう! 次は、誤解の生まれない良き場所でな!」

「ええっ」

 門外は逃げた。剣を構える暇すらなかった。

「………………」

 これは予想外だ。

 ああいうのもありなのか。一個、勉強だ。

 背後の扉が開いて、キヌカが顔を覗かせる。

「門外さん、追い払っちゃったの?」

「怪しいだろ、あいつ」

「色々、相談乗ってもらってたけど」

「余計に怪しい」

 それ先に聞いていたら、音速で斬りかかっていた。

「あんたさぁ。そんなだと、誰かと協力する時に大変よ?」

「俺は一人でいい」

 次は一人でもいける。いけるように戦う。

「今回、アタシがいなかったら死んでたでしょ」

「死んでたな。まあ、死ぬ時は死ぬだけだ」

「いやいや、人と協力することの大切さを学んだでしょ」

 恐ろしさも学んだ。

 でも、どうしてもと言うのなら、

「キヌカみたいなのがいるなら、考えるかもな」

「アタシ、一人っ子だけど」

 そういうことではない。

「忘れていたぞ!」

 急に大声が響く。

 門外だった。廊下の角からひょっこり顔を出していた。

「そこの袋に、拙僧が知るボイドと、その情報を入れた! 使うがいい!」

「ありがとうございまーす」

 キヌカが手を振って答える。

「達者でな!」

 門外は手を振ってから消えた。

 なんか腹立つ。

 キヌカは、ズタ袋を引きずって部屋に戻る。俺は後ろに続いて言う。

「やめとけ罠だぞ」

「はいはい、アタシが罠にかかったら助けてね」

「むぅ」

 そりゃ助けるが、なんか納得いかない。

 キヌカは、ズタ袋を漁り出した。

「いい加減、服着たら?」

「そのシャツ俺のじゃないか?」

「ち、違うし。新しいの洗面所にあるから、制服も一緒に」

「幾らだった?」

「いいから」

「安くないだろ」

「いいって」

 そこまで言うなら甘えよう。

 洗面所に行く。

 冴えない顔を洗って、洗った冴えない顔にする。そういえば、ずっと寝てた割に体はさっぱりしている。キヌカが拭いてくれたのだろうか。残念なことに、全く覚えていない。

 新しいシャツと制服の匂いを嗅ぐ。素材の匂いだ。血の匂いはしない。

 着替え中、無遠慮に洗面所の戸が開いた。

「ねぇ。あ、ごめっ」

 何故か、キヌカは俺を見て目を逸らす。さっきまでパンツ一丁だったぞ? てかたぶん、裸も見ているよな?

「どうした?」

 背を向けたキヌカに聞く。

「制服の左袖に、ファスナー付けてあげようか?」

「それいいな。頼む」

 口からボイドを取り出しやすい。

「上着と、切り込み入れるから剣貸して」

「あいよ」

 キヌカに、上着と折れた剣を渡す。

 彼女は………………動かない。背を向けたままそこにいる。

「?」

「アタシ、明日帰る予定なんだけど」

「当初の予定通りだな」

「当初は、生き残れないと思ってたわよ」

「実は俺もだ」

「アタシ達って良いコンビ、なの?」

「じゃないのか?」

 二人揃って首を傾げた。

「例えばだけど、例えに例えた、例えばだけど」

 四回も念押ししてキヌカが言う。

「アタシも残るって言ったら、どうする? あんたに付き合うって言ったら」

「止める」

「なんでよ?」

「俺が嫌だからだ」

「最悪、やっぱ足手まといとか思ってるんだ」

 勘違いだ。

「違う」

「何がよ」

「お前が付いてきてくれるなら嬉しい。助かる。だが、俺らって今、上手くいっているよな?」

「でも嫌なんでしょ?」

「だから………上手く言えないが、ほら、仮にお前と一緒に進んで、俺ってこんな感じの人間だから失敗するだろうし、失望もされるだろう。そういうのが目茶苦茶嫌だ」

「嫌われるの嫌だから嫌ってこと?」

「あー、そうかもな」

 そういう感情もあるんだな。

「あんた初っ端から失敗してるのに、失望も何もないでしょ」

「でも、今回分で多少プラスになっただろ。その分が次の失敗で――――――」

「アタシは、母親を憎み切るまで十年以上必要だった。そんだけ間違い続けるのを見て、ようやく失望できた。あんたとの付き合いって、最長でも一年でしょ? 失望してる暇なんてないって」

「なるほど」

 関係ないが、門外の二百倍話がわかりやすい。

 ああでも、

「例えばの話なんだよな? 付いてくるって」

「………………そうよ。うるさい」

 あれ、失望してないか?

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