1章 人形になった老爺は生き方を探す
1話 敬語が話しやすい人形
「それじゃあアイリス。聞きたいことも多いだろうけど、何より先に確認しておきたいから確認するね」
早速名付けられた名前を呼ばれ、無言でうなずいて続きを促す。
それにしても
「あのね、ざっくり聞くとね。……前世、というか別の命だった時の記憶があったりとか……する?」
その問いに、一瞬頭が真っ白になった。ほんの一瞬目を見開き、すぐに元の表情に戻す。それでも、シィラには見抜かれていたようで「やっぱりかー」と困ったような表情で笑っている。これは気付かれてはいけないことだったのかもしれない。
「……何かまずいことになりますか?」
「いやいや! まだ確定していないけれど、むしろ父さんへの脅し……じゃなくて説得に使えるかもしれないし、まぁ多分面倒なことも増えそうだけど、まぁ諸々大丈夫でしょう! でしょう!!」
両肩をがしっと掴んでそう主張するシィラの圧迫感に、二度コクコクと頷き返す。恐らく私が厄介事を増やしてしまうのは確実だろう。ただ、今は申し訳なさを心の隅に追いやる。
「じゃあ、いくつか記憶の確認させてね。答えられることの中で、答えたいことだけ答えてね」
「わかりました」
「いよーし。それじゃあ、昔の記憶は人間?」
頷く。
「そうだよね。でも契約とかについては分からないって言っていたよね?」
「そうですね。魔法とか、魔人形とかも分からない、というか知らないですね」
「人間だったけど、そういった記憶は無い、と。うーん、やっぱり記憶とかは完璧に引き継げるわけでもないのかな。でも人格は確立されている、よね? 自分の意志みたいなのがはっきりしてるし」
「え、えぇ。そうみたいです」
そうして、アイリスなる私の存在についての擦り合わせを進めた。その過程で何度も驚くようなことや信じられないこともあったが、ありえないと否定する材料もなく理解し飲み込んだ。
やがてマリスが戻ってきた時には数十分が経過していた。
「お、だいぶ仲良くなってるみたいだな。一緒に帰ってきたから、もう下で待ってるよ。俺も先に行ってるから、区切りつけて来るように」
扉から半身だけを覗かせたマリスは、ベッドに腰掛けている私たちを見るとそう声をかけて扉を閉じようとする。
「あっ、待ってください」
その前に声をかける。マリスは閉じかけた手を止め、疑問符を頭の上に浮かべたような顔でこちらを見る。
ちらりとシィラに目をやると、両手でどうぞどうぞとしていることを確認し、立ち上がってマリスの元まで行く。
マリスに近寄ってみてお互い立っている状態で向かい合うと、マリスが中々高身長であることがわかる。前世に比べるとやはり小柄になったこともあり見上げる形になる。気を遣わせたか、マリスは少し屈んで目線を合わせてくれる。
「あ、ありがとうございます。それと、ご両親に取り計らって頂いた件などご協力して頂いたこと、ありがとうございます。あと、シィラさんから名前をいただきまして、アイリスと申します。改めて、よろしくお願いいたします」
そう言って、頭を下げる。後ろから「堅苦しすぎるぞー」と抗議の声が聞こえてくる。その声を無視して顔を上げると、マリスが優しい笑顔を浮かべていた。
「はい、よろしくお願いします、と。じゃあアイリス、1つ言わせてもらう。シィの……あぁシィラのことな。シィの言う通り、少し堅苦しい。別にシィや俺だけでなく、父さんたちにだってもっと砕けた感じで構わないよ。流石に赤の他人と話すことにまでは口出ししないが、俺たちにそこまで仰々しくしなくていい。召使いや家政婦というわけでもないんだ、もっと話しやすいように話してほしい。……あ、いや勿論その話し方が一番話しやすいならそれでいいのだが」
最後に慌てて付け加えた言葉に、兄妹だなと思う。私のような異物を既に受け入れ、距離を縮めるための気遣いを2人ともがしてくれて、嬉しさと同時に自分のことしか考えていない自分自身の矮小さに悲しくなる。
内心でこっそり嬉し涙と悲しみの涙を流しつつ、少しでもマリスたちの力になれるように頑張ろうと決心する。そのためにも、彼らの両親の説得を頑張らねばと己を奮起させる。
他者のことを考えるために必要なことは、まず自分の状態を盤石にして、余裕を作らなければならないことを私は知っている。
「はい。では、少しだけ砕けた感じで話しますね」
「……あまり砕けた感じはしないが、まぁそれが話しやすいならいいか。よし、それじゃあ今度こそ先に行って待ってるから」
マリスは今度こそ扉を閉めていった。シィラの方へ向き直ろうと後ろを向くと、すでに目の前まで来ていた。
「よーし、それじゃあ……行こうか」
「はい、行きましょう」
「まぁまぁ割と私たちが気にしてるほど問題ならないかもしれないし、気張らずに行きましょーう。後は打ち合わせ通り、基本的に私に話合わせるようにして、アイリスに話が振られたら基本的に正直に喋っちゃう感じで」
「はい、頑張ります」
「ふふ、だから気張らずに、ね? ほら行くよー」
シィラは私の手を引いて部屋を出る。安心させるようにか1度ぎゅっと強く握られ、それに応えるようにこちらも少し強く握る。それに反応してか、振り返ってシィラがにししと笑う。
人生いろいろあるとはいえ色々ありすぎでまだまだ現実に心が追いつけていない。それでも試練は待ってくれないもので、分からないことなどは一度置いておき、目の前の問題に取り組もうと頭と心を切り替えるのだった。
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