第26話 契約解除

「アレス、遅かったのじゃ」



「ああ、すまない。ちょっと用事があってね」



「何かあったのかや?」



 シャルはアレスの普通とは違う様子に疑問を覚える。



「……そうだね。シャルには話しておこうかな」





 先程、あった事をシャルに話した。



「ほう。ドワーフか。また急によくわからん連中が現れたのう」



「うん」



「アレスはどうするつもりなのじゃ」



「……正直な所迷ってる。本当にこの石をドワーフに渡して良いのか。学長は悪い人ではないけど、どこまで信じていいかわからないしね。ガロンさんとの約束もある。俺としては、このまま石をガロンさんの約束通り、シャルに渡した方がいいと思ってる」



「……」



「ただ、この石をシャルに渡したら確実にこの厄介ごとにシャルを巻き込むことになる。それはしたくない」



「何を言っておるのじゃ。アレスの店でな剣を触ったころからもう、すでに巻き込まれておる。そんな事は気にせんでいい」



「でも、それは俺が剣を買い取らなかったら起きなかった。俺が店で買い取ってしまったからシャルが触れることになってしまった」



「アレスは平民なのじゃ。本来ならそんな遺物など関わることはなかった。お主が責任をもつ必要などない」



「……」



「それになアレス。店をどうするつもりじゃ。帰って雑貨屋を続けるんじゃろ?損得勘定は商人の得意じゃなっかたかのう」



「でも……うんうん違う、そうだね。言い訳はやめる。本当はシャルに責任を押し付けるだけなのが、俺が嫌。それが理由かな」



「……わがままじゃのう」



「わがままさ。店よりシャルが大事なのさ」



「……商人失格じゃな」



 シャルは少し照れたように顔を背けた。



「ははは、これが終わったら商人やめて魔道具の職人にでもなろうかな」



「それは本当かや?」



「冗談。でも少し本気」



 アレスの冗談とも本気ともつかない言葉にシャルは少し困った顔を浮かべた。



「結局、石はどうするのじゃ」



「うん、そうだね。渡してもいいかもしれないと思っている。けど、交渉してしだいかな。数日後、石を譲渡して渡すことになってる。その時話し合ってみよう」



「わかったのじゃ。アレスの好きにするがよい。レイには秘密にしておかないといけないのう」



「ああ、エルフだから」



「そうじゃ、ドワーフとエルフは犬猿の仲じゃしのう。それに今戦争してるらしいからレイを交渉の場に連れて行ったらどうなるかわかったもんじゃない」



「そうだね。レイには秘密にしておこう」



「それがいいのじゃ」



 アレスとシャルは深く頷いた。





 アレスはロイの研究所に来ていた。今日は、ついに赤い石を解除する日。アレスはこの数ヶ月で行き慣れたこの部屋を緊張した面持ちで眺める。



「アレス先生緊張してる?」



「ああ、流石に少し緊張してる」



「まだ、しばらくセティングに時間がかかりそうだからまだ気を休めていていいよ」



 ロイはそういうと、ティーカップに緑色のハーブティーを入れアレスの前に置く。



「ありがとうございます」



 ミントの香りが一口飲むと、頭がすっきりとして爽やかな味わいだ。アレスは緊張に血が上っていた頭がおちついていくのを感じる。



「おちついた?」



「ええ、すみません。思っていた以上に緊張してたみたいで」



「緊張のほぐしがてら、もう一度説明するけど聞くかい?」



「頼みます」



 ロイは装置の前にたつ。



「まずこの台座に原初の石を置き、アレス先生はそこの球形の装置に入ってくれ」



 アレスは自分が入る装置をみた。細内長い球型のドームになっていて、中に人一人も仰向けに寝れる程度のベッドが入っている。恐らくそこに自分が仰向けになるのだろう。



「そのドームはアレス先生の魔力派を封じるための装置だ。そして、原初の石からの魔力の奔流を防いでくれる壁でもある」



 ロイはコンとガラスでできた装置を叩いた。よく見るとガラスにはスペルが刻まれているのがわかる。



「石側の装置も同じ、魔力派を封じ込める装置。ただこちら側はアレス先生の側のように身を守るための壁ではなく、魔力派を遮断してその力を封じ込めるための装置だ」



「一段階目で石側の魔力の遮断。二段階目でアレス先生側を契約が切れた瞬間を狙い、このイーグルの剣と再契約させる。それで終わりだ。時間にして、五分もかからないだろう」



 アレスは懐に入っている赤い石を取り出した。

結局これが最後までなんなのか分からなかった。あくまで仮契約の状態だったのだ。自分にとっては面倒ごとを呼ぶただの赤い石。アレスはその石を見ていると赤い石は抗議するかのように光を強くしたように見えた。



「よし、アレス先生。こちらは準備ができたよ。落ち着いたかい?」



「はい。ありがとうございます」



「では、始めよう」



 アレスは椅子から立ち上がると赤い石をロイに渡した。服装はいつものラフな姿ではなく割烹着姿だ。



 ベットに横たわる。下に敷物を引いてあったが、寝心地はお世辞にも良いとはいいがたい。ベットの硬く冷たさがアレスの背中に伝わってくる。



 ロイはアレスが仰向けに寝そべったのを見て、いくつかの装置を体に貼り付けた。吸盤が肌に吸い付き少しくすぐったい。ロイが吸盤に繋がれた装置をいじるとビリっと電流が走った気がした。



「では、閉めるね」



 ロイはそういうとガシャっと音を立てながらドム状の蓋を閉めた。



 空気用の管があるおかげか密閉されて圧迫感を感じるがそこまで息苦しさは感じられない。



 アレスはふうと息を吐く。白い吐息がガラスのドームにあたり白いモヤを作った。



 ガラス越しにロイを見る。アレスから渡された石をすっくりと慎重に装置に取り付けているのがわかる。こちらもガシャっとという音ともに、赤い石の装置の取り付けが終わったことを感じた。



 ロイがアレスの入っているドームに近づいてくる。



「気分はどうかな?」



「……悪くはないです」



「そうか。先程言ったように、五分もかからず終わるだろう。あっという間さ」



「頼みます」



 アレスがそう言うと、ロイは笑みを浮かべて



「まかせたまえ」



 そう胸を張って言った。



 ロイは装置に魔力をこめた。ぶおんという重々しい鈍い音がなり、辺りにスペルの黄色光がたちのぼる。赤い石に繋がれた箱もスペルが光だし、魔力が満ちているのを感じた。



「第一段階」



 ロイが何やら手元の装置をいじる。すると赤い石の台座が光だし、魔力が赤い石に干渉してスパークを起こす。



 バチバチと魔力同士が干渉しあう音は研究所中に鳴り響かせ、箱にあったた衝撃がバキっと嫌な音を鳴らしていた。



 赤い石と装置から出るビームはお互いに異分子同士を排除しようと弾きあっていたが、赤い魔力派と黄色魔力派は徐々に混じりあい一体化していく。



「よし、繋がった!第一段階クリアだ!次はアレス先生いくよ」



 アレスが入っている装置がガコンと音がなり動き出した。ドーム型の蓋は黄色スペルで強く発光しだす。



 アレスは体に繋がれている吸盤から強い電流が走るのを感じる。



「つぅ……」



「すまない。すぐ終わるから耐えてくれ」



 徐々に電流は弱まっていくと、本来なら視認できない自分から発する微弱な魔力派が黄色の魔力と自分の魔力と混ざりあっているのを視認できた。



「第二段階完了。全ての条件は揃った。いくよ」



 そういうと、ロイはさらに装置に魔力を込める。

アレスはそこで初めて自分と赤い石のつながりを感じる事ができた。小さくて僅かばかりの細いつながりだ。それが今消えかかっているのを感じる。黄色の魔力が自分の中の赤い石との繋がりを削っていく。



 ぶつん。



 切れた。



 そうアレスは感じた。何かが起きたわけではない。ただ、自分の中で繋がりが途切れた。そうわかった。



 それと同時に強烈な脱力感を感じる。無理矢理体内の魔力を吸い上げ、断ち切ったのだ。疲労感と倦怠感が同時に襲いアレスは意識を手放した。



 目を開けた。金髪と銀髪の二人が心配そうな顔でこちらを覗いていた。



「アレス起きたかのう」



「アレス……」



「ん……」



 頭がふらふらする。窓から覗く光が眩しい。



「ああ、ただ少しふらふらする」



「あんな大がかりの装置を使ったからのう、魔法使いでもないアレスにはしんどかったじゃろ。まあしばらく安静にしておれ」



 シャルがぽんとベットに手をおく。



「石は?成功したのか?」



「ほれ」



 そういうとシャルは、剣をひょいと上げアレスに見せてきた。



「成功したのじゃ。赤い石は無事アレスから解除され、この剣に再度封印された」



「そうか……」



「ご苦労様じゃ。これで無事に日常に戻れるのう」



「そうだね」



 それを聞いて安堵と少しの寂しさを覚えた。シャルとこの数ヶ月間。確かに、ただの商人では生涯縁のない体験ができた。それは良いこともあれば、辛いこともあったが、アレスにとっては素晴らしい出来事だった。



「シャルとのこの掛け合いももう終わりか」



「なーに、また雑貨屋に戻るだけじゃ。これで終わりではなかろう」



「うん」



「それに、まだこの剣をどうするかは決まっておらんだろう」



 ドワーフの取引の事だ。この剣を渡すか、それともガロンに渡すのか。



「その顔はもう決めたようじゃのう」



 アレスの考えはすでに決まっていた。



「剣は……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る