<第二章:ハンティングライフ> 【02】


【02】


 ノックの音で目覚めた。

 寝すぎたようで頭が重い。後、少し寒い。毛布が全部キヌカに取られていた。彼女はミノムシみたいな姿で寝ている。起こさないように、俺は風呂場から出た。

 ノックの音が激しくなる。

 俺のボイドはどこだ? 抱いて寝て、いいや左腕に戻っていた。

 起きたキヌカも、風呂場から出てきた。

(誰?)

(わからん。隠れてろ)

 俺たちは、小声で言葉を交わす。

(なんか着てよ、制服はそこ)

 制服は、壁のハンガーに吊るされていた。

 皴一つないズボンを履く、パリッとしたシャツを羽織る。ボイドを取り出し、背中に隠した。

 ノックは扉を破壊しそうな勢いだ。

 扉越しの攻撃を想定し、鍵を外すとすぐ距離を取った。

「開けろ。ゆっくりだ」

 こっちの緊張を他所に、扉は無造作に開かれた。

 変な男がいた。

 癖の強い長髪。身長は180近く、長身痩躯だが鍛えられている。

 ヒゲは薄く年若く見えた。十代ではないだろう、二十前半か中盤。顔半分にはタコの触手みたいな入れ墨がある。おまけに両耳にはピアスが盛沢山。

 目付きは、当たり前のように悪い。

 そして、制服がとことん似合ってない。ベストオブ似合ってない大賞をやる。

 言っちゃあなんだが、映画のチンピラにいそうな男だ。サクッと最初に殺されるから、見た目だけ派手にした感じ。

「誰だ?」

「話がある」

「断る。誰だ?」

「黒峰だ。僕の仲間が世話になったね」

 はいはい。

 いい加減、俺も間違えないから。

「誰が黒峰だ。全然、黒峰って顔してねぇだろ。いい加減、偽物よこすな。本物連れてこい」

「君は何を言っているんだ? 黒峰って顔はこれだ。初対面の相手に高度なボケをかますな。面白い奴か」

「あ? ………本当に黒峰か?」

 嘘くさい。

 丁重な喋り方が尚嘘くさい。

「そうだよ。これが『黒峰って顔』だ」

「やり直せ」

「君の目玉を直した方が早いな。馬鹿野郎」

 こいつの正体とかどうでもいいや。斬ったら全部同じだ。

「まあまあ、二人共、まあまあ」

 自称黒峰の横から、にゅっと巨漢が現れた。

「よう、ゴリラ。生きてたのか」

「お主もな、飛龍」

 門外だった。

 俺とは違い酷い有様だ。頭と胸に巻いた包帯には血が滲み、右腕は三角巾で吊るされている。細かい傷は数えきれず、立ち姿に安定感はなく、血を多く失ったのか顔色も良くない。

「ねぇ、大丈夫?」

「大丈夫だ。下がってろ」

 心配しに来たキヌカを下がらせる。

 黒峰はキヌカを見て、何故か俺に軽蔑視を向けた。

「趣味が悪いですね」

「殺すぞ。まだ、手も握ってねぇよ。殺すぞ」

「やめいやめい。他人の色恋に口を挟むと地獄に落ちるぞ。本題に入ろう」

 門外が俺達の間に割って入った。

 死ぬほど弁解したいが、黙って聞く。

「飛龍、お主【曙光】というボイドを知っているか?」

「いや、知らん」

「よもやと思ったが、それはいいか。【曙光】とは、拙僧が知る中で、最も多く人類を殺したボイドだ」

「強いのか?」

「強い弱いの問題ではない。人間ではどうしようもない存在だ。お主が遭遇した、“あの椅子”と同じ次元の存在と思ってくれ」

 見るだけで人間を錆びさせる椅子、あれと同レベルか。

 確かに、強い弱いの問題じゃない。理不尽で異常な存在だ。人間ではどうしようもない。

「お主を襲った女の翼、あのボイドは【曙光】の死造品である。OD社の言い回しでは、デッドコピーか。あれが問題を起こしている」

「問題?」

「その後は、僕が話す。話しても問題ないね?」

 黒峰がしゃしゃり出てきた。

「いいぞ、下手な動きをしたらわかっているな?」

「感染性を獲得したんだよ、白石のボイドは。あの翼を感染する。あれに殺されると、背中から翼が生えて復活するんだ」

「そりゃ大変だな。頑張れよ」

「他人事のように言わないでくれ。君が僕の仲間を殺したから、こうなった」

「お前の仲間が、俺を襲ってきたからああした」

「それについては言及しない。『やった』『やられた』は、なしで行こう」

 イラつく奴だ。

「何故だ? なんで俺が、お前の提案に従わなくちゃいけない? お前の仲間が、先に襲ってきたんだ。『なし』で終わるこっちゃないぞ」

「では、これでどうだ?」

 黒峰は、端末を差し出す。

 端末に表示された額は、ゼロが………………えーと沢山。

「十二億ある。慰謝料だ」

 宇宙のような金額だった。

 だが、違う。そういう問題じゃない。

「被害にあったのは俺だけじゃない」

「上杉と早苗のことだね。聞くが、義理立てする理由はなんだい? その場限りの付き合いのはずだ」

「渡世の仁義だ」

 一時的とはいえ、数少ない味方だった二人だ。義理立てくらいはする。

「君はそういう輩には見えないけど、了解した。二人分、上乗せしよう」

「俺にじゃない。キヌカに二人の分を渡せ」

「ペットに遺産相続か。まあ、たまにあることだね。了解した」

「………今、何て言った?」

 剣を握る手が震える。

「これはすまない。地雷を踏んでしまったようだ。昔からの悪癖でね、人の嫌がることを自然としてしまう。おかげで友達は、操れる畜生ばかりだ。しかし、上杉達が『仲良し三人組』にでも見えたのかい? あの関係性を客観的に見たら、間違いなく誰しもが、『ペット』と言うよ」

 黒峰の首を切り落とす。

 が、すんでのところで門外に腕を掴まれた。

「取り消せ。人に言っていい言葉じゃない」

「意外だ。僕の仲間を容赦なく殺した異常者が、こんな言葉を気にするとは」

「取り消せッ、俺の恩人だぞッッ!」

「飛龍、落ち着くのだ。黒峰も挑発をするな!」

 門外を押しのけようとする。

 見掛け倒しの筋肉ではないようだ。刃は、わずかしか動かない。

「謝罪する。取り消す。驚いたな、門外の膂力と張り合うとは」

「そうか死ねよ」

「飛龍、頼むから落ち着いてくれ」

 門外を睨み付けて言う。

「お前も、黒峰の仲間なら今ここで殺すぞ!」

「違う。拙僧は誰とも組まぬ。今回だけは、【曙光】だけは、何とかせんといかんのだ。世の危機であるぞ。世界を救うとか、心が躍らぬか?」

「躍らねぇよ」

 やれやれ、と黒峰が肩を竦めて言う。

「門外、そのまま抑えてくれ。刃が届く前に本題を話す。今現在、白石のボイドに感染した人間は31名。というか、ここにいる人間以外、全てが感染した」

 俺は腕を止めた。

 刃は、黒峰の首皮を薄く切っている。血が出ているのに、こいつは微動だにしない。

「お前の仲間は?」

「半分は僕が殺した。残り半分は白石と仲良くしている。隙を突かれたんだ。まさか仲間が、翼を付けて根城に戻ってくるとは。報復を恐れて、集団行動させてたのがアダになった。連中、僕のボイドで一時的に封じているけど、長くは持たない」

 大変だな。

 だがそれでも、俺には全く関係ない。

「もう一度言う。知るか」

「だから、他人事じゃすまないよ。コルバ、現状の説明を」

『現在、V-88-DC【偽翼】の感染拡大は、地上進行の恐れがあるため、二階層への移動は封鎖されています。また、十二時間の観測データ収集の後、このフォーセップは圧壊、V-88-DC【偽翼】と共に放棄されます』

「なんだそりゃ」

 この施設丸ごと潰して、あのボイドを消そうってことか?

「戻るのはなし、進もうにも椅子が邪魔している。偽翼とは否が応でも戦ってもらう。実際問題、僕と君しか戦える人間はいないのだから」

 門外は、この怪我じゃ無理か。

 キヌカは、俺が個人的に戦わせたくない。

 確かに、俺と黒峰しか戦えないように思える。

「それじゃ、お前が死ぬ気で戦え。死んだら、その後俺が戦う」

「それでもいいけど。君が、いや君らが、生き残れる確率はかなり下がるよ。僕は、この階層じゃ一番強い。持っているボイドも、知識も、判断力も、全てが高い。だから、あんなゴロツキのクソ野郎共の頭だった。偽翼について、言ってなかったことが一つある。あいつらは、生前持ってたボイドをそのまま使ってくるよ。僕が敵になったら勝てるかい?」

「………………」

 流石に、俺は少し考えた。

 一瞬でも、黒峰と共闘することが正しいと思ったからだ。俺のような無能は、答えを出した時ほど警戒しないといけない。

「黒峰、お前は俺に何をさせたい?」

「単純だよ。“ハサミ”を返してくれ。鎌田は、あれでここの人間の九割は切っていた。とぼけていたが、仲間も、自分の兄でさえも。凶行だよね。でも、あれがあれば、偽翼の大半は行動不能にできる」

「なるほどな」

 そのボイドは、俺が壊した。

「時間をくれ」

 俺は、剣を左手に収めた。

 黒峰は、表情を動かさず言う。

「六時間、それが偽翼を封じていられる時間だ。僕はボイドの試験場で待っている。早めに来てくれ」

「了解だ」

 スタスタと黒峰は去っていった。

「お主、どうするつもりだ?」

「門外、あんたは隠れていろ。邪魔をするな。どっちに転ぶとしても、俺はやることはやる」

「そうか、信用しているぞ」

 信用ねぇ。笑える。

 門外も去って行き、俺は戸締りをしてベッドの上に倒れた。

「どうするの?」

 キヌカが、俺の顔を覗き込んできた。

「全部聞いてたか?」

「あんた達、声大きいから」

 説明の手間が省けるな。

「俺に考えがある。キヌカ、選んでくれ」

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