第22話 白いモヤ

 アレスはサイモン先生の傷を処置する。自分の回復魔法の腕ではこの量の血を止める事はできないと判断した、魔道具で肌を焼き無理やり傷を塞いだ。



「うぐぅぅ」



「すみません。今はこれしか、我慢してください。傷跡はあとから優秀な回復士に治していただければ再生できると思うので」



 しばらく傷口を焼いていると、何とか塞ぐことができた。



 アレスはサイモンから一旦離れると、近くにいた生徒に他の教師を呼んでくるように言い、ネネが向かった、保健室にアレスも向かう。



 道中で休憩室にいたシャルとレイが合流した。



「いったい何なのじゃ」



「ちょっとまずい事態なってね。シャルとレイにもきてもらおうと」



 アレスはシャル達に事情を説明する。



「新任二日目で災難じゃのう」



「まあね。でもほっとけなかったから」



「はあ、そのサイモンとやらが犯人でなければ一体誰がサイモンをやったのじゃ?」



「それは、わからない」



 サイモン先生ではなければ一体誰が犯人か……。アレスは考えるが、答えの出ない堂々巡りに頭を振り考えを振り払った。



 歩いていた生徒に場所をききつつ何とか保健室につき、アレスはガラッと扉を開ける。



「あら……たしか新任の先生の、アレス先生だったからしら?」



 急に現れた三人に不思議そうな顔をする。アレスは周りを見渡すが保健室には保険の教務員が一人いるのみだ。



「あれ?すみません、先程女子生徒が一人ここに来ませんでしたか?」



「私は、ずっとこの部屋にいたけど、今日は誰も来てないですよ」



「いったい、どうしたのじゃ」



「さっきネネという生徒がここに行くと言ってたんだけど……」



 いったいどこに……。アレスは言い知れぬ不安が心を揺らぐ。



 そういえばネネはライラは教室か、休憩室にいると言っていた。



 手がかりなるものは、もうそこにしかない。アレスは昨日挨拶をしたばかりの教室へ向かった。



 アレスはその教室に近づくたびに異様な雰囲気を漂わせていることに気づく。



 まだ昼間というのに生徒はどんどんまばらになっていき、教室の前までくると人一人いなくなってしまった。



「……誰もいない」



「これは、何かおかしいのう」



「何か嫌な予感がする。シャル、レイちょっと……」



 もうここまで来たら止まれない。アレスは深呼吸すると勇気を振り絞って扉を開けた。



 扉を開けると、伽藍堂としたら教室が目に入る。段差になって、置かれている生徒の椅子と机は、所在なさげに立ち並んでいた。



 壇上を確認すると、パイプ椅子のようなものに誰かが座っているのが見える。



 ……ネネだ。白い割烹着のような物を着せられ俯いて座っている。



 アレスは思わず駆け寄ろうとするが、壇上の裏から影が見えた。



「アレス先生。……ふふふ一人でどうしたんですか?」



 ライラだ。



「……やあライラ無事だったんだね」



「ええ」



「どうして、二人が教室にいるか聞いてもいいかな?」



「私が連れてきたんです。可愛いでしょ。いつも私を慕ってくれて、子猫みたい」



 ライラは白い指で彼女の顎をそっと撫でる。



「……そうか。そっちに近寄ってみてもいいかな?」



「せんせい」



「なに?」



「せんせいは魔道具、専門でしたよね」



「ああそうだね」



「魔法使えないんですか?」



「俺は体内の魔法保有量が少ないんだ。だから、魔道具頼らざるえない」



「先生は魔法を使える人たちを、妬ましいと思った事はありませんか?」



「……それは、何度もあるね。自分の魔力のなさに恨んだこともある」



「そう」



「けど、でも今は魔道具と出会って感謝をしているよ。自分に魔力が備わっていたら魔道具というものを使おうとは思わなかったからね」



「貴方は優秀なのね。私はね。妬ましかった。自分の魔力のなさに嫉妬した。魔力という価値に、生まれた瞬間に決めつけられる理不尽に、こんなものが無ければわたしはもっと幸せになれた。



「……」



「だからね。皆んな消そうと思ったの。魔法の素質のある子を見つけて、この手で……」



 ライラは怪しげに微笑む。



「ライラ、君の考えは歪んでいる。それは、エゴだ。自分のない物をもつ、だから人を殺すなんてそんな事」



「せんせい、あなたの魔道具は素晴らしいわ。魔力のないものでも、力を使えるようにする。その理想は素晴らしい。でも、それでも結局魔法使いとの格差は埋まらないわ。もうね。これは、魔法使いという存在をこの世から無くすしかないの」



「……」



「この子、可愛かった。でも魔法使いとして優秀なの。だからね」



 ライラは手を首筋に当て力を込める



「シャル!レイ!」



 アレスの幻惑の魔道具で隠れていた二人が飛び出した。



 レイが俊足でライラに近づくと、ネネを抱き抱え離れる。



 その隙にシャルが火球を練り上げ、ライラに放つ。



 完全な不意打ち。直撃をくらったライラは大きく吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり、ピクリとも動かなくなった。



「あれ、火力ミスったかのう?」



「シャル……」



 アレスはジト目でシャルを見ると



 シャルは焦った顔をして目を泳がせた。



「か、火力は加減したのじゃ!本当じゃよ!」



「……その力、妬ましい」



ドゴ!



「のじゃ!」



「しゃ、シャル!」



 凄まじい衝撃にシャルは教室の外へ吹き飛ばされた。



 アレスは一瞬何が起きたかわからなかった。しかし、目の前の存在を視認し衝撃波の答えがすぐわかった。



 白いモヤだ。ライラの体から抜け出した謎の白いモヤがこちらを見ている。



「アレス、あれ、一体何?」



 レイはライラの体から抜け出したモヤのような謎の生命体を指差す。



「わからない。ただ、友好的ではない事はたしかだね」



 ライラから這い出た白いモヤは白い霧状の物体を散布させながら金切声をあげていた。



「くるよ」



 白いモヤは先程シャルに放った衝撃派をアレスたちに放つ。



 とっさに横に飛ぶと、アレスの横を通り過ぎた衝撃波が後ろの椅子を巻き込み爆散した。



 砕けたプラスチックと金属の破片が降りかかる。



「当たったら思ったより痛そう。シャル大丈夫かな」



「多分シャルなら大丈夫だよ」



 シャルが心配だが、あれっくらいでシャルがやられるはずはない。今は目の前の新たな敵に集中する。



「ん」



 レイは踏み込みいっきに白いモヤに近づくと下からすくいあげるように斬りつける。



 ナイフは白いモヤをスッと通り抜け、レイのナイフは空を切った。



「……私のナイフじゃあいつ切れない。なら」



 レイはナイフに魔力を注ぎ込もうとした、しかしアレスが止める。



「レイダメだ!」



「……」



「使っちゃダメだ」



「……わかった」



 相手は恐らく魔力でできた生命体だ。レイのナイフで魔力を込めれば恐らく斬る事はできるだろう。だけど、アレスはそれをしてはいけない気がした。今のレイが元に戻るのではないか、そんな気がしたのだ。



「AAAAAAAAAAAA!!!!!」



 白いモヤの攻撃は一層激しくなる。窓が割れ、机が吹き飛び、床が割れる。



 レイは白いモヤが隙を見せるたびに斬りつけるが空を斬るのみだ。



「流石にジリ貧」



 必死に避けていたアレスだったが、白いモヤの攻撃を避けきれずついに白いモヤが目の前に迫る。



 まずい!っと思った瞬間。



 ボッっと白いモヤが燃え上がった。



 シャルの魔法だ。



「……遅かったじゃないか」



「下の階まで落とされてのじゃ、ここまで来るのに一苦労じゃったぞ、まったく」



 全力で走ってきたの息を切らせて、白いモヤを苦々しく見る。



「あいつの正体わかるか?」



「あれは恐らく妖精の一種、悪霊じゃろ。弱ってる生命体に入り込んで、悪意を増幅させ本来の人格が薄れた時に体をのっとるのじゃ」



「悪霊……」



「まあ、見ておれ。古今東西、悪霊を退治するのは炎と決まっておる」



 シャルは火球を練り上げる。左右の手のひらに楕円状の火球を出現させ、大きく両腕を開いた。



「レイ離れるのじゃ」



 強大な魔力を感じレイは白いモヤから離れた。



「では、いくぞ」



 シャルはそう言うとグッと左右の手のひらを閉じた。



 白いモヤの周辺に炎の柱が現れる。全方位炎の柱で閉じ込めると上下に現れた炎で蓋をした。



「炎の檻じゃ」



 シャルは左右の閉じた手のひらを腕を伸ばしながら勢いよくぶつける。



「AAAAAAAAA!!!!」



 それと同時に檻は狭まり、白いモヤごと圧縮した。



「除霊完了じゃ」



 炎が消えると、白いモヤは消滅し、そこには煤汚れた荒れ果てた教室があるのみだった。



「相変わらずシャルの魔法は凄いな」



「……怖い」



 レイは記憶がないはずだが、刻み込まれた炎の恐怖にガタガタと震えていた。



「なんじゃ、お主ら。わしを化け物みたいに扱って」



「シャルの魔法は綺麗だよ」



「そう、かのう」



 シャルは照れたように頬をかいた。



「そういや、二人は……」



「そこ」



 レイが指差すと、戦闘に巻き込まれてないように教室の外の物陰に倒れている二人を見つけた。



 アレスは駆け寄り、二人の安否を確認する。



「……まだ二人とも息はある」



「シャル、外傷はなさそうだけど念のため二人に回復魔法をお願い」



「わかったのじゃ」



 とりあえず二人が生きている事にアレスはほっとした。



 周辺のざわめきにアレスは周りを見回すとチラホラ学生がこちらに気づき始めていた。先程の悪霊が消え、人払いの効果切れたのだ。



「回復魔法が終わったらシャルとレイは二人を医務室に連れて行って。俺は学長に事情を話すから」



「うむ、わかった」



「うん」



 アレスは就任早々凄い事になってしまったなと思いつつつ、学長に事情を話すために教室を離れた。





「……ん」



 ネネは目を開ける。



 ここは……病室?



 暖かい。誰かが私を握ってる。この手知ってる。

横向く。やっぱりライラだ。



 私の手を握って俯いてる。



「……ライラ?」



 私が声をかけると顔を上げ綺麗な顔を涙で溢れさせている。



「どうしたの?」



「ネネ……」



「泣かないでライラ」



「ごめんなさい……」



 なんで謝るんだろう?何かつらい事でもあったんだろうか。私はいつもライラがしてくれるように、手を伸ばし、ライラの頭を撫でた。



「よしよし」



「……」



 しばらくライラが泣き止むまでそうしていた。

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