第27話 交渉
「アレス先生よく来てくれた。シャル殿も」
アレスは取引場となる学園の広場に来ていた。休日という事もあって学生は見当たらないず、アレスは胸を撫で下ろす。石の契約解除の時とは違いアレスの胸中は不思議と落ち着いていた。隣にいつもふてぶてしい顔をしたシャルがいるからだろうか?この小さくとも心強い金髪の龍に、時間にすると短い期間だったが、いつの間にか自分の中で心の支えになっていた事に気づく。
「まだ、待ち合わせの時間まであるのじゃろ?」
「ふむ。まだ時間はあるね」
「交渉を入るまでにアレスがその石をどうするか先に聞いておこうと思ってな。で、どうじゃアレス」
シャルとアーロンがアレスを見る。石をどうするか。それは、もう決まっていた。石が入った剣を見る。鳶色の刃がキラリと光った。
「この石は……ドワーフ側に渡す。ガーロン様とシャルには申し訳ないけど」
シャルはアレスのその言葉を聞いてそうかと、ただ頷いた。ただ、力強い眼光は「アレスはそれでいいのじゃな」と暗にそう聞こえた気がした。
アーロンは、あからさまホッとした顔をしている。
「元々この石はドワーフの物。なら本来の所有者に返すのが道理でしょう。それに盗品を買い取ったら、持ち主に返さないと。だからね返すよ」
アレスは剣を力強く握った。
「ただ、返す前に少し話をしようと思う」
「時間通りですね」
モノクルの男がそう呟いた。横には先日見かけた確かドーラだったか、斧を持った男が黄金の鎧をきて控えている。
「そちらは」
「シャルロット・オブ・ランウォール殿です。今日はこの石の関係者として来ていただきました」
「ほう、あのランウォールですか」
「私は、ドリス・ド・リーンともうします。ランウォール殿」
シャルは「うむ」と頷く。ドリスと名乗った男はシャルに対して一礼をすると、こちらに視線をずらした。
「そちらが、今回の取引相手でよろしいかな」
「はい。雑貨屋のアレスです。ドリス殿、今回は取引の場を儲けていただきありがとうございます」
「雑貨屋……平民か」
黄金の男、ドーラがあからさまに見下したような視線を送ってきた。
「はい、普段はこの国の街、ヴェツィという所で、小売りや質屋などを主な生業をして店を構えております」
「ふむ、それでその雑貨屋のアレス殿は、どうしてただの町商人にも関わらず、その石と契約ができたか伺ってもよろしいかな?」
ドリスはアレスの腰に吊るしているイーグルの剣に視線を向ける。イーグル特有の蒼い波動と石の魔力が抑え込めず剣からもれていた。
「この剣は、石の新しい依代として用意したものです。元々は、イーグルの贋作の剣を依代にしていました」
「贋作?」
「はい、私の見識では贋作だと思って鑑定しました。しかし、それは本物だったのでしょう。シャルがその剣に触れるとぼろぼろと崩れ落ち、その中から赤い石が、そして私が所有権を有したまま契約が完了したわけです」
「ふむ、よくできたストーリーだ。真偽を問うのは今はやめにしよう。贋作と言っていた剣。それは見覚えがある。見事な装飾がほどこされ、柄頭に刻印が刻まれた剣ではなかったかな?」
「……っ!はい、そうです!確かに装飾と刻印が刻まれてました」
「恐らく、イーグルが贋作に似せて作った剣だろう。殿下が魔界大戦の時、持ち出し紛失していた剣だ」
「殿下?」
「そうだ。今上陛下の叔父上であり、戦死したドワーフ族の英雄だ」
「姿形は変わってしまったが、その剣をこの場に持ってきたという事は、取引に応じるということでよろしいかな?」
「ああ。ああ、そうだ。取引に応じる」
アレスは一歩踏み出した。モノクルのドリスと名乗った男も一歩踏み出す。
互いに目線を外さず、じりじりと近づいた。
アレスはドリスから発せられる、魔力の波が肌に刺すのを感じた。つい後退りしそうになるをグッと腹に力をいれ堪える。視界の端でシャルがつい駆け出しそうとしているのが見えてアレスは手をあげ静止した。
「ほう、ただの商人だと思っていたが、意外に粘る」
ドリスは関心したように笑みを浮かべると魔力の波をアレスに当てるのを和らげた。
「無礼を失礼した。非礼を詫びよう。この度、石の交渉をお受けしていただき感謝する」
「いえ……」
「取引完了後、少なからずの謝礼はしよう」
アレスはベルトから石のついた剣をとりだしドリスの前に突き出す。
「一つ、この石を譲渡する前に、質問をしてもいいですか?」
「いいだろう」
「この石を手に入れた後、どうするつもりでしょう?」
「然るべき場所に、戻すつもりだ」
「それは、あなた達がつかえる陛下にですか?」
「であるな」
アレスは一つ息を吸う。
「貴方たちドワーフの国は、エルフと戦争をしていましたよね」
黄金の男、ドーラがピクッと動いたのをアレスは視界の端で捉えた。
「そうだ、我々はエルフ達とは暗黒戦争以前から戦争をしておる。ふむ、アレス殿の言いたい事は想像できる。我々がその石を軍事利用するかどうかだろう?」
アレスは深く頷いた。
「ええ、そうです」
「我々は、近々とエルフと休戦協定に入る予定だ」
「なっ!」
「ドリス!」
ドリスがそう何気ないように呟くと、アレスの視界には黄金の男ドーラが声をあげた。後ろの様子は見れないが二人とも驚いているのが気配で伝わってくる。
「休戦協定ですか」
ドワーフとエルフは犬猿の仲なのだ。それはもう、お互い顔を見合わせるだけで殴り合いが発生するくらい仲が悪い。それは国どうしの確執というレベルではなく、種族レベルの、遺伝子に刻み込まれているレベルに仲が悪かった。その二つの種族が休戦とはいえ条約を結ぶというのだ。アレスはドリスの言う事を頭ごなしに信じる事は難しかった。
「信用ならぬという顔だな。」
「どうも急な話なので……その休戦理由を伺っても?」
「それを知ってどうなる?」
アレスの言葉に黄金の男、ドーラは鼻頭にシワを寄せ、威嚇するように声をあげた。
「この石を渡すかどうか判断したい」
アレスはドーラに負け時と声を張り上げると、ドリスは淡々とした口調でかたった。
「我々ドワーフ族は、エルフたちとは長い間戦争をしている。それは魔界大戦以前から始まる長い歴史だ。しかし、この長い戦争で国も、そして民も疲弊してしまった」
ドリスは真剣な眼差しを送る。
「我々はその石の力を、国の復興のために使いたいと思っている」
その真摯な訴えかける言葉は、アレスには嘘をついている言葉には思えなかった。
「石を手に入れ、力を使いこなしたらすぐに休戦協定を破棄する事も考えられる!」
「すぐに条約を破棄するようでは、我が国の信頼が揺らぐ。そのような事は起こらないと確約しよう」
「……」
確かにドワーフの国とは皇国と研究協定を結び、文化交流を進め平和の道を歩んでいる。ドリスの話は今この場の情報のみでは本当なのか信憑性を審議する事はできないが、疑う理由も少なかった。
「……この石を渡したからと言って戦争に使われるという事はないんだな」
「ああ、戦争に使用はしない、ドワーフの金槌に誓って約束しよう」
ドリスとアレスの視線が交差する。
ドリスはあと一歩踏み出せば簡単にアレスの持つ剣を掴めるだろう。だがあえてドリスはしなかった、その一歩はアレスを待っているようだった。
「わかった」
アレスは重く、強く頷く。
一歩を踏み出した。
「ありがとう」
アレスがドリスに剣を渡そうとした、その瞬間。
白い稲妻が走る。
見覚えのあるナイフがドリスの体を深々と突き刺していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます