<第一章:殺戮階層ミナゴロシアム> 【02】
【02】
「こんなもんか。………………なのか?」
剣の血を払う。
何か、得体の知れない力を感じた。体が熱い。全ての細胞が燃えて生まれ変わるような感覚。心臓が化け物みたいに動いていた。ヤバイ薬をやったらこんな感じになるのだろうか。
また、剣が血に濡れたので払う。
払えない。
俺の血だった。剣を握る手の皮がズル剥けになっていた。
「いっつ」
傷を見たら痛み出した。痛みを感じたせいか、急激に体が萎える。
本能的に、剣を左腕に刺す。すると、腕の傷と共に剣は消えた。まさか、毎回肉を裂かないと取り出せないのかと思い、肉の上から尺骨を掴むと、剣を取り出せた。
取り出して戻す、繰り返す。
楽しい。
生地の上からでも、問題なく剣は取り出せた。尺骨が変化しているのは間違いない。剣が出ている間、触っても骨の感触はない。その割に、左腕は問題なく動かせる。
このボイド、俺を突き落とした女と関係があるのか? あの女が俺に寄越したのか? 何故に? 何もかもわからない。一個だけ、この剣が使えるということは理解できる。
「うっ………」
キヌカが短く声を上げて体を起こす。
思ったよりも顔が綺麗で安心した。制服の下は打撲で酷いだろうが。
「なにこれ」
「俺がそいつを倒した」
元ハサミ男を顎で指す。
「あんたが、どうやって? 待って、上杉と早苗は?」
俺が言うより先に、キヌカは二人の死体を見つけた。
意外にも悲鳴はなかった。
ヨタヨタとキヌカは歩き出して、ハサミ男の腕から端末を取り外した。
「あんたの」
端末は、明後日の方向に投げられる。
「あ、ごめ。よく見えなかった」
「これは?」
俺は男の端末を拾う。
「コルバにはお金が入ってるから」
「個人認証とか、パスワードとかあるだろ?」
「ないよ、そんなもん。だから奪ったもの勝ち」
「“冒険者同士の争いは、推奨されています。”ってやつか」
「そ」
キヌカは、上杉の銃を拾い祈るように額に当てた。早苗のボイドは消えたようだ。彼女の手首に鍵穴はない。
大丈夫か? とは言えないな。
大丈夫なわけない。
「キヌカ、二人の体を運ぼうか?」
「フォーセップに死体は持ち込めない。コルバが扉を開いてくれないから。ここに置いていくしかない」
「そうか」
墓でもと思ったが、こんな鉄クズしかない場所じゃ穴も掘れない。
キヌカは、震える指で扉を指す。
「エントランスの右側が宿泊施設。コルバに聞けば自分の部屋がわかる。左は、各種装備や雑貨、食料、医療品の販売機がある。ボイドの試験施設もそこにある。真っ直ぐ進めば次の階層。でも、やばいやついるから進むなら考えて。………こんな感じで大丈夫? もう聞きたいことないよね?」
「ない。すまんな。二人が死んだのは俺のせいだ」
「殺したのは鎌田でしょ。後、あんた庇った馬鹿はアタシ」
「俺は嬉しかったけどな」
キヌカは何とも言えない顔をした。
「もうお互いに他人よ。一切話さない。関わらない。オーケイ?」
「――――コルバ、俺の護送ってもう完了でいいよな? 支払いしろよ」
『障害はゼロと判断。了解いたしました。カヌチ・キヌカの端末に送金します。………完了しました』
これで良し。
「手、ほら」
「ん?」
俺はキヌカに両手を差し出す。
左手の袖にガムテープを巻かれた。右手の平にはハンカチを巻かれた。
「ハンカチ、返さなくていいから」
「いや、お前の方が怪我酷いと思うぞ」
「こんなのかすり傷よ」
「お前って、距離感の詰め方、目茶苦茶下手なだけの普通に良いやつだな」
でなきゃ、自分の怪我を置いて他人を治療したりしない。
「アタシが良いやつなら、世の中聖人だらけよ」
悲しそうな笑顔だ。
ここで別れるのは後ろめたい。上杉と早苗が死んだ切っ掛けは、どう考えても俺にある。
と言っても、俺は口が上手くない。相手が女なら尚のこと。
しょうがない。別れるしかないか。
「俺は先に行く。キヌカも来いよ。後追い自殺とか勘弁しろよ」
「しないわよ。馬鹿じゃないの」
キヌカに背を向けて、俺は進む。
扉の前に立つと、端末が勝手に喋り出した。
『オープンセサミ』
鉄扉が、水晶に似た材質に変化する。それを開けると、エントランスに出た。
正面と左右に続く通路があるだけで、他には何もない広場だ。
だが、正常で清潔。空気も綺麗で涼しい。照明が普通の光量と色なのが、一番落ち着く。
まばらに制服姿の人間もいた。
生きているし、襲ってこない人間だ。ちょっと死んだ目をしているけど、これも落ち着く。ダンジョンから、そうでない場所に『帰ってきた』そんな風に思える。
右か左、どちらに行くか。
寝床を確認した後、飯と装備を揃えるか。逆でもいいか。
ウロウロしながら、ある疑問を覚える。
「コルバ、俺って今、幾ら所持しているんだ?」
『あなたの端末の残高は、1500円です』
「なんと微妙な」
『施設利用費として、冒険者には百五十万が支給されます。ですが、あなたは特別再生治療費で全て消費しました』
「むしろ、1500円はどこからきた?」
『先ほどのボイドの発見報酬です』
俺のボイド、1500円。
視界の端にキヌカを見つける。もう他人なので声もかけないし、目も合わせない。
すると、キヌカに近付く男がいた。
さっきのハサミ男と似た男だった。
嫌な予感がする。
男は、鉄パイプに廃材を括りつけたような巨大な棍棒を背負っていた。これもボイドだろうか?
キヌカと男は、何やら話している。
遠くて聞き取れない言葉が多い。少し近付くと、ある言葉が耳に入った。
「あんたの弟は、しょんべん漏らして、泣き叫びながら死んだわよ」
キヌカの強い言葉だった。俺は、自然と苦笑いを浮かべる。
巨大な棍棒が突風を吹かす。
キヌカの体は、また派手に吹っ飛ばされた。
「ッ~ッッ!」
床に飛び散る血と、転がる眼球、キヌカは顔面を抑えて悲鳴を噛み殺している。
周囲の人間は、慣れているのか反応すらしない。
男は棍棒を振り上げた。
一秒だ。
と、自分に言い聞かせた。いや、一秒よりも早く動いていた。一瞬で背後に付く。
剣を逆手で持ち、男の左肩に全体重かけて突き刺す。
二回目の心臓の感触。兄弟だと心臓も似てくるのだろうか? 気持ち悪さは似ていた。腰を落として剣を引き抜く。
こういう風に突き刺せば、無駄に血が噴き出ないことを覚えた。
男は、信じられない顔で絶命していた。その襟首を掴んで、さっきの扉に向かう。
「コルバ、開けろ」
『オープンセサミ』
ダンジョンに死体を投げ込んで剣を仕舞った。
「あのな、キヌカ。やっぱ俺と一緒の方がいいと思うぞ。今のさっきでこれだぞ? 自棄で変なスイッチ入っているんだ。この先どうなるか」
「うる、さい」
キヌカは、中指を立てて気絶した。
文化圏が違うので、特に腹も立たない。
「怪我の治療くらいさせろ。その後、まあ色々相談しよう」
まだ、わからないことも多い。キヌカは必要だ。
彼女を抱き上げると、思った以上に軽くて不安になる。意識のない人間は重いというのに。
周囲の人間と目が合った。
信じられないものを見る目だ。
「殺すぞ」
と言ったら、蜘蛛の子散らして消えていった。
キヌカを抱えて右の通路に行く。血の匂いに混じって、甘い匂いと清涼感のあるコロンの匂いがした。
「コルバ、俺の部屋は?」
『3345室です。このまま直進。突き当りを左に』
その通りに移動して、3345室の前に来た。扉にドアノブはなく、代わりに認証装置が付いている。
腕の端末を認証装置にかざすと電子音の後、
『左手で触れてください』
装置に左手を当てると、扉は開いた。一応のセキュリティはあるようで安心した。
部屋は、ビジネスホテルの一室みたいだ。
トイレと風呂は別。机と椅子。ベッドは一つ。本来窓がある位置には、液晶パネルがかけられCGの風景が映されていた。
中々良い部屋だ。
キヌカをベッドに寝かせて、コルバに聞く。
「ルームサービスで、医者とか呼べないのか?」
『コスト削減のため、医療従事者は常駐していません。自動販売機にある医療品を使用して治療を行ってください』
「自分で? これどーみても重症だろ」
キヌカの端末が光る。
『怪我のレベルを確認しました。販売されている医療品を使用すれば、治療可能です』
「わかった」
部屋を出て、先ほどの広場に戻る。
左の通路を進む。
ほどなく自販機の大群を見つけた。見渡す限り、奥の奥まで、大小様々、多種多様な商品を自販機で取り扱っている。
ちょっとした迷路だ。
「もしかして、ここの買い物って全部コレなのか? 人はいないのか?」
『はい。販売員はコストがかかりますので』
「それにしても、メンテナンスもあるだろうに」
『廃棄して新しいものを用意すれば、メンテナンス費用はかかりません』
「もったいないなぁ」
柱の区画表を見る。
ライト、ロープ、テープ、工具、男性用衣服、女性用衣服、下着と指でなぞり探す。………………医療品を見つけた。一緒に、腕、脚、眼球、肺、皮膚、腎臓、肝臓と人体のパーツを見つける。こんなもんまで、自販機で売っているのか。
「コルバ、キヌカの治療に何が必要なのか教えてくれ」
『A5区画に移動してください』
A5、ここから北西に移動した。途中、イートインスペースを見つける。その周囲は食料品の自販機が並んでいた。
缶ジュース、コーヒー、お茶、カップ麺、カレー、中華、ポテトにハンバーガー。ピザや、食パン、温野菜も売っている。
ターンテーブルの自販機の中は、おにぎりや天ぷらが並んでいた。
一瞬、意識を奪われたのは、ラーメンと、うどんの自販機だ。昔の動画で見たことのあるやつ。
ものすごく食べたいが、こんな状況なので耐える。
「って、高っ」
こんな状況なのに足を止めてしまった。よく見ると、自販機で売っているものの価格がとんでもない。
缶ジュース一本、一万円。カップ麺一個、二万。おにぎり二個セット、三万。ラーメンは四万、うどんは五万もする。
どれもこれも、ゼロが二つばかり多い。
俺、1500円しか持っていないぞ。
「コルバ、医療品の購入はローンでいけるか?」
『いけません』
「俺、金がないのだが」
『もう一つの端末には、医療品を十分に買い揃えられる金額が入っています』
「ああ」
ポケットから、ハサミ男の端末を取り出す。
「こっちの残高を教えてくれ」
『二億568万です』
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