<終章>
<終章>
キヌカの帰還まで、五時間を切った。
「ねっ、暇よね?」
「まあ、暇だな」
ここに来てやることがなくなった。
俺の準備は万端。休息も十分。手に入れたボイドも、別個で使える物以外は左腕に喰わせた。後は、キヌカを見届けて進むだけ。
「お願いがあるんだけど」
と、キヌカに言われて前の階層に戻る。
屑鉄と工場廃墟の階層。うろつくのは、頭が歯車の冒険者たち。
俺は、巨大な棍棒で階層の床を叩いている。
「それ気に入ったの?」
「使いやすい」
キヌカの片目を奪ったボイドだ。普段使いの折れた剣よりリーチがあり、軽く扱いやすい。門外のメモによると、こいつの特異性は殴った対象に痛みを与えるというもの。
見た目と違って殺傷能力は低く、用途は拷問だ。
「なーんか複雑」
「それじゃ腕に喰わせて再構成するか?」
「時間かかるんでしょ?」
「物による。あの椅子とかは、まだ出なかった」
「いやいや、あんなもん出さないでよ。あんたも死ぬでしょ」
「確かに。だが、再構成したら多少使いやすい形になる………かもな」
「無差別なのは無理なんじゃない?」
「俺も無理な予感してる」
制御はできないだろう。出した途端、俺を錆びさせてくる。抑制か、防御のできるボイドが必要だ。
棍棒で音を鳴らしながら、軽く談笑していると、歯車頭が現れた。
数は15。
雪崩のように襲ってくる。
「キヌカ、下がってろ」
棍棒をフルスイングして、歯車頭を蹴散らす。歯車頭たちは派手に吹っ飛び、壁や床に叩き付けられた。
が、どれも死んでいない。
だが、痛みで悶絶している。
死体であるはずなのに痛みがあるようだ。それとも、このボイドは死体にすら痛みを生じさせるのか?
棍棒を振るう度、面白いように歯車頭が飛ぶ。
数は多いが、動きは単純。集団で掴みかかってくるだけ。肉薄される前に、棍棒でぶん殴るだけの簡単な戦い。
15体を叩き伏せ、無力化を確認。折れた剣を取り出す。
「飛龍、頭だけ壊して」
「了解だ」
キヌカに言われ、歯車と首の接合部分を剣で斬った。それで、ただの死体と屑鉄の二つに戻る。再度動き出す気配はない。
全てを同様に処理する。
ほとんどが棍棒による攻撃では無傷だった。しかし3体だけは重傷を負っていた。これも棍棒の効果だろうか? つまりは、五回に一回は痛みだけじゃなく重傷を負わせるのか。
おまけ程度に覚えておこう。
この棍棒の本命は、痛みで相手の動きを止めること。デカイが、サブウェポンに過ぎない。
「終わった?」
「周辺はな」
キヌカは、首なし死体を漁り出した。
手首から端末を外し、ポケットにある財布や身分証を並べている。
俺の仕事は警戒だ。楽してるように見えて格好が悪い。
「コルバ、端末の金額はアタシと飛龍に半々で移して」
『了解』
死体漁りは効率の良い稼ぎではない。端末を持ってない死体も多いし、入ってる金額も少額だ。しかしそっちは“ついで”である。目的は別にある。
「ダメ、この中にはいない」
「じゃ次だな。時間は大丈夫か?」
「まだ四時間もある」
「わかった」
俺は、また棍棒で床を叩き始める。
少し時間をおいて、また歯車頭たちが集まり出した。
次は8体。
同様に片付け、キヌカが漁る。
「ダメ」
「次」
そんな風に戦い続け、二時間が過ぎた。死体の数は、全部30体近く。
「見つけた」
ようやく、キヌカは見つけた。
首のない男女の死体。俺には他の死体と区別は付かないが、彼女が言うには上杉と早苗だ。
二人の死体を並べ、整え、キヌカは手を合わせた。俺も片手で合掌の形をとる。まだ敵が出てくる可能性がある。ボイドは手放せない。
「よし、燃やそ」
キヌカは、灯油タンクを荷物から取り出した。
暇つぶしは、上杉と早苗の供養だった。
こんな場所で永遠にさまようよりは、灰になった方がマシということだ。なんやかんやと、あの二人とキヌカには友情があったのだろう。
俺よりはないと思うけど。たぶん。
「他の死体はどうする?」
「一緒にやっちゃおう。遺品だけ灰の近くに置いておく。どーせ荒らされるだろうけど、運良く身内の人に発見されるかもだから」
「そうだな」
他の死体を積み重ねる。
こいつらの身内に見られたら、殴られるほど雑な作業だ。仕方ない。俺もキヌカもこんなことは慣れていない。慣れたくもない。
幸運なことに、死体の全てが腐敗していなかった。死臭はせず、錆びた鉄の匂いしかしない。
この階層の影響なのか、頭部の歯車の影響か、それともOD社が俺たちに防腐処理でもしていたのか、体を動かしながら考える。答えのでない無駄な考えを巡らせる。
死体を動かすのは、戦闘よりも重労働だった。
終わった頃には、軽く息が乱れて額に汗が浮かぶ。キヌカは、肩で息をしながら大汗をかいていた。
「時間、大丈夫か?」
体感では、もうギリギリだと思う。
「後一時間、じゃなかった40分。シャワー浴びたい」
「我慢しろ。OD社も外にシャワーくらい用意してるだろ」
「うー」
不快そうに、キヌカは汗を拭う。
俺は、積み重ねた死体に灯油を撒く。数が数だ。火を点けたら、すぐ去らないと熱に巻き込まれるだろう。
キヌカは、持参したクッキーの空き缶に彼らの遺品を詰める。
「いいか?」
「いいよ」
キヌカを下がらせ、100円ライターで火を点ける――――――前に、ふとした疑問を口にした。
「頭ってどこにあるんだろうな」
「生の? さあ」
普通は、首の方を供養しなきゃいけない気もする。
探す時間はない。どうせ暇つぶしだ。
「?」
妙な金属音が響く。
部屋の隅、放り捨てた歯車が動き出し、重なり、噛み合い、回り出す。
歯車たちは時計の中身に似た装置に変化した。巨大な装置になったソレは、ミジッと空間を軋ませ体を呼び出す。
ミイラのような枯れ乾いた胴体。無数の手。折れそうな長い脚。変化は続く、歯車が回り空間が軋む度、乾いた体に生気が宿り始める。
面白い、と思った。
変化を見届けてから破壊しよう。
「って、キヌカおい」
彼女はこっそりとソレに近付くと、
「えい」
ナイフのボイドを刺して、歯車を止めた。
「おっけーい」
「いやいやいやいや! 変身中の攻撃は駄目だろ!」
「知らないわよ。ほら、さっさとトドメ」
「でもなぁ」
止まった歯車の化け物が、不気味なオブジェと化してシュールだ。
「時間ないでしょ!」
「ぐぅ」
納得いかない。
けれども、時間がないのは確かだ。さっさと倒そう。
「いや、キヌカ。お前が止めたモノを攻撃したらどうなるんだ?」
「知らない」
「知っておこうな」
「今知るから早く。はーやーくー」
「へぇへぇ」
止まった化け物を、折れた剣で斬る。
斬る。斬る。斬る。
「おい、斬れないぞ」
「へーあんたのボイドでも無理なんだ」
斬れなかった。
刃が止まった化け物に当たると、音もなく止まる。全てのエネルギーがゼロになっている感じ。向こうは何もできないが、俺らも何もできない。ある意味、無敵状態だ。
「椅子の時みたいに、タイミング合わせて停止解く?」
「そうだな。そうしよう。しかし」
折れた剣では、化け物のサイズ的に一撃じゃ仕留められない。何か別の――――――
「あげる」
キヌカが拳銃のボイドを差し出す。先の戦闘が終わって返したやつだ。
「また借りるのもな」
誰かさんではないが、ボイドは色々使ってみたいのだ。
「だから、あげるって」
「上杉の形見だぞ? お前が持っておけよ。金にもなるだろうし」
「アタシ、銃苦手だからいらない。当たらないし。上杉もあんたが使うならいいんじゃない?」
「恨まれそうな気がする」
(いいから使ってくれ)
「ん?」
誰かの声を聴いた気がした。
気付いたら、銃を手に取っていた。
「弔銃にもなるか」
「ちょうじゅう?」
「洋画の葬式で銃撃つだろ。あれだ」
「洋画とか見ないからわかんない」
「じゃあ、どんな映画観るんだ?」
「昔の白黒のやつ。図書室にあるの」
「お、おん」
深く聞いたら、不穏な家庭環境の話になりそうだった。
「あんた映画とか好きなのね」
「映画とか好きだな」
「意外、趣味とかなさそうな人間に見えたけど」
「趣味ってほど好きではない。一日一本観るくらいだ」
「いや、趣味でしょ」
「暇だったからさ」
同じ映画を観ることも多い。
「趣味って、暇な時間を消費する手段でしょ」
「そうなのか。それじゃ趣味だ」
大した知識があるわけじゃないから、言いづらかったが趣味なようだ。
「じゃあキヌカ、時間があったら」
(さっさと撃て!)
謎の声に怒られた。
気がする。
どうにも俺とキヌカは、関係ない話に花を咲かせる癖があるようだ。
俺はポケットを漁って、弾になりそうな物を探す。
「はい、六文銭」
キヌカに、100円玉を二枚貰った。
「六文銭ってなんだ?」
「三途の川の渡し賃よ。あれって200円くらいなのよ」
「安っ」
もう少し高くても良いのにな。
右手で銃を構え、左手で200円を掴む。標的は、目の前の化け物だ。
「いいぞ」
「スリーカウントで離すわよ。3、2、1、はい!」
キヌカが離れ、化け物が動き出す。
耳をつんざく銃声、軽い反動。六文銭の弾丸は、化け物の細い胴体に風穴をあけた。
化け物は倒れ………なかった。動きは止めたが殺せていない。
「キヌカ、もっと小銭をくれ」
「10円しかないけど」
「それで良い」
ジャラッとキヌカから小銭を貰い、立て続けに引き金を引く。
銃声は五回響いた。
歯車の装置に四か所、胴体に一か所、それだけ穴を空けられて、ようやく化け物は膝をついた。
剣を取り出す。
そこに彼らがいるわけじゃないが俺は言う。
「さよならだ」
一閃。
穴で脆くなった化け物を両断する。
見ると、剣の刀身が伸びていた。刃渡りは60センチまで修復されている。沢山のボイドを破壊した影響だろうか、もしくは俺の精神的なものか。
もう折れた剣というより、欠けた剣だ。
化け物は跡形もなく消える。ここの夢は、これで終わりだ。
「キヌカ、行こうか」
「そうね」
火葬して階層を後にした。
フォーセップに戻り、エントランスに置いた荷物を手に取る。
俺は、水と食料を入れたボディバッグと、ボイドを入れた腰下げのポシェット。動きやすさ重視なので以上だ。
棍棒のボイドだけは、見せびらかすように肩に担いで運ぶ。威嚇にもなるし、本命である剣と左腕を隠せる。
キヌカは、登山用のバックパックを背負っていた。中身はお土産だろう。
「それ重くないか?」
かなり中身が詰まっている。しかも、コップや寝袋、水筒にピッケル、折り畳み椅子までぶら下げている。
「重さを止めたの」
「は? 重さを止めるってどういうことだ?」
「視線を止められるなら、重さもいけるかなって。やったらいけた。認識できれば割といけるみたい」
キヌカは、ショルダーベルトに挟んだナイフのボイドを見せる。
「そりゃ凄いな」
認識すりゃ何でも止められるって、目茶苦茶強力なボイドだな。………………いかん。ちょっと欲しいと思ってしまった。
「ねぇ、後20分だけど」
「ん? ああ、そうか」
色々あったが、割と余裕あるな。
『………………』
会話が途切れた。
妙な沈黙が流れる。
動く気にもなれず、立ったまま時間の経過を待つ。
が、手持ち無沙汰に耐えられなくなり、俺はボディバッグからエナジーバーを取り出してボリボリ食う。ペットボトルの水をがぶ飲みした。軽い運動の後だから割と美味い。
キヌカもチョコを食べていた。
リスを思わせる食事風景だ。ただ、こんな不機嫌そうな顔で、飯を食うリスは見たことがない。不味いのか? そのチョコ。
二人で黙々とカロリーを摂取。けれども、それもすぐ終わる。妙に時間が長く感じた。
「キヌカ、時間は?」
彼女は背を向けて一歩進む。
「………………けど」
「ん?」
「アタシ帰るけど」
「そうだな」
「本当に帰るけど! このままだと!」
「お、おう。世話になった」
なんで怒ってる?
「いいの!?」
「良いも悪いも、それはお前の――――――」
「アタシの都合はいいのよ! 大事なのは、あんたの都合!」
「俺の都合はいいだろ。大事なのは、お前の都合だ」
「だから違うってば! ほら! ねぇ! あるでしょ!」
「何が?」
なにこの会話。
「アタシ、必要ないの?」
「おいおい」
まさかと思ったが、そんな理由か? 駄目だ。絶対に駄目だ。
「俺の浅はかな損得勘定で、恩人の人生を縛りたくない。責任も持てない」
「え、え? なんであんたが責任持つの?」
キヌカは、とても不思議そうな顔をする。
微妙に腹が立った。
「俺が居てくれって言ったら、俺の責任だろうが!」
「それに従ったアタシの責任でしょ! 子供じゃないんだからね!」
それはそうだが、
「お前に死なれたら胸糞が悪い」
ここでは、死で終わらない死に方もある。
「人間、死ぬ時はどこでも死ぬわよ。アタシが外で死んでもいいの? 手の届く所に居た方が胸糞を回避できるでしょ。あんたの手で」
「俺は少しだけ強くなったが、安定はしていない。お前を守りながらじゃ戦え――――――」
「てか、アタシ自分の身は守れるし」
「………むぅ」
あのナイフのボイドは、あの椅子すら止めた。一対一ならどんな敵でも対処できるだろう。あくまでも、一対一なら。
いや、どう考えても、外よりここの方が危険だろ。だが、ここでキヌカを突っぱねたら一人で潜ると言いかねない。
「イヤなの? アタシと一緒にいるの?」
「い………………や、ではない」
しまった。
嘘でも嫌と言えばよかったのに、本音を漏らしてしまった。
「はい、決まり。アタシも――――――」
その時、フォーセップ全体が揺れた。跳ね上がった、と言ってもいい振動。
「きゃ」
転びそうになったキヌカを支える。
明かりが消えた。緑の非常灯の光が、周囲を微かに照らす。
「コルバ、どうした?」
腕の端末に話しかける。
『非常事態です。V-88-DC【偽翼】、活動再開を探知しました。アガスティア災害予報値により、最大クラスの危険度と認定。ボイドの異常性波形が、オリジナルと99パーセント一致しました。V-88-S3【曙光】、“そのもの”と判断します。地上進行の恐れありと判断された為、直ちに当施設を圧壊、廃棄、破壊します』
「なっ、倒したはずだぞ!」
あの繭が錆びて行くのを見た。
『中心部の破壊には至らなかったのかと、迅速な避難をお勧めします』
「コルバ、帰還用のゲートを開け!」
こうなれば問答無用だ。
キヌカを放り込んで、俺は先に進む。
『許可できません。規定により、周辺に危険度の高いボイドがいる場合は、帰還ゲートを開くことは禁じられています』
キヌカは自分の端末に話す。
「他の出口はどこ!?」
『フォーセップからの脱出口は一つです。次の階層に向かいましょう。ですが、残念です。もう近くに来ています』
エントランスに光が漏れる。
廊下から現れたのは、光る巨大な蛇。いや、魚。いや、ミミズ。いいや、人間なのか? 表面は光る羽毛に包まれ、所々に鱗のような赤い錆が浮かんでいる。
目はなく、鼻もなく、牙もない。だが開いた大口には、人間がみっちりと詰まっていた。
皆、全て、涙を流し歓喜に震え、死を讃えている。
『フォーセップ、圧壊まで110秒です』
施設全体が歪み、天井と床が近付く。
唯一の出口は、光る化け物の背後。
左腕で口元を隠す。
対抗できる術は一つ。あの椅子しかない。不完全だが、無理やりでも出すしかない。何が起こるのか予測不能だ。
「キヌカ、また視線を――――――」
キヌカが屈託のない笑顔を浮かべて、俺の手を取る。
「飛龍、一緒に死のう」
ぎゅるりと視線が回る。
激しい感情が全て失せた。心地よく晴れやかな気持ち。潰れそうなこの施設が、涼風が吹く草原に思える。
俺は何を考えていたのだろうか。
そうだな。
「ああ、そうだ」
死ぬのが自然だ。皆、あんなにも幸福な顔をしているのだ。この欲求に従うのが人として正しい。
「キヌカ、行こう」
二人で光に進む。
何故か、左腕が痛むが些細なこと。
「って、ん?」
片足が何かに引っかかり、進めなくなった。
背後を見ると、右足が自分の影に飲み込まれている。
「早く、ねぇ、飛龍、早く」
キヌカが俺の腕を引っ張り急かす。俺も早く逝きたい。だが足が抜けない。なんだこれは? 何に引っかかっているんだ?
足を思いっ切り引っ張る。
千切れても構わない。
「足が抜けない。キヌカも手伝ってくれ」
「仕方ないわね」
キヌカに引っ張られ、更に全力を出してようやく足は抜けた。
金属の転がる音。
「?」
足と同時に、影から古い映写機のような物が出てくる。
俺は、これを知っている。
このボイドの名前は、
「異形幻灯機・影鬼遊び」
幻灯機が明かりを灯す。しかし、光は既にある。目の前に途方もない光がある。強い光に影は濃く、大きく、巨大な鬼を造り出した。
影鬼は光の化け物に掴みかかる。子供がじゃれるように、化け物を拘束する。
配線が切れたように、死の欲求が消えた。
天井が崩れ出した。間もなく、この施設は潰れる。心臓の高鳴り、噴き出る冷や汗。全細胞が生きるために『走れ!』と叫ぶ。
「逃げるぞ!」
ほけっとしているキヌカを抱えて走る。
暴れる光の化け物と、それを拘束して遊んでいる影鬼。二つの巨大なボイドの脇をすり抜け、次の階層の扉にタックルをかました。
飛び込む瞬間、圧壊するフォーセップが見えた。
もつれ合う二体の化け物と、その傍で手を振る人影。
誰だ?
謎は一瞬で潰れた。
景色は、広い一本道に変わる。
果ての見えない天井に安心する。周辺は、ここにあった椅子の影響で赤く錆び、朽ちた鉄や錆の小山が放置されている。こんな殺風景を、安心した気持ちで見られるとは。
「あ、アハハハ! アタシ、あんたと心中しようとしてた!」
腕の中のキヌカが爆笑する。
「笑いごとかよ」
「ごめん、ごめん。なんかビックリして笑えてきた」
俺は立ち眩みがしてきた。
「どーすんだこれ」
次の帰還日は八月だぞ。三か月以上も先だぞ。
「進むしかないんじゃない? それともアタシをここに置いてく?」
「んなことするか」
キヌカは、俺の腕から降りると先を進む。
鼻歌混じり、ご機嫌でハイな様子。死にかけた反動だろう。正直俺も、妙に嬉しい感情が湧いている。
「行くよー!」
「わかった。わかった」
二人で進むか、この地獄の先へ。
『提言があります』
「なんだ?」
歩き出した俺に、コルバが話しかけてきた。
『あなたのボイド、V-99-DCには、現在名称が付けられていません。発見者に命名する権利が与えられています』
「ああ、名前なかったな。………必要か?」
軽く面倒である。
『必要です。ボイドを定義し、利用するにあたって名前は最重要です』
「なくても俺は使えてたし」
『必要です』
「でも」
『必要です。必要です。必要です』
「わかったよ」
いつになくコルバがうるさい。
「そうだなぁ」
ボイドを食べるボイドだから、ボイド喰らい? ボイドイーター? 夢は大きくと言った手前、ボイドも大きくいきたい。名前だけでも。
「………………あ」
ひらめいた。
「決まった」
『そうですか。登録します。どうぞ』
ヘル・シーカーをもじって一つ。
「ヘル・イーター」
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