第3話 部員を獲得せよ。②
翌朝。
咲良は朝5時30分にグラウンドに一番乗りして皆を待った。2番目に部室に来たのは、さしこ先生だった。
「おはよう。咲良ちゃん。いつも早いわね。」
「おはようございます、さしこ先生。今日は楽しみでゆっくりと寝ていられないんです。」
「そうね。入学早々に部員が3人も加入するんだからね。それに加えて大阪藤蔭のエースが転入してくるなんて。メンバーさえ揃えば今年は青学単独チームで夏の大会に出場できそうね。」
咲良はラインでさしこ先生にそこの所の事情全て、報告していたのである。
「先生、手塚君さえいれば甲子園に行けるんです。」
「気が早いわね。」さしこ先生は笑った。
「先生は手塚君の凄さを知らないんですよ。見ればビックリします。」
咲良はムキになって反論した。
「さしこ先生、おはようっす。」
そこへ蛭田を先頭に皆が部室に入ってくる。
「みんなおはよう。新入生は?」
「来てます。」
蛭田が後ろを振り向くと、丸と菊池が姿を現してさしこ先生に挨拶した。
「指原先生、入部希望の丸と言います。宜しくお願いします。」
「菊池で~す。二遊間はおまかせ~。」
丸は生真面目に、菊池はちゃらく挨拶した。若い男の子が好きなさしこ先生は、菊池の不真面目な挨拶も特に問題視しない。この緩い空気感が他校の野球部と青学との違いである。
「朝早いけど大丈夫?動ける?」
「中学でも僕たちはこういう生活でした。慣れています。」
「それじゃあ、まずはランニングね。体を起こしてから、能力をテストさせて貰おうかしら。」
「大丈夫です。」
さしこ先生に力強く丸は返事を返し、皆とランニングに向かった。
20分ランニングをして、柔軟で体をほぐす。早朝はまだ寒いので、怪我の防止の為の準備運動は欠かせない。体をある程度暖めてから丸と菊池を守備位置に付かせた。ノックは石井部長がする。丸と菊池、交互に打球を放っていく。咲良は驚いた。二人の巧みなグラブ捌きにである。特にセンターに抜けようという打球をセカンドの菊池君が広い守備範囲で好捕すると、直ぐにショートの丸君にグラブトス。丸君は二塁キャンバスを踏んで、素早く一塁の不破君に送球した。
「ナイスプレー!!!!!」
咲良は思わず大きな声を出した。それに対して丸と菊池は微笑を浮かべるのみであった。
「これは参ったわ。息がぴったり。この2人、相当練習重ねて来てるみたいね。」
さしこ先生が感嘆して咲良に言った。
「二遊間を経験者で固められるのは大きいですよ。こんな子たちが来てくれるなんて。」
嘘偽りのない咲良の感想である。ただ、普通ならここまでの守備力を持っているのなら、強豪校に行く筈なのだが。何故、うちに来たのか?それが引っ掛かるとこであったのだが。
「OKよ。素晴らしいわ。それじゃあ、次はバッティングを見せて。」
そう言うとさしこ先生は自らマウンドに上がり、黒田を座らせて肩慣らしをした。現役を退いたとはいえ、ソフトボールで鳴らしたきねづか。ストレートは130キロ位の体感はあるし、変化球のコンビネーションも上手いのだ。
「それじゃあ、丸君。打席に入って。一打席真剣勝負よ。」
「お願いします。」
丸は右打席に入り、構えた。さしこは様子見とばかり先ずは外角低めにストレート。丸は見送った。「ストライク。」審判役の咲良の声が響く。2球目も外角低めにストレート。丸は手を出さない。今度は僅かに外れた。「ボール。」3球目は内角高めを付いたストレート。外れて「ボール。」4球目、さしこは外角にカーブを放った。3球続けて体感130キロ前後のストレートの後の緩いカーブ。丸は完全にタイミングを外され手が出ない。「ストライク。」咲良はさしこ先生がガチ仕様で能力を図っているのが分かった。これで2ストライク2ボール。5球目は内角低めに決めに行ったストレート。しかしこれは丸は何とかバットに当てた。ファウル。6球目、さしこは外角いっぱいから変化するスライダーを投げた。しかし、丸は余裕を持って見逃す。さしこは感心した。打席の様子から配球で混乱している様子が見られるものの、冷静にボールを見られる余裕もまだあるのだ。これで2-3。最後の決め球は・・・・・・。さしこは勝負球を放った。また外角低めに。今度はドロップだった。丸は落ちる球に必死に食らい付いた。キーンと乾いた音とは裏腹に、打球は一塁への鈍いゴロ。不破が難なく捌いてベースを踏んだ。アウトだ。さしこ先生が丸をファーストゴロに打ち取った。
「アウトだけど、いい選球眼よ。」
さしこ先生が丸にそう声を掛けると、丸は悔しそうだが笑って会釈した。今の真剣勝負に納得が本人にも入ったのだろうと咲良は思った。
「それじゃあ、次は菊池君。」
咲良はセカンドを守る菊池に呼び掛けた。
「は~い。」
菊池はあくまでも軽い口調だった。守備に回る丸とハイタッチしながら打席に向かう。
「かなりやるぞ。」
「任せとけって!」
お互い会話を交わすのが咲良にも聞こえた。二人の強い絆が感じられる。菊池は丸と同じく右バッターボックスへ。バットを頭の後ろで小刻みに動かすバッテングフォーム。1球目、さしこ先生は経験から菊池が打ち気に逸っているのを見て取った。そこで外角低めからボールになるドロップを放つ。空振り。「ストライク。」咲良は積極性は買うが、慎重さには欠けると思った。だが此処は見てみよう。2球目も外角。ストレート。これも菊池は手を出した。バットに当たったボールはバックネットへ。「ファウル。」2球で追い込まれた菊池。さしこはこれはストライクは要らないなと判断した。3球目は真ん中高め、頭の高さに釣り球を投げた。これで三振と思ったのだが・・・・・。菊池は打った。驚異の悪球打ちで打ち返した打球はセンターに抜けて入った。その場にいた皆ビックリした。どうかんがえても三振の流れだったのだから。
「ナイスバッティング。」
丸が声を掛けた。彼だけが菊池なら打つという確信が有ったようだ。皆が菊池の周りに集まった。
「今のはビックリしたわ。あなたは配球とか考えていないわね。」
さしこの問いに、菊池は
「そんなの考えていないよ~。ただ、来た球を打ち返すだけだよん。」
軽く言ったがこれはとても凄い事だ。皆が頼もしく思ったのはお分かりだろう。二人は直ぐに皆と打ち解けてワイワイお祭り騒ぎ。そんな中、咲良はグラウンドの隅でこちらを見つめる男子の制服を着た女子生徒に気が付いた。不破の肩を叩いて知らせる。
「もしかしてあの子?」
「そうだよ。来てくれたみたいだね。中沢さ~ん。」
不破が呼びかけると、その生徒はこちらへおずおずと近づいてきた。咲良が初めて見る中沢・涼という生徒は顔立ちの綺麗なお嬢様といった感じの生徒だった。だが、本人の性は男だという。外見がなまじ上品なお嬢様だけに本人の悩みは如何ばかりかと推察した。
「みんな、紹介するよ。中沢涼君だ。」
「宜しく。」
不破が皆に紹介すると、中沢はぶっきらぼうに答えた。皆に甘く見られたくないのだ。皆はそれに気付いたが、あえて触れない。さしこ先生が言った。
「それじゃあ、涼君。早速だけど、バットを持って打席に入ってみようか。ボールを投げるから好きなように打ってみて。」
中沢はコクリと頷く。バットを手に持ったものの、打席には入らない。
「どっちで打ったら良い?」
咲良に訊ねた。咲良はビックリして訊ね返す。
「どっちでも打てるの?」
「ああ。」
「右で打つのと、左で打つのどっちが得意?」
「どっちも同じだよ。」
「それじゃあ、左で。」
青学に左打者は不破だけ。左打者が欲しかったのだ。
「それじゃあ、行くわよ。」
左打者に入った中沢にさしこ先生は打ちごろの球を投げた。キーンと鋭い音。真ん中高めの球をセンターに打ち返した。
「凄い。」
それが率直な咲良の感想。さしこ先生が次々投げる球を、内角は引っ張り、外角は流し打つ。次々と捌くのだ。さしこ先生が投げた40球、全てヒット性の当たりであった。フリーバッティングを終えた中沢に咲良は抱き付いた。
「素晴らしいわ。涼君。野球部へようこそ。大歓迎よ。」
中沢ははにかんだ。青学野球部に中沢涼が受け入れられた瞬間だった。
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