第2話 部員を獲得せよ。

 そして放課後になった。

 今日から各々の部活による新入生の勧誘合戦が始まるのだ!咲良と野球部の4人は部室に集まり、新入生を待ちながら雑談していた。

「宮脇さん。体調大丈夫なの?倒れたって聞いたけど・・・。」

「全然大丈夫。生まれてからこんなに気分が良かった時は無かったです。」

 石井部長の問いに、咲良はにんまりと笑って答えた。

「ところで。」

 咲良は改まった口調で続けた。

「うちの野球部が甲子園に行く事になりました。」

 咲良は一人でパチパチと拍手。その場で万歳をし、飛び跳ねた。

「上げ潮じゃ!上げ潮じゃ!上げ潮じゃ!上げ潮・・・・・。」

 4人は訳が分からず、咲良の奇矯な振る舞いを呆然と見ていた。咲良はそれに気付くと、自分の振る舞いが恥ずかしく思われ、ゴホンゴホンと咳払いをして誤魔化した。

「甲子園に行く事になったってどういう事?」

 不破光が疑問をぶつける。確かにいきなりそんな事を言っても、意味が分からないだろう。咲良は分かるように説明した。

「うちの学校に大阪藤蔭のエースが転校してきたのよ。将来プロ行きが確定している凄い人なの。間違いなく県内トップレベル。打てる人はそうそうはいないわ。うちの課題の投手がこれで補強できた。打撃も4番を任せられる程の逸材ね。後は人数さえ揃えられれば、本当に甲子園に行けるの。」

 4人は顔を見合わせた。

「さっきの転校生の事だろ。そんなに凄い奴なのか?」

 蛭田修一郎の問いに、咲良は自信満々に答えた。

「高校野球界で手塚君の右に並ぶものはいないわ。」

 4人は顔を見合わせる。不破が言った。

「随分、彼の事を買っているんだね。でも、僕らには信じられないな。大体、そんな人が何故、強豪校では無くて、青学に来るんだい?」

「それは分からないけど・・・・・。親の仕事の都合かも知れないし、不破君と同じように強豪校の厳しい規律に嫌気が差してうちに来たのかも知れない。不破君も本当だったら習志野に居たっておかしくないじゃない。」

「・・・・・・・。」

 不破光は天才である。左打ち・左投げで一塁を守る。類まれなバットコントロールを誇る、青学の安打製造機であった。どの強豪校に行ってもレギュラーを取るであろう天才肌の選手であり、千葉県高校野球界の覇者である習志野からも声が掛かった。だが不破は習志野には進学せず、青学に。理由に付いては多くは語らない。中学野球で先輩後輩の上下関係に嫌気が差したからだとポロっと漏らした事が有ったが、咲良はあえて突っ込んで聞かなかった。人間誰しも言いたくない事のひとつやふたつ、有るものである。ましてや、野球をやっているものであえて弱小校に進学するというのだから、皆、何かしら事情が有って当然だ。咲良の言わんとする事を、不破は直ぐに察した。

「とにかく、彼のプレイを見れば分かるわ。」

 咲良の自信満々の確定的な発言。黒田元哉は言った。

「俺はマネージャーの野球に対する眼力を買っている。かなりの能力を持っているんだろうな。その手塚という男は。」

「そうなのよ。彼を擁する高校が甲子園の切符を手に入れると言っても過言ではないわ。」

「でも、その手塚君という人はうちの野球部は部員が9人に満たないという事を知らないんじゃ・・・・。」

 石井部長が不安げに言った。部員を皆含めても5人。4人足りない・・・。

「一応、やんわりとだけど話した。私が責任を持って部員を集めるって言ったら、快く了承してくれたわ。」

「そんなこと言って大丈夫なの?」

「私には秘策があるの。皆の協力がいるんだけど・・・・・。協力してくれる?」

「それは良いけど。どういう協力?」

 石井部長の問いかけに、咲良は驚くべきことを言った。

「皆には野球部を辞めて頂きます。」

「はぁ~~?どういう事だよ。話が全く見えないんだが・・・・・。」

 蛭田修一郎の問いに、咲良は自信満々に答えた。

「つまりね、みんなに一時的に野球部を形式的に辞めて貰って、他の部活に入部して貰いたいの。そう、体験入部ね。そこで運動能力の高そうな人に一緒に野球をやろうと誘って引き抜いてから再度、野球部に戻るのよ。4人が1人ずつ引き抜いて来れれば、手塚君を入れて9人。問題解決よ。」

 4人は絶句した。黒田が口を挟む。

「それって・・・・・、つまり、他の部活に俺達に潜入して、部員を引き抜いて来いと?」

「そうそう。」

 咲良は事も無げに言う。

「考えてることが酷過ぎる・・・・・。」

「じゃあ、他に何か部員を揃える有効な手立てがある?」

 皆、咲良の考えている事には呆れたが、他の手立てが無いのも事実だった。

「私は新入生にビラを撒いて勧誘を掛けるから。皆は引き抜きに行ってね。文系の部活は駄目よ。運動部中心で良い人を連れて来てね。」


 咲良は皆を他の部活のスパイ活動に送りした後、部室内で聖ミカエルに十字を切ってお祈りをした。

「どうか部員が9人集まります様に。」

 それからチラシを持って、放課後の校内に。これはと思う生徒に声を掛けるものの、色よい返事は聞けない。運動系はやはりサッカー・テニスが人気。ボクシング部の入部希望も多かった。なんでも去年のインターハイを1年生が制したとか。そういえば全校集会で表彰されていたな。その生徒に憧れて青学に進学した生徒もいたようだ。際立つのは野球の不人気ぶり。日本は世界でトップレベルの実力を誇るのに何故なのか?そういえば最近本で読んだ。いずれ日本の野球人口はどんどん減っていき、プロ野球リーグすらも存続できなくなると。野球好きから見るとちょっと考えられない話なのだが・・・・・。兎に角あと4人。それぐらいなら何とかなる筈?だ。スパイも他の部活に忍ばせたし、なんとかしてみせる。なんとしても手塚君と一緒に甲子園に行くのだ。どうしようもなくなったら、下着姿になって部員を勧誘してやる。手塚君の為ならなんてことない!そこまでの覚悟を持って部員を勧誘する咲良に聖ミカエルは微笑んだ!

「あの・・・・・、済みません。」

 背後から声を掛けられ、咲良が振り向くと、新入生らしき初々しい2人がいた。

「俺達、野球部に興味が有るんですが・・・・・。」

 マジか!気分アゲアゲの咲良は叫びたいのを我慢して努めて冷静、且つ丁寧に対応した。

「大歓迎です。初心者にも親切丁寧に上級生が教えてくれますよ。」

「俺たちは幼馴染で、小学生から野球やってます。高校のレベルに対応できるか分からないけど、一応経験者です。」

「えっ!経験者!ポジションは何処?」

「俺がショート。こいつがセカンド。二遊間の守備は自信が有ります。」

 まだ2人がどれ程の能力を持っているのか分からないが、口ぶりからはかなり自信が有りそうだ。任せても良いのではないか?この2人に二遊間を任せると、キャチャー・黒田君、サード・蛭田君、ファースト・不破君。これで内野のポジションは全部埋まる事になる。初心者に内野を任せるのは厳しい。経験者で内野を固めておけば、この後、初心者が入って来ても外野の方が比較的任せやすいのだ。守備だけは一級品の石井部長を外野に回せば、後2人。

「名前聞いて良い?」

 咲良の問いに2人は答える。

「俺は丸・和弘です。」

「俺は菊池・好作で~す。」

 見た感じ丸君は真面目なしっかり者タイプ。菊池君はフレンドリーな人当たりの良さそうなタイプに見えた。これが青学鉄壁の二遊間、菊丸コンビと咲良の初めての出会いだった。


 一方、不破は他の3人と一緒に、部員獲得の為なら手段を選ばない咲良の指示を忠実に守り、他の部活から部員を引き抜くべく、テニス部に潜入していた。他の3人は何部に潜入したのか分からない。不破はテニスをやっている人は野球に向いているのではないかと考えた。なぜならテニスのサーブは野球のピッチャーの投げる球と同等かそれ以上の速さ。それをコーナーに打ち分ける技術は野球にも応用できる。フットワークの軽さも守備に応用できる筈だと考えたのだ。新入生の中で群を抜いて動きの良い選手がいた。それは一人の女の子だった。男子テニス部である。その中に女子が一人。彼女に対する周りの対応も腫れ物に触るようなモノだった。一体、何があるのか?不破は遠巻きに彼女を見つめる新入生に話し掛けた。

「なんで男子テニス部に女子が一人だけいるの?」

 目のくりくりした新入生某が眉を顰めて言った。

「あいつ男なんです。」

「どういう事?」

「LGBTってやつで。」

 つまり彼女は外見は女だが、中身は男という事なのか?

「あの子の名前は?」

「中沢です。中沢涼。」

「彼女は性転換手術は受けているんだろうか?」

「受けてませんよ。いつも胸にさらしを巻いています。ただ、戸籍上の性別は男に変えたそうですよ。名前も本当は涼子でしたから。」

 高校野球は女子の選手は男子と共にプレイできないが、中沢涼は性別を男に変更済みだという。これなら一緒に野球が出来る。テニス部でも浮いてるようだし、野球に転向する気はないだろうか?


テニス部の練習が終わった。不破は中沢涼の様子を窺い続けた。他の部員とも会話は無い。完全なボッチ状態だった。練習中も様子を窺っていたが、楽しそうな様子には見えなかった。不破は性同一性障害という、本人にはどうしようもない障害の所為で、部活内で孤立する中沢を気の毒に思った。多分、学校生活全般でそうであろう。もし、自分が同じような立場なら、毎日が地獄であろう。もし中沢涼がOKするなら野球部に連れて行ってあげたい。あの人は狭い了見で人を差別するような人間ではない。能力は有る訳だし、喜んで受け入れてくれる筈だと思った。なんと声を掛けてよいモノかデリケートな問題だけに迷ったが、咲良の為・中沢の為・野球部の為、不破は決意を固め話し掛ける。

「あの・・・・、中沢さん、ちょっと良い?」


 丸と菊池が入部手続きを済ませて帰った後、潜入任務を終えた4人が部室に帰って来た。収穫が有ったのは不破だけだった。不破は早速、テニス部の中沢涼の事を皆に話した。その後で皆に意見を求める。

「性別は変更したそうだが、元は女だよな。野球経験も無いそうだし、男に交じって出来るのか?」

「僕の見た所、運動能力で男にひけは取らないと思う。ただ、欠点が有るとするならパワーが劣るという事かな。目も良い、フットワークも良い。守備も外野なら即戦力になる筈さ。」

 蛭田と不破の会話を聞いていた咲良は決断した。

「うちとしては大歓迎よ。野球に興味を持ってくれてる人なら誰でも。」

 きっと咲良はそう言ってくれるものと思っていたので不破は微笑んだ。

「こっちも収穫が有ったわ。皆がスパイ活動を行ってる間に新入生の入部希望者が2人も来たの。」

「本当か。」

「本当よ。丸君と菊池君といって、野球経験者だって。丸君がショートで菊池君がセカンドだって。二遊間は任せてくれって。かなり自信ありげだったわ。」

 咲良からの報告を聞いて、皆は湧き立った。

「これに手塚君を加えれば8人。あと一人で最低限のメンバーが揃うわ。今年はメンバーが揃いそうな気がして仕方ないんだけど。」

「そんな気がするね。」

 咲良の予感に石井部長が同調した。

「もう引き抜きスパイ工作は止め。明日は新入生3人がどれぐらいの戦力になるか見てみましょう。」

 咲良の方針に4人共、意義は無かった。それから練習で軽く汗を流し、その日は帰途に着く事に。みんなで自転車で帰る道すがら咲良は皆に訊ねた。

「みんなはアックスって知っている?」

「なんだよ、アックスって?」

「なんか男の人が付ける香水みたいなモノらしいんだけど・・・・・。」

 それを聞いて不破は咲良の言っている事が分かった。

「ボディフレグランスのアックスの事じゃないの?」

「知ってるの?何、何?」

「体にスプレーすると良い香りがするんだ。スポーツする男子とかに使ってる人は多いよ。僕も使ってる。」

「そうなの?ちょっと嗅がせて。」

 咲良は自転車を止めると、不破の了解を全く得ずに首筋に顔を近づけ、くんかくんかと犬の様に匂いを嗅いだ。」

「ちょっと・・・・近いよ。」

 不破は恥ずかしがったが、咲良は全く意に介さない。

「良い匂いがするけど・・・・香りが違うみたい。」

「色々な香りが有るんだよ。ボディソープもあるし。」

「何処で買えるの?」

「何処でも買えるよ。アマゾンでも売ってるし、薬局でも買えるし。」

「マツキヨでも買える?」

「勿論。匂いを確認したいなら直接買いに行って、テスターを確認すると良いよ。」

「分かった。今からちょっと寄って帰る。」

「今から!もう遅いよ。明日じゃダメなの?」

「どうしても今日いるの。大丈夫。心配しないで。皆は先に帰って。お疲れ。」

 咲良はそう言うと大急ぎで踵を返し、最寄りのドラッグストアに向かった。それを唖然と見送る4人。蛭田が口を開いた。

「アックスって男が使うモノだよな?」

「別に女が使ったって良いんじゃないか。法律で規制されてる訳ではない。」と黒田。

「でも、どうして今すぐにそれが必要なんだろう?」

 石井部長の問いに不破が答える。

「何か理由が有るんだろうけど、彼女は変わっているからね。」

 不破の的確な指摘に皆が賛同したのであった・・・・・・・。


 一方、咲良はマツモトキヨシに向けて自転車を飛ばした。手塚君の匂いを自分のモノにしたくて我慢出来ない為、無謀な運転をし、老人を撥ねそうになったり、車に撥ねられそうになったり。見ている方は肝を冷やすが、本人は屁とも思っていなかった。咲良はこうと決めたら一直線なのである。なんとかマツキヨに着いた咲良はいそいそと店内へ。男性のボディケア用品売り場にそれはあった。黒いラベルに「AXE」とある。「これか!」と咲良は思った。これと同じものを手塚君が使っていると思うと、商品を取る手が興奮で打ち震えた。思わず逝きそうになるのを必死で我慢する。買って帰ってから家で存分に逝けば良いのだから。冷静になってよく見ると、不破君の言う通り何種類か香りが有る。その内の一つに「フレッシュ・オレンジの香り」というのが有った。そういえば手塚君の匂いは柑橘系の匂いがしていたのを思い出した。使っていたのはこれではないのか?テスターを一吹きし、香りを確かめるとビンゴ!これだ!咲良は左手手首に香りを吹き付けると、何度も何度もニタニタ笑いながら香りを吸い込み続けた。ふと、脇に目をやると若い20代位の店員が咲良を見ていた。咲良がそれに気付くと、その店員は目を逸らし、そそくさとその場から立ち去ったのである。そこで咲良は我に返り、自分が如何に他人の目に奇異に映るかを認識したのである。バツが悪くなった咲良は商品を清算し、早々と店を出た。恥ずかしい思いをしたなあと思ったのは一瞬。手塚仕様のAXEを手に入れた咲良は上機嫌で家路に着いた。


その日の夜。

 咲良は興奮で眠れなかった。手塚君との再会。トントン拍子に部員が4人も増え。これはマジで甲子園だ!明日が楽しみだなあ。明日も朝練が早いからもう寝よう。と思うモノの、アゲアゲ状態に全て上手い事いく運命に興奮し、眠れそうになかった。咲良はいつも抱いて眠る大きい熊のぬいぐるみに手塚仕様のAXEを吹き付け、抱きしめた。まるで手塚君と抱き合ってる様だった。咲良は熊のぬいぐるみを足でホールドし、腰を振った。5回逝ってから、心地良い眠りに着いた・・・・・。

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