<第二章:ハンティングライフ> 【03】


【03】


「二つ。選択肢を考えた」

 俺は指を二本立てた。

「一つ、黒峰と協力して『偽翼の集団』を倒す」

「でも、ハサミのボイドは持ってないのよね? あんた倒せるの?」

「そこも含めてだ。『ハサミは壊した』と言ったら、俺は黒峰に殺されるだろう。“それでも”と協力する可能性は低い。手駒が欲しいだけなら、キヌカも誘うはずだ。そうしないのは、欲しいのはハサミのボイドだけ。俺に対して慎重な態度なのは、ハサミをどこかに隠している可能性があるから」

 そんなところかな。

「言ってて『ない』思わなかった?」

「今まさに思ってる」

 これはないな。

「もう一つは?」

「あの椅子を何とかして先に進む」

 こいつは俺じゃどうしようもない。

 赤錆から俺を助けたキヌカに賭ける選択だ。彼女の判断と、そのボイドに全てを任せる。いまだ、信用が足りてないから、教えてくれない不明瞭のボイドではあるが。

「お腹減った。減らない?」

「減った」

 突然のキヌカの提案に頷く。

 腹ペコだ。カロリーが欲しい。

「あんたらが話してる最中に作っておいたの」

 キヌカは風呂場行くと、コーン缶を持って戻ってきた。

「なんて料理だ?」

「コーン缶にコンソメとチーズとコショウいれて湯煎で温めたやつ」

 受け取って、差し込まれたスプーンで食べる。

 コーンが甘い。スープの塩気が丁度いい。美味しい。

「美味っ、甘塩っぱ! 美味い!」

「あんた感想下手ね」

 ガツガツとコーン缶を貪り食った。ごくごくと一滴も残さず平らげた。

「アタシのも食べる? 半分くらい残ってるけど」

「お前はしっかり食べろ。大きくなれないぞ」

「食べても大きくならないのよ。失礼ね!」

「成長期まだだろ?」

「冗談やめ………二次性徴、まだだと思ってるの?」

「それは流石に………………終わっているよな?」

「終わっとるわ! アタシ、親のせいで留年したから、思ったよりも歳食ってるからね!」

「まさか年上ってことはないよな」

「そんなわけ………………あんたいくつ?」

「××だけど」

 俺は無駄に生きてきた年数を言った。

「この話、なし。よし!」

「まさか年上とか言わないよな?」

「これから死ぬって時に、年齢とかどーでもいいでしょ」

 誤魔化された。

 しかしまあ、

「死ぬのか」

「進むのも戻るのも無理。黒峰には勝てない。白石さん達を倒すのも無理。アタシ達、詰んでない?」

「そうなのか?」

「そう思うけど」

「俺は馬鹿だから、深刻に考えられない。何とかしようと思ったら、何とかなりそうな気がする。あ、そうだ。コルバ、聞きたいことがある」

 あれこれ忙しくて、すっかり抜け落ちていたことだ。

『なんでしょう?』

「俺のボイドについて質問がある。これはなんだ? 斬り殺す以外に何ができる?」

『お答えできません。ボイドの特性を調べるのは、ボイド・シーカーの仕事です』

「答えられる範囲で、何か教えてくれ」

『あなたには、情報を閲覧する権限がありません』

 取り付く島もない。

「ねぇ、ちょっとおかしい」

「何がだ?」

 キヌカは首を傾げた。

「基本的なボイドの使い方は、コルバが教えてくれる。会社に情報があるって場合はね。でも、あんたのは『閲覧する権限がありません』なんか引っかかる。おかしい」

「ん? こいつを手にした時、『新しいボイドを発見しました』って言ってたぞ」

「ってことは、似たボイドの情報を持っている。もしくは、白石さんのボイドと同じで、ボイドから生まれた複製品」

「なる、ほど?」

 複製。

 何のだ? あの女か? 全然わからんな。

「なら、裏技で何とかなるかも。飛龍、ボイド取り出して」

「おう」

 左手からボイドを取り出す。

 今なんか、名前呼ばれたよな。

「コルバ、このボイドについて報告があるわ。情報の登録を」

『あなたのボイドではありません。情報の登録はできません』

「ボイドを共有して」

 キヌカに袖を引っ張られた。俺はよくわからず、復唱した。

「キヌカとボイドを共有する」

『了解しました。ボイドの情報共有、登録完了です』

 情報の共有とかできるのか。

「コルバ、このボイドについて報告。情報の登録を」

『了解』

「このボイドは、扉を出現させる」

 エラー音が端末から流れる。

『登録不可。そのような特性は観測できていません』

「このボイドは、飛翔できる」

 エラー音。

『登録不可』

「このボイドは、花を咲かせる」

『登録不可』

「このボイドは、ボイドを破壊できる」

『登録たりえない不完全な情報です』

 キヌカが何をしているのか理解した。

「情報の登録する時、コルバの情報規制はゆるくなるのよ。対話型インターフェースの欠点だと思う」

「キヌカ、お前賢いな」

「べ、別に」

 キヌカは、フードを被って照れ隠した。

「この質問していけば、俺のボイドについてわかるな」

「核心まで行けるかは、わからないけどね」

 俺は、キヌカの真似をする。

「コルバ、俺のボイドは剣を出現させる」

『登録不可』

「剣に変化する」

『登録不可』

 え、違うのか? それじゃ剣と思っている物は何なんだ?

「剣のような物を一本だけ出現させる」

『登録不可』

「それじゃ複数出現させる」

『登録たりえない不完全な情報です。正確な数、出現原因の情報を』

 あの剣、のような物。複数作り出せるのか?

「物理的な攻撃以外、攻撃手段はない」

『登録不可』

「物理攻撃以外の、異常性を持つ」

『登録たりえない情報です。詳細を』

 やったぜ。

 これは嬉しい。隠れた力あるんだな。

「このボイドの射程距離は200メートルだ」

『登録不可』

「なら、射程は――――――」

 刃の長さを見る。大体を指の長さで測った。

「40センチだ」

『登録不可』

 見た目より長いのか? 延びるのか?

 別の質問をする。

「このボイドは身体能力を向上させる」

『S2ボイドの基本性能の一つです』

「その基本性能は他には?」

『知覚の鋭敏化、運動能力の向上、反射速度の向上、代謝能力の向上。情報処理能力の高速化――――――は、何故か、あなたには適応されていません』

 馬鹿で悪かったな。

「このボイドは、人を殺せる」

『登録たりえない情報です。人が殺意をもって使用すれば、全ての道具は人を殺せます』

「このボイドは、感染する」

『登録不可』

「このボイドは………………」

 ふと門外の言葉を思い出し、適当に言う。

「【曙光】と戦ったことがある」

『………………』

「どうした?」

 コルバが沈黙した。

「コルバ、もう一度言う。このボイドは、【曙光】と戦ったことがある」

『………………』

 再びの沈黙。

「返答なしって、初めての反応ね」

「そうなのか」

 キヌカが言うならそうなのだろう。

 沈黙されては他に何も聞けない。別の質問をする。俺が遭遇した、あの女の質問だ。

「俺のボイドは“ある女”から生まれた」

『登録不可』

「年齢は二十そこそこ、長い黒髪、白い肌、整った美貌、薄気味悪い笑顔。服装は俺達と同じ制服。細い首筋」

『登録不可』

「あの女が俺を突き落とし、ボイドを渡した。植え付けたか? 場所は、渦巻き状の階段がある場所。赤い光があって、思えば壺みたいな所だな。登録しろ」

『七つを殺し、数多を蒐め、那由他を喰らい尽くす。決して触れるなかれ。決して知るなかれ。決してその■■を呼ぶなかれ』

「ん?」

 コルバが、おかしなことを言い始める。

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

『知るな、呼ぶな、考えるな』

 コルバは、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。心霊現象みたいで気味が悪い。

「ちょっと飛龍、怖いから止めて」

「どうすりゃいいんだ?」

「叩けばいいんじゃない?」

 ボイドの柄で端末を殴った。

『………………』

 静かになる。

『鬼、蒐、狂、惑、花、天、クリアランスの一部が無効化されました。当ボイド【V-99-DC】の偽装情報を解除します』

「おい、キヌカ。これって」

「上手くバグらせたんじゃない? 知らないけど」

 DCってなんだっけ? デッドコピーだったか? 

 つまり、俺のボイドは何かの複製品か。

「コルバ、このボイドについて質問がある。能力はなんだ?」

『V-99-S3を参照』

「V-99-S3について教えてくれ」

『V-99-S3は存在しません』

「何言っている? おかしいだろ」

『V-99-S3は存在しません』

「存在しないのに、番号があるのは何故だ?」

『V-99-S3の関連情報は削除されました』

「何故、削除された?」

『封印措置の一環です』

「名前くらい教えろ」

『V-99-DCには、現在名称が付けられていません。発見者に命名する権利が与えられています』

「違う違う。V-99-S3の方だ」

『V-99-S3は存在しません』

『V-99-S3は存在しません』

『V-99-S3は存在しません』

『V-99-S3は存在しません』

『V-99-S3は存在しません』

『V-99-S3は存在しません。故に■■もありません』

 またバグった。

 しかも、音声の一部に乱れが出だした。

「キヌカ、駄目そうだ」

「なんか、ヤバそうなのはわかったよね」

「そうだな」

 キヌカは、ベッドの上を転がる。三度回り、逆さの状態で俺を見た。

「ねぇ、飛龍。三つ目の選択肢を提案するわ」

「聞こう」

 俺よりは、良い案のはず。

「あんたのボイドは実は凄い、アタシも腹を括って戦う、この二つがとっても重要。後、お互いのボイドを共有する」

「構わないぞ」

「ちょっとくらい迷ったら?」

「今更、何を迷う」

「アタシが裏切って、あんたの背中を刺すとか?」

「やらんだろ。お前」

「やらないけど、何を根拠に信じてるの?」

「根拠か」

 最初に助けてくれたから、っていうのはヒナの刷り込みみたいだな。

 それとは別に、

「まあ、裏切られてもいいかな。って思ってるから信用している」

「アタシが裏切っても、大したことできないってこと?」

「違う。こいつに裏切られても許せる自分がいるから、信用している。こんな感じの言葉でよいか?」

「なんとな~く理解してあげる」

 よかった。

「話それちゃったね。えーと、アタシの案は、どうせ死ぬなら挑戦してみようかなって、つまりね。黒峰も、偽翼の集団も、あの椅子も――――――」

 キヌカは、屈託のない少年のような笑顔で言う。

「全部、ぶっ潰そう」

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