0話① 読みなれた見慣れぬ天井を見る人形

「……? 私は一体……あぁ気を失って……」


 目を開くと、そこは見知らぬ天井だった。なんて、どこかの小説で読んだような感想が思い浮かんだ。


 どうやらベッドに寝かされていたらしい。手をついて感触を確かめるが、とてもフカフカして、他に用事がなければ思わず二度寝に入ってしまいそうな触り心地の良さだ。後ろ髪を引かれる思いで、のそのそとベッドから出る。


 周囲に目を回すと、とても広い部屋だった。見たことない文字が入れられている背表紙の本が並べられた棚、名前もわからない小物がたくさん置いてある鏡台、さらには扉が出入口とは別にもう1個ある。

 

 わからないことだらけだな、と頭を振って切り替えることにする。その時、髪がちらちらと視界に入り、掬うように手に取ってみて、すぐ離す。

 鏡台の前に移動し、自分の姿を見てみる。


 寝衣を身に着けている。確か気を失う前は生まれたままの姿だったはずだが、誰かが見兼ねて着せてくれたのだろう。初めて着る服の感触に違和感を覚えつつも、せっかく着せてもらったものだしと思い直す。


 それに、まじまじと”今の自分の姿”を見て、この寝衣はよく似合っているように思える。寝苦しくはないが女性らしいラインの主張を怠らない。というかこれ普段着ではないのか? 現実感がいまだに無く、他人事のように自分の姿を見て思わずため息が出るような美しさだと思ってしまう。


 ストロベリーブロンドをさらに淡くしたような白とピンクの中間のような色合いで、新雪にも負けないくらいふわふわでさらさらの長髪。肌も陶器のように白く、触れただけで折れてしまうのではないかという儚い印象を与える。

 極めつけにはサファイアのような深い深い青い色をした瞳。鏡に映る自分の目に吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。


 自分自身に見惚れている状況に恥ずかしくなり、今度は先ほどよりも大きく頭を振って現状の整理にかかる。

 素直に考えると、気を失う前の顛末から何も起きていなかったとするなら、あの魔女さんが私を運んできて、しかもこんな上等な衣服を着せてくれたということになる。


 分からないことだらけだが、下手にここを動くのも得策ではないだろうから、とりあえず分からないことではなく分かることや推測できることで現状をまとめよう。そっとベッドに腰掛ける。

 まず、私が死んだのはきっと間違いないはず。私の死因は純粋な寿命だったはずだ。あんなに看取ってくれた人がいたのに実は生きていました、なんてそれはそれで申し訳なさすら感じる。


 では、死んだを前提として進めるとして、輪廻転生の結果今の私になった、ということなんだろうか。まるで一流の人形職人が造形したような容姿に生まれ変わったということか。それにしては不思議な点がまた出てくる。


 ただ、これ以上考えても謎と懸念事項が増えるばかりで現状理解が進まなくなる気がしてならないため一度思考を切る。


 前世の記憶が残っていることも不思議だ。極稀に前世の記憶があるだなんだという番組がテレビでやっていたような気がするけれど、あれは事実だったということになるのだろうか。てっきりやらせだと思っていた……。

 前世で徳を積んだ記憶はないが、また人に生まれ(?)、その転生先が絶世の美女で、さらには記憶も引き継いでいるなんて、前世の徳をこの時点で使い切っているのではないだろうか。


 とにかく現状の私について分かっていることを総括すると、前世の記憶を持ってる美少女……。

 ……ほとんど何もわかっていない、ということが分かっただけだった。


 深いため息をついた時、コンコンとノック音が静かだった部屋に響き、ノックされた扉の方に目をやる。自分の部屋ではないし、返事をしたものか悩んでいるうちにタイミングを逃してしまう。暫しの静寂の後に、そーっと扉が開かれていく。


「シィ、やっぱり魔法学進学に変える気は……? え?」


 扉の向こうから顔を出したのは、優しそうな顔をした茶髪の男性だった。想像とは違う存在がいたことに驚いているのかぱちぱちと瞬きをしている。ばっちり目を合わせてしまい、目を逸らすのも悪い気がしてそのままわざとらしい困った笑顔を浮かべてしまう。


 気まずい沈黙がこのまま続くのではと思った矢先、先ほどの扉を開く動作を逆再生しているかのような動きで、無言でその男性は扉をゆっくり閉めていった。

 この後私はどうなってしまうのだろうと、笑顔で固まったまま事態が動くのを待つだけだった。





 謎の男性との邂逅から数十分後。


 見覚えのある魔女さんがあの男性に引きずられて、私がいる部屋へと連れられてきた。おそらくシィと呼ばれていたのはこの魔女さんで、この部屋の主なのだろう。


 連れてこられた魔女さんは私の顔を見てぱっと花開くような笑みを浮かべてくれたが、腕組をした男性に強めの口調で「説明」と言われおずおずと床に正座した。正座という文化がある世界なのだなと思う。


 ベッドに腰掛けたままでいたが、この魔女さんのものだと思うと見た目は女とはいえ私が座ったままなのも悪いと思い、習うように床に正座する。男性と魔女さんからちらりと見られたが、気にせず前を向く。


 男性がこちらに向けていた目を魔女さんに戻し、目で話を促している。私自身も目だけ魔女さんの方に向く。


「えー……今回は本当に私悪くはないということを前に置かせていただきまして……」

「……はぁ。いいだろう」

「! えっと、なぜか私の魔道具発明所の近くにいて、目の前で倒れられたのでこれはいかんと私の部屋にえっちらおっちら運び込んだ次第です!」


 責任の所在をどこかへやった途端、敬礼するように手を上げ明るく説明する魔女さんだが、魔女さん側でも私は唐突に現れた存在であるらしい。


「説明になってない! なぜかの部分は!」

「知りません! 発明所の机の隅に置いてあったシィラ式魔力探知機(仮)が珍しく反応してたから、それを見ながらふらふらーっと近寄って行ってみたらこの子が裸で立ってて、かと思ったら倒れちゃった。ので! 裸のこの子が男衆に見つかっては可哀想だし、こそこそ隠れて部屋に戻って、私の服適当に着せて、寝かせてたわけです。これ以上私からはなにも出ません!」


 説明しきった顔でふぅ、と満足そうな顔をする魔女さんと対照的に、額に手を当てため息を吐く男性。

 そんな男性をよそに、魔女さんは正座のまま手をついて体を乗り出し、私に顔を近づけてくる。


「ねぇ、あなた名前は? 私シィラ・ミハイル。なんであそこにいたの? 一応我が家の敷地内なんだけど、魔法ミスってこの座標に飛んできたとか? 魔工学に興味とかない? っていうかすごーーく美人だけどどうして? 両親の顔もとんでもなく良かったりする? あとあと――あれ?」

「あっあの」

「止まれ止まれアホ妹」


 体ごと仰け反っていた私を見兼ねてか、男性がシィラと名乗った女性の首根っこを掴んで離してくれた。目を丸くして大人しく離されていくシィラをよそに、男性がこちらに目を向ける。


「それで、貴女は……いや失礼した。私はマリス・ミハイルと申します。お名前を伺ってもよろしいか?」


 空いている手を胸に当て、軽く頭を下げてマリスと名乗った男性の問いへの返答に窮す。

 その理由は、元々の男性名を名乗って良いものかということに関わっている。今は女性であることに加え、同じ言語を喋っているにも関わらず、彼らの名前が私の名前と形が全く違うという点も気になっている。


 何かが異なっているというだけで人が残酷になれることも知っている身として、安全ラインが不明なうちは慎重にならざる得ない。それでもすぐに返答をしないとそれはそれで怪しまれてしまう。

 あまり間を開けずに、いっそ喋りながら考えようと思い口を開く寸前に、シィラが口を開いた。


「兄さん、この子魔人形みたいだよ」


 いつの間にかマリスの手から抜け出していたシィラがまた顔を近づけてくる。場違いながら、美人の顔が迫ってくると少し緊張してしまう。


「ほらここ。製造者のイニシャルが彫ってある」

「なに、見せてみろ……」


 首筋を優しくなぞるシィラの指のくすぐったさに声を上げそうになるのを堪える。

 マリスは精悍な顔立ちで、こちらもとても整った顔をしている。美男美女な兄妹に顔を近づけられて身を固くして、くすぐったさに耐えるために目も強く瞑る。


 数瞬の後、確認したのだろうが、マリスが「本当に……?」とつぶやいている。


「いや、すっごい……この子造った人絶対魔人形製作者で超有名人なはず……。だけどこんなイニシャルの人いないし無名の天才か、ヘリル神の忘れ物……?」

「これで魔人形……? 本当に人ではないのか……? っていうか待て待て。これを入学試験に連れていくなんて言ったら下手したら進学先を変えられない……? 父さんになんと言えば……」


 二人ともぶつぶつと自分の世界に入って行ってしまった。片や目を輝かせ、片や頭を抱えているという違いはあったが。


 ここまでまったく口を開かず流れに身を任せていたが、図らずもここで少しは私のことがわかるかもしれないな、と2人の心境をよそにそんなことを考えていた。

 それと同時に、一番大切なことも伝えそびれていたなと気付いたのだった。

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