<第一章:殺戮階層ミナゴロシアム> 【03】


【03】


「………………は?」

『二億568万です』

 あいつ儲けてたんだな。どーせろくでもない稼ぎ方だろうが。

『所有者のいない端末です。保有金を、お手元の端末に統合できますが?』

「いや、このままでいい」

 財布は別けた方が良い。

 足を動かして医療品の場所に到着した。他とは違う、かなり異様な自販機が並んでいる。

 白いボックス型で、救急車みたいな色合いだ。取り出し口も大きい。人間が出入りできるサイズである。

 並んでいる商品は、透明な容器に入った様々な人体のパーツ。血液や、眼球、歯、背骨まで売っている。まるで、人間の標本展だ。

「コルバ、必要なものを購入してくれ」

『医療のグレードは三段階ありますが?』

「一番良いやつ。二億で足りるよな?」

『二千万あれば、脳以外は丸ごと交換可能です』

 嫌な表現だ。

 手にしたハサミ男の端末に『-2000万』と表示が出た。周囲の自販機から、購入した物が取り出し口に落ち始める。近くに売っていたバックパックを購入して、医療品をパンパンに詰めた。医療品という名の『交換パーツ』をだ。

 もしかしなくても、俺の怪我もこういう物で取り換えて治したのか?

 改造人間みたいだ。

「他に必要なものは?」

『治療に必要な物は、それで全てです。痛み止め、輸血パック、強心剤、などは常備しても問題ないかと』

「じゃあ、それも買う」

 端末の残金が面白いように減ってゆく。

 俺って、大金を手に入れたら散在して破産するタイプの人間のようだ。

「戦闘に必要な物はあるか? こう、凄く回復するやつ。金はかかってもいい」

『36番がおすすめです』

「36番?」

『正式名称が与えられていない試験中の再生薬です。巨大な装置を使い、二十日間かかる特別再生治療を、短時間かつ薬液だけで再現しようと“している”ものです。劇薬です。オーバードーズで死ぬ可能性も高いです。安全性は保障できません』

「幾らだ?」

『一つ、二千万です』

 どうせ、奪った他人の金だ。派手に使わせてもらう。

「五本買う」

 端末から一億が引かれ、足元からせり出てきた自販機が商品を吐き出す。

 ベルトに差し込まれたペン型の注射器が五本。強化変身装置みたいで、ちょっと格好いい。

 注射器のベルトは、右の二の腕に巻いた。

 動きは問題ない。何かあった時、左手で注射器を取り出して打つ。軽く練習して問題ないと判断した。

 ちなみに、ハサミ男の金は残り『7000万』となっていた。金銭感覚が完全にバグっている。

 って、不味い。

「コルバ、キヌカの容態は?」

『変化ありません。あのまま放置しても、58時間は死なないかと』

「58時間後に死ぬってことだろッ」

 クソ重いバックパックを背負い。両手一杯に医療品を抱えて走り出した。

 と、イートインスペースで人にぶつかる。

 坊主頭のデカイ男だ。

 筋骨隆々で、骨格からして太い。毛を剃ったゴリラのような男。

 格好はかなり変で、裸の上半身にボロ布みたいになった制服を羽織っている。胸板は鋼のよう。腕はキヌカの体より太く長い。

 首には、大きな数珠を始め、宗教的なシンボルが無節操にぶら下がっている。十字架とアンク、ヘルメスの杖や、禍々しい生物の干し首、銅で作られた目、Vの字のビスマス鉱石、炎を模した茨。

 少し気にはなるが、俺は急ぐ。

「これは失礼。拙僧」

「邪魔だ!」

「うむ、すまん。して、お主」

「後にしろ!」

「うむ」

 俺は犬みたいに吠えて、ゴリラを通り過ぎた。

 エントランスで輸血液を何個か落としたが、拾うのが面倒になりそのまま部屋に戻る。

「キヌカ、無事か?」

 返事はない。変わらず意識はない。

 呼吸が浅く、目の出血が酷い。ベッドの一部が赤く染まっていた。

「コルバ、何からやればいい?」

 キヌカの横に、バックパックの中身をぶちまけた。

『まず、鎮痛剤を打ってください』

「どこに打つ?」

 購入した鎮痛剤は、弁当の醤油入れに針が付いたような代物だ。

『太ももです。その前に、制服とタイツを脱がしてください。針が素材を貫通できません。他の治療にも邪魔です』

「俺はこの方、女性の―――――いや、このロリを女と断定する云々はさておき、俺は胸の大きな女が趣味で。よし落ち着け。つまり、童貞なもので経験が」

『ご安心を。会社の規約により、ダンジョン内の犯罪は罪に問われません。そもそもこれは、治療行為ですので』

「その情報、今いるか?」

『脱がさないと治療は進められません』

「ぐ………すまん」

 意識のないキヌカに手を合わせて詫びる。これだと『いただきます』と誤解されそうである。

 さておき、制服の上着を脱がして、パーカーを脱がす。無心、無心だ。何の色気もないスポーツブラで理性が助かる。

 華奢な肩。浮いたアバラ骨と、細い腰。白い肌の一部が赤黒く変色している。

 が、

「思ったよりも傷は少ないな」

 あんな派手に蹴られた割には、打撲の痕は少ない。

『当社の制服とタイツの素材は、ボイド由来の特殊繊維です。強力な防弾、防刃効果があります。ただ衣服である以上、圧力は防ぎようがないので過信しないでください』

「ボイドには?」

『全くの無力です』

「さいですか」

 キヌカのタイツを脱がそうとする。このタイツ、表面が滑って脱がしにくい。しかも、湿って肌にピッタリと張り付いている。あまりにも大変なので、俺のボイドで少し切って何とか脱がせた。一緒に下着も降ろしてしまい。そっと元に戻した。

「大変だ」

 脱がすだけで変な汗が噴き出た。

 呼吸も荒くなる。

『支給のタイツは、防御を優先したため、蒸れて張り付き、履き心地は最悪だそうです』

「何とかならんもんか」

『膣の安全を優先した結果です。子宮に寄生して繁殖するボイドが過去にいましたので』

「聞きたくない知識が増える………」

 アルコールを浸み込ませたガーゼで、キヌカの体を拭く。汗ばんだ肌だ。怪我のせいで熱っぽい。人形の手入れをしているような気分になる。色々と、変な趣味に目覚めそうである。

 綺麗にした後、キヌカの太ももに鎮痛剤を打った。

「次は?」

『眼球を差し込んでください』

「………………マジか」

『はい』

 購入した眼球を手に取った。

 缶コーヒーサイズの透明な容器。中には、プカプカと浮く赤い目。色は色々とあったけど、コルバが一番高い赤を選んだ。

「な、何をどうすれば?」

『上部のボタンを二秒以上押し続けてください』

 押し続けると、三本の針が生えた。

『神経接続のサブアームがせり出ます。正しい位置で患部に突き刺してください』

 端末の液晶に、使い方が映される。

「冗談。刺すのか? こんな長いものを? これ脳まで行ってないか?」

『問題ありません。激痛は走りますが』

「………………」

 迷っても仕方ない。

 鎮静剤が効いていると信じて、使い方通り、キヌカの目に容器を突き刺す。

 キヌカが無反応で、逆に心配になる。

 機械が肉をいじくり回す嫌な音が響いた。やがて、容器内の目玉が落ちて消える。

『完了しました。右眼球の視力は、14時間以内に回復します。容器を取り外してください』

 容器を引き抜く。べったりとした血と、よくわからない粘液が付着していた。

 俺は心を閉じた。無心で淡々と体を動かすと決めた。

『続いて頭部裂傷の治療を』

「はい」

『次は打撲傷の治療を』

「………はい」

『次は指の骨折を。まず、骨を』

「………………はい」

『次は――――――』

「………………………………」

 治療を終えた後、俺は床に倒れ込んだ。

 医者って大変なんだなって、しみじみと思う。

 キヌカを一通り治療したおかげで、自分が怪我した時に“こうすればいい”という勉強になった。自分の時は、今より全然気を使わないで適当になると思うけど。

 疲労困憊で腹が減った。

 頭に浮かぶのは、あの自販機のラーメンだ。

「コルバ、キヌカはもう大丈夫か?」

『安静にすれば問題ありせん』

「飯食ってくる」

『そうですか』

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