<第一章:殺戮階層ミナゴロシアム> 【04】


【04】


 部屋を出て、自販機コーナーに行く。

 エントランスには人が増えていた。何人かと目が合う。いつでも剣を抜けるように、左腕を掴んだまま進んだ。

 軽く期待したが、特に何もなかった。

 俺の気が立っているだけか。

 しかし、警戒は解かない。背後から一発殴られたら全部終わりなのだから、臆病なくらいで丁度良い。

 到着。

 イートインスペースには、まだゴリラがいた。

 ベンチにちょこんと座っている。

「待ちかねたぞ。その様子、友の治療は上手くいったと見える」

「俺に何の用だ?」

 ゴリラが話しかけてきた。

 俺は警戒度を上げる。直ぐいつでも殺せるように、脳内で行動をイメージした。

「落ち着かれよ。拙僧に敵意はない。と言っても、この図体では仕方ないか」

 ゴリラは合掌した。

 デカイ手と太い指だ。俺の頭くらい片手で潰せるだろう。

 俺は、ピンッときた。

「あんたが【黒峰】だな」

 ハサミ野郎のリーダー。俺に直接仕返しに来たか。

 なるほど。見れば見るほど、黒峰って顔とガタイだ。ならば、

「違うぞ」

「………………」

「拙僧、門外と申す」

 恥ずかしい、外れた。

 ただ、誤魔化している可能性もある。少し探ってみるか。

「俺を待っていたとは?」

「お主は、見慣れぬ顔なのでな。よければ説法の一つでもしてやろうかと。ほれ、拙僧見た感じは坊主であろう?」

「いや、坊主のコスプレした、ほぼゴリラに近い何かだぞ」

「ブハハハハハ! やはりそうなるか!」

 笑い方もゴリラだった。

「しかして、己を知り、ボイドを知らねば、この魑魅魍魎の跋扈する骨髄塔では生き残れぬぞ」

「あんた、ボイドに詳しいのか?」

「拙僧、これでも求道者である。真理を探究する道の中には、人の業、神の穢れ、ボイドの探求も含まれる」

「つまり?」

「お主のボイドを拝見したい」

「いやいや、そりゃないだろ。知らない相手にボイドを見せるとか」

 数えるほどしかボイドを見ていないが、ボイドの強みは『初見殺し』と理解している。手の内を晒すなど、大馬鹿のすることだ。

 まあ、俺自身。自分のボイドに何ができるのか理解していないが、“知られていない”というだけで武器にはなる。

「では代わりに、ボイド使いのモットーなど如何か?」

「モットー? 心得とかあるの?」

「あるぞ。どのようなボイドでも、これに準ずる」

 それはちょっと知りたい。

 ああ、上手いな。最初に無茶言って、段階下げて要求通すやつだ。

「幾らだ? 無料じゃないよな」

「拙僧、俗世の価値観には従わぬ」

 ゴリラは両手を上げた。

 その手首に端末は見当たらない。

「じゃ見返りなしか」

「人に奉仕することは、御仏の道と言える………………が、それでは腹が膨れぬのも事実」

 ゴリラは、背後にあるうどんの自販機をチラッチラッと見る。

 五万円のうどんだ。

「ここのうどんはな。甘辛く煮た“かしわ”がドンッと載っているのだ。これが中々の美味。

つゆは、闇夜を思わせる黒い関東風。そのコクと旨味、そして塩分は体の活力となる。薬味がないのが、ただただ拙僧は残念に思う。それを差し引いても80点のうどんであるぞ」

 ゴリラは、食レポもできるようだ。

 俺はうどんの自販機の前に立ち、ふと隣の自販機に目を奪われる。

『ケチャップパスタ(具は全て違います)』

 と、手書きのポップが張られた自販機だ。価格は、驚きの400円。俺は迷わずそれを買う。

 取り出し口に落ちてきたのは、熱々の紙箱。ゴリラに手渡すと、

「パスタではないかッ!」

 キレられた。

「贅沢言うな。坊主のくせに」

「失礼した。施しに文句などと、ぐぅぅ」

 ゴリラは、ちまちまと紙箱を開ける。

 中に入っていたのは、ナポリタンだ。

 具はピーマンと玉ねぎ、ベーコンっぽい肉。ふりかけられたパルメザンチーズは、時間が経過してカピカピである。

 ゴリラは、大口を開けて、ほぼ一口でパスタを食べた。言っておくが、パスタの量は二人前はある。

「グッ、隠し味にマーマレードジャムが入っておる………」

 ひでぇパスタだ。

 絶対食わない。

「で、ほらモットーはどうした?」

「うむ」

 ゴリラは口元を拭いて言う。

「一つ、常識に囚われない想像力を持って使用するべし」


「二つ、規定に囚われない想像力をもって利用するべし」


「三つ、保身は捨てよ」


「四つ、世界をガラス瓶だと思え」

 

「五つ、限界などない」


「以上の五つが、ボイド使いのモットーである」

 参考になるような、ならないような。

「あんまりピンと来ない」

「ならば、お主は既にモットー通りに使っているのだろう。教えとは、迷える者にしか響かぬものなのだ。もしくは、迷った瞬間に光明のように現れる」

「で、終わりか?」

「うーむ、パスタでは足りぬなぁ。やはり、うどんでなくてはなぁ」

 正直少しだけ、ほんの少しだけ、タメになった気がする。

 なので、俺はうどんの隣の隣にある。ターンテーブルの自販機から、おにぎりを買ってやった。

「白い炭水化物を買うなら、うどんでよいのではないかッ!」

「実は、俺もうどんが食いたい。で、先に食われたくない。俺の金だし。恨むなら食レポした自分を恨んでくれ」

「これも業であるな」

 ゴリラは、おにぎり二個を一口で食べた。

「さて、何を語るべきか。語らなければならないことは多い。ふーむ。………………お主、何人殺した?」

「二人だ。坊主らしく殺生はダメと言うのか? 抵抗しなければ、俺は殺されていた。殺さなかったら、キヌカは殺されていた。だから殺した。これは正義だろ?」

「違うぞ、お主。それは違う」

「何?」

 否定されてムカッとした。

 ゴリラは、合掌して目を閉じる。

「今の世は、不浄とどうやって生きるのかを考える時代だ。そして、この骨髄塔の中には、正義や悪といった価値観は存在しない。『持つ』『持たざる』この二つが全てなのだ。お主は幸福にも『持つ』者であろう?」

「そうだ」

 幸運にも、俺はボイドを持っている。

 だからこそ、考えなくちゃいけないことがあった。それを、ゴリラに当てられる。

「そのボイドを手に、これから先どうするのだ? 四月二十九日の【第一次帰還日】は近い。持ったまま浮世に戻るのか?」

「帰らない」

 その日には、帰る気など欠片もない。

「俺は、一つでもボイドが欲しいと思っていた。それが夢だった。これまでの人生を捨てて、挑戦する価値のある夢だ。けれども、叶ってしまった。俺は、夢を叶えたことのない人間だ。正直これからどうすればいいのか迷っている」

 答えを出さなくてはならない。なければ迷う。迷えば死ぬ。今日のような日を、生き残れない。

 また少し、左腕が痛む。

「夢であるか」

 ゴリラは考え込む。

「夢とは手に入れた瞬間、現実となるのだ。知りたくもない面倒な側面が山ほど見える。失望もするだろう。夢を追っている時が、ある意味は幸せだと拙僧は思うぞ」

「では、俺にボイドを捨てろと?」

 何もない、誰でもない人間に戻れと?

「こんな言葉がある。『大きな夢を叶えたのなら、更に大きな夢を持て』………と、日曜朝のアニメで言っておった」

「引用元それ?!」

 坊主を自称するなら、もっと偉そうなところから引用しろよ。

「拙僧、一昔前のサブカルチャーにはうるさくてな」

「そーかい」

 興味ない。

「つまり、次の夢を見つけるのだ。それを見つけたのなら次、更に次、更に次、次々と夢を見よ。大きく大きく夢を膨らませていけい」

「そんなん、終わりがないだろ?」

「死すればそれで終わりだ。人の生など、終わる時は瞬く間に終わる。今この瞬間ですら、誰かの、あるいは何かのボイドが世界を滅ぼすやもしれん。滅ぶ刹那の暇に、永遠の夢を見るのも一興ではないか?」

「夢を大きくねぇ」

 余計にわからなくなった。どうやって大きくすればよいのやら。

 とりあえず、黒峰とやらを手始めにするのも良いか。良いのか? 俺が仕掛けなくても、向こうから来そうだし。

 しょうがない。

 うどんを購入してやった。ニキシー管のカウンターが、完成まで20秒と表示する。

「できたら勝手に食えよ」

「かたじけない。施しに感謝を」

 俺は甘い缶コーヒーを買って飲む。

 今は考えたい。

 夢はともかく、目の前の目的は必要だ。答えが出たら、腹いっぱい食べよう。

「そうそう、忘れるところであった。お主にも鬼が見えるな」

「鬼?」

「餓鬼と、阿修羅が見える」

「強いってことか?」

「そう捉えるのも一興。しかしそれは、飼殺せぬ人の業よ。努々忘れるな」

「忘れるなって言われても、よくわからん」

 さて、部屋に戻るか。キヌカの様子も気になる。

 空き缶をゴミ箱に投げ入れて、イートインスペースから出ようと足を進める。

 小さい音を捉えた。

 本当に小さい物が転がる音だ。警戒するほどでもない。ゴミでも落ちたのだろう。

「むっ、いかん! お主足元だ!」

「え?」

 俺は、転がってきた何かを踏んだ。

 ガリッとした感触。靴底を見ると、パンクズのようなものが付いていた。

「クルトンか、これ」

 スープとか浮いてる硬いパンだ。

 なんでこんな物が転がって――――――景色が一変していた。

 広い一本道だ。

 天井は高く果てが見えない。壁と床は、赤く錆び、朽ちかけた鉄で構成されている。あちこちに、錆の小山があった。それに、転がるガラクタ。翼のように見える屑鉄、床に突き刺さった槍のような物、ボロっちい椅子も転がっている。

 上杉たちと潜った階層よりも、空気が重い。

「コルバ、ここはどこだ?」

『三階層です。ボイドの異常性により、転移したと思われます』

 あのクルトンを踏んだからか?

 冗談みたいなボイドだ。

「フォーセップはどこだ?」

『後方、20メートル先』

 そこまで離れていない。

 俺を転移させたとして、一体何のために? まさかキヌカから離すため? 殺すなら鉄箱にでも転移させてボコればいいのに。いや、ここに何か意味があるのか?

 左腕に激痛が走る。ボイドが震えている。

 キヌカの言葉を思い出した。

『真っ直ぐ進めば次の階層。でも、やばいやついるから進むなら考えて』

 何かいる。

 何か、どこかに。この通路のどこか、いいや俺の視界の中に既に………………いる!

 剣を引き抜く。

 同時に、倒れていた椅子が起き上がった。

 革張りの椅子だ。

 クッションのあちこちに穴が開いている。打ち捨てられたような劣化具合。座り心地は期待できないだろう。

 そして背もたれに、

「ッ」

 背もたれには、瞳があった。大きな人間のような瞳だ。

 それが動く。俺を見ようと動く。

 マズい。マズい。マズい。これは絶対にマズい。逃げろ、すぐに逃げろ。


“絶対に見られるな。”


 死に近付いた直観。

 だがしかし、遅かった。見られた。

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