<第二章:ハンティングライフ> 【01】
<第二章:ハンティングライフ>
【01】
落ちる夢を見た。
普通、そこで目覚めるのだが、目覚めずに落ち続けている。
落ちる夢を見ているという自覚がある。
明晰夢だ。
となれば、夢をコントロールできるはずなんだが、俺は落ち続けている。飛ぶことはできない。当たり前だ。人間は飛べない。飛ぶためには翼が必要だ。
例えば、あの女の背にあったような。
いや、いらないか。
あれはいらない。
俺は地を這うのが似合っている。地の底を這って、這いつくばって、そして手に入れる。最後には、全部。欲しい物を全部だ。
この手に、溢れんばかりの、
目覚めた。
「あー」
「“あー”じゃないわよ。他に言うことあるでしょ?」
目覚めた場所は、バスタブの中だった。
パンツ一丁だ。
パーカーを着たキヌカに見下ろされている。生足が眩しい。
「生きているのか? 俺」
「生きてるわよ。アタシのボイドでなんとかなった。五体満足。健康とは言えないけど」
確かに手足はあるようだ。
錆もない様子。だが、
「感覚がないんだが」
「コルバが言うには、半日はまともに動けないって。あんたさぁ、アタシ言ったよね。“やばいやついる”って」
「覚えてる。ボイドを使われて、椅子の前に飛ばされた。ほら、なんかティーカップに入ってるクルトンのやつ」
「え、嘘。あれボイドだったの? 少し食べちゃったんだけど」
「おいおい、冗談止めろ」
食べても問題ないだろうな? どこかに転移したりしないか?
「そのクルトン使ってた奴って、どんなの?」
「茶髪で、他の仲間は、あー顔は忘れた。ハサミ野郎のボイドと端末探してたな」
って、あの端末は床に捨てたままだ。
7000万近くあったのにもったいねぇ。もう、誰かに拾われた後だろう。そういや、ハサミ野郎(兄)の端末も回収してない。そのボイドも。
余裕がなかったとはいえ、アラが多すぎるな。気を付けないと。
「クルトンの茶髪、黒峰の仲間だと思う。ハサミに切られた人は多いのよ。黒峰は、それで皆を抑えつけていたから。てか、ハサミってどうしたの? てっきりあんたが持っていたとばかり。どこかに隠したとか?」
「壊したぞ」
「え、壊した? これで?」
キヌカは、洗面台に置いてあった俺のボイドを持つ。
「それで斬って壊した」
「錆も簡単に削れたから、もしかしてって思ったけど。ボイドに対して特効でもあるの?」
「わからん」
「いや、知っときなさいよ。自分のボイドでしょ」
キヌカは、俺の胸にボイドを置く。
折れた剣は、刃が少し錆びていた。あの椅子の赤錆に似ている。不思議と、恐怖は感じない。
「調べる前に、色々あったんだ。お前の治療とか、お前の治療とか、お前の治療して疲れた後に変な坊主と出会って、クルトン踏んで、やべぇ椅子の前に転移して、翼の生えたやべぇ女に殺されかけて………はは~ん。わかった。さては、あの翼の女が黒峰だな?」
「翼のボイド? もしかして、胸の大きな女性?」
「それだ。大きな胸で、殺されかけた」
「あの人は白石さんよ。良い人だったんだけどね。あのボイドを手に入れてから、少しずつおかしくなっちゃって、変な宗教みたいな集まりを作って黒峰と敵対してる」
また黒峰クイズを外した。
どうせ敵対するだろうし、さっさと襲って来いと思う。今は困るけど。
忘れるところだった。
「礼を言う。キヌカ、助かった。ありがとう」
「は、はい。どーも」
キヌカは、赤面して顔を逸らす。
あれ、こいつ可愛いんじゃないのか? いや、落ち着け落ち着け。吊り橋効果だ。それに、俺が一方的に好意をよせても気持ち悪いだけだ。
微妙な沈黙が流れる。
沈黙に耐えられないので、俺は冒険者共通の話題をふる。
「お前は、どういう目的でこんなところに来た?」
「アタシ? お金よ、お金。ここに残ってる連中は、みーんなお金でしょ」
「何に使う金か、聞いてもいいか?」
金にがめつい人間には見えない。そういう部分を俺が知らないだけかもしれんが。
「親の顔を札束でぶん殴りたいの」
「また変わった金の使い方だな」
キヌカは、バスタブの縁に座って俺に背を向けた。
表情は見られたくないようだ。
「アタシの母親ね。いわゆる毒親ってやつで、まあ過干渉が酷くて、逆らったら事あるごとに昔のこと持ちだして―――――その昔ってのは、アタシが赤ん坊の頃にかかった難病のことで。治療に大金がかかったって言うの。父親の保険金全部使って、借金までして、寄付まで集めて大変だった。『けれども、その金は無駄だった』って、しつこくしつこく言うの」
「幾らだ?」
「7000万円」
「大金だな」
「大金よ。バイトは親が許さないし、ウリとかも考えたけど、アタシみたいな痩せっぽちのチビじゃムリ。てか、愛想もないし」
売春とか、心が乱される話題だ。
「そんな時、学校でOD社の募集を見つけた。書類偽装して、その日に飛びついたの。あの親でも、ダンジョンの中まで文句は言いに来ないだろうから。………えーとつまり、なんかハズいけど。ボイド売ったお金で、アタシは親から自分を買い戻すの。それでやっと、自分の人生を始められる、と思う」
「立派だな」
色々考えて生きてらっしゃる。
あの端末、今からでも取りに戻れないかな。
「え、立派? あんた変なこと言うのね」
「俺なんか、ただボイドが欲しくてダンジョンに来たんだぞ。後先考えなしで」
「それ、あんたが馬鹿なだけ」
その通り。
あ、一つ思い出した。
「キヌカ、クルトンが入っていたポシェットに端末あったよな? あれにも幾らか」
「いらない」
「そう言うな。俺は、二度も助けてもらったんだ。そのくらい礼をさせてくれ」
「そう、でもいらない。貸しは作りたくないの。そこ察してよ。話聞いてた?」
「俺は恩着せがましく。『してやった』なんて言わない」
「信用できない」
「よし、わかった。お前の信用が欲しい。何をすればいい?」
「はぁ? 知らないわよ。あっ! そういえばアタシの目、勝手に取り換えたでしょ! しかも、赤って何よ。バンドか!」
どういうツッコミだよ。
キヌカは俺に顔を向けて言う。
「これ幾らしたの! 払う!」
「いらん。ハサミ野郎の金だ」
「あんたが取ったんだから、あんたの金でしょ!」
「今回、助けてくれた分でチャラにしろ!」
「仕方ないわね! それでいいわよ!」
変な言い合いをして疲れた。
「そもそも、何で俺を助けた?」
「あんたが助けてと」
「その一個前。ハサミ野郎の時」
「助けてないでしょ。アタシ蹴られただけだし」
「結果はどうあれ、庇って前に出たんだ。助けたってことに違いない」
気持ちの問題だ。
「ボイドを持ってない、かわいそうな奴だと思ったからよ。無駄だったけどさ。あんたボイド持ってたし」
「それはすまん。………あの二人のことも」
ボイドを持っていることに気付いていたら、上杉と早苗は死なずにすんだかもしれない。
「あの二人のことは、もう絶対、二度と、話さないで。いい? これは、あんたの問題じゃない。生き残ったアタシの問題として、話すな。部外者のあんたは、絶対に」
「すまん」
物凄い剣幕だった。
「アタシが、あんな風に蹴られたの今日が始めてだと思う?」
「違うのか」
「早苗も上杉もね。自分より下のやつを面倒みないと、精神が保てなかったの。怪我したアタシを慰めて、自分らがまともだって思ってた。アタシもそれで楽――――――ああっ、やめ! やめ! この話やめ! だから二度と話すなってば!」
「わかったよ」
色々と抑えている感情や言葉があるのだろう。ちょっと突いたら溢れるほどの。
キヌカは立ち上がる。
「アタシ帰るから、あんたも無理しないようにね。じゃあね、バイバイ」
「待て」
キヌカの袖を掴んだ。片腕だけ何とか動かせた。たったそれだけの動作で、目の前がクラクラする。全身錆びてたせいか、例の薬の後遺症だろうか。こりゃ戦うなんて絶対に無理だ。
「まだ、なんかあるの?」
「ここにいろ」
「普通に嫌なんだけど」
怪我したキヌカを運ぶのを、複数人に見られた。医療品を買い込んでいるのも目撃されたようだ。黒峰の耳にも入っているだろう。
馬鹿でも予想できる。
黒峰は、キヌカを狙う。人質にして、俺にハサミのボイドを要求してくる。
「お前は狙―――――――」
待てよ。
こいつに、『狙われているから俺といろ。守ってやる』と言って素直に従うか? どうにも保身が抜け落ちている奴だ。『自分を買い戻す』と言う割には、雑に扱っている。そういう所は、俺と似ているか。
無理やり物理的に縛るのが正解なのだろうが、今の俺じゃ無理だ。
となると、どうすれば?
似てる。
そうこいつは、俺と似ている部分がある。
自分ならどうすれば良いかと考えて、
「寂しい。体が、まともに動かなくて怖い。の、ので………………傍にいてくれ」
と言った。
恥ずかしくて死にそう。殺して。
「………………しょ、しょうがないわね。しばらく、一緒にいてあげるわよ」
キヌカは、にやけ面を隠して頷く。
「………………」
えっ、チョロ。
チョロ過ぎるだろ。女慣れしてない俺にチョロいと思われるとか大概だぞ。大丈夫か? お前、変な男に絶対騙されるぞ。
あ、俺も変な男か。
「毛布とってくる」
「おん?」
キヌカは風呂場から出ると、毛布を取って戻ってきた。
「詰めて」
「お、おう」
俺に毛布を被せると、バスタブに入ってくる。割と、かなり、密着する。少し時間が経つと、お互いの体温が伝わる。
沈黙が怖いので、何か話そうと思ったのだが、キヌカの寝息が聞こえた。
わからん。
こいつの距離感がわからん。
わからんから、俺も寝ることにした。
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