0話③ 名付けられる人形

「待て、それを許可していいのはシィでも俺でもなく、父さんと母さんだろ」

「なんとか頼み込むよマリス兄さん!」


 頭に手を当て眉間にしわを寄せるマリスの肩をバシバシと叩くシィラを見つつ、自身に訪れた違和感の正体に首をかしげる。


 私の目線に気付いたシィラが快活な笑顔を見せる。よく笑う、なんとも笑顔の似合う子だと思う。


「あ、それとこの子と主従契約結ばれたっぽいので、そこのところよろしくです!」


 主従ってほど制約かけられなさそうだけど、と付け加えるシィラの言葉を、マリスはおそらく最後まで聞いていなかっただろう。途中で頭を抱えて屈みこんでしまったからだ。


 どうやらマリスには結構な迷惑をかけ続けているらしい。いまだに2人の会話の分からない単語がたくさん出てくるため、なんと声をかけたら良いのか分からない。頼らせてほしいと言った手前、許可をしてくれたシィラ側の立場だが、申し訳なくなってしまう。恐る恐る屈みこんだマリスの顔を覗き込むようにしゃがみ、これだけは伝えておかないといけないだろうと口を開く。


「あの、本当に申し訳」

「いや、いい。君が謝ることじゃない。もう引いても意味がないなら押せ押せだ。それに……いや、それはまだ分からないか……」

「?」


 後半は私にではなく自分自身に言い聞かせているようではあったが、すくっと立ち上がったところを見るに気持ちを立て直したのだろう。会ってすぐだというのにこんなに気苦労をかけて大変申し訳なく思ってしまう。


「……まぁなんだ、そんな困った顔をしないでくれ。協力するし、それに母さんがいるから悪いようにはならない、と思う。だから気にしないでいい」


 私は意識して表情を出そうとしている時以外だと、表情が表に出づらいと前世ではよく言われていた。そのために私のパートナー以外から何を考えているのか分からないと小言を戴いたものだ。

 それなのに、この男性は私の表情から感情を読み取れたらしい。よく人のことを見ているタイプの人なのだろうと推測する。


「俺はとりあえず、父さんたちに話があると伝えに行って一緒に帰ってくる。一緒に食材の買い物に行っていたはずだし、まぁ母さんが買い物を長引かせていそうだし市に行けば合流できるだろう。2人……でいいか。2人はその間待っていてくれ。えー後は……まぁ、いいか。それじゃあ行ってくるな」


 慌ただしく部屋を出て行ったマリスに軽く頭を下げて見送る私と、「いってらっしゃーい」と手を振るシィラは、扉の向こうにマリスが消えるのを見届けると、お互いに見合った。


「……よし! じゃあ、時間の許す限りお話をしましょー……の前に。大事なことがあるね。ほら座って座って」


 ベッドに腰掛けたシィラが隣をポンポンと叩く。

 恐る恐る横に腰掛けるが、大事なことは一体どんなことだろう。

 首を横にこてんと倒すと、シィラの顔が少しだらしない顔になったが、すぐに引き締めなおしたようで、こほんと咳払いする。


「それはずばり……名前でした!」

「え? シィラさん、でしょう?」

「合ってるけど違うのです。あなたのお名前です。だって、あなたの製造者のイニシャルはあったけど、あなたの名前が名付けられていない状態なの。これだと私の契約もまだ仮契約みたいな状態だし、父さん母さんに話す時にも、これから先も名前は無いと不便だしね」


 そういえば、名前を名乗っていなかったことを思い出した。このままこの世界での名前を貰った方がこの先都合が良いだろうと思い、コクコクとうなずく。


「よしよし、名前は私が付けることになるから考えておくね。あー、そういえば、契約とか魔人形とかは分かる?」

「あ、えっと。シィラさんとマリスさんの会話のほとんどが実は分かっておりません……お手数おかけして申し訳」

「すとーっぷ。謝るの禁止とは言わないけど、遠慮のし過ぎの謝罪のし過ぎはダメ。あと過剰な敬語も! 敬語が話しやすいならそれでもいいけど、もう少し砕けた感じでお願いするね。これは私がむず痒~いからね」

「かしこ……わかり、ました」

「ん! しかし、この辺も契約で強制はできないのか……なんというか、本当につながってるだけって感じかな……」

「? あの……」


 考え事に没頭してしまうと周りが見えなくなるのだろう。できれば集中させてあげたいが、今は時間がないのでおずおず声をかけてみる。


「……! えー、とりあえず契約についてとかは父さんたちに説明が終わってからちゃんと説明するね。じゃあやっぱり優先事項は名前かー。そうだなぁ、魔人形だしちゃんとした名前考えないとだ……」


 うーんと唸るシィラを見ながら、思わず微笑んでしまう。

 自分が子供の名前を付けるときも、よく話し合ってよく悩んだものだ。それを、自分の孫と同じくらいの年齢の子が考えていると思うと少し危ない光景にも思えるが、自分のために考えてくれていると思うとどちらかというと嬉しい。

 そんな思い出に浸っていると、「これだ!」と勢いよくシィラが立ち上がった。目で追いかけたシィラの顔は、自信満々の顔をしているかと思ったら急にしおらしくなってしまい、また首をかしげる。


「ぁ、あのね、一応嫌だったら嫌って言ってね」

「え? は、はい」

「そ、それでは発表します」


 緊張の面持ちのシィラを見て私自身も緊張してしまう。身を固くしてシィラの言葉を待つ。



「アイリス」



 と、言うのはどうでしょうか、と不安げに語るシィラに、表情変化に乏しいながらも精一杯の笑みで答える。その笑みにシィラも笑って答えてくれる。

 ついさっき感じたシィラとの繋がりがより強くなったのを胸の奥に感じた。


 そして私はその日から、アイリスになった。

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