第12話 炎と雷 戦闘3

「リリアン離れてお……はやいのう」



 そうシャルが呟き後ろを見ると、すでにそこにはリリアンはおらず、雑貨屋の壁に隠れて顔を覗かしていた。



「だってシャル様の魔法怖いですもん」



 リリアンは顔を青ざめて、ブルブルと体を震わせる。



 それを見たシャルはどこか釈然としない気持ちを感じながら、渋い顔をした。



「まあ、良い。そこで見ておるのじゃ」



シャルはレイに向かって構える。



「それでは、行くのじゃ」



 シャルは魔力を体の中から引き上げる。髪の毛がメラメラと逆立ち、火花を散らしながら炎の球体がシャルの周辺に現れた。シャルは火球に意識を集中させるとレイに対して流星群のように炎の球を放った。



 レイはシャルが出現させた火球を視界に捉えるとナイフを構えなおし、迫る火球を全て紙一重でスルスルと避ける。



 シャルから放たれる火球は、一発、一発が驚異的な威力をもった魔法だったが、尋常ではない動体視力と脚力を持つレイには、火球を避ける事は容易な事だった。



 シャルは負けじと次々と火球を放つがレイは俊敏な動きで全て完璧に見切り避けられてしまう。



「シャル様!あの銀髪のエルフのスピードは異常です!通常の攻撃で捉えるのは難しいです!」



「どうやらそのようじゃな。……ならこれならどうじゃ!」



 シャルは何事か呪文を唱え、左右の腕に火球の珠を出現させる。両掌の火球同士を接触させ魔力の循環を起こす。幾重にも破裂するような音を轟かせながら捏ねるように練り込むと、特大の火球を作り上げた。シャルは手のひらをレイに向ると、その膨大なエネルギーを放出する。



 レイは迫りくる魔力の波動に、次の火球は避けきれないと瞬時に判断すると、ナイフの刀身に魔力を込める。余剰の魔力が空中を散布し、レイ周辺を雷が幾度も破裂する。再度魔力で雷を充電したナイフはギギギギと耳障りな音をたて始めた。



レイは火球がぶつかる直前ひとつ息を大きく吸い込む。



一閃。



シャルの火球を一太刀で切り裂いた。



真っ二つに分かれた火球がレイの後ろで地面に激突し、爆風と熱を発生させながら大爆発を起こす。



「ほう」



 爆煙が晴れる。あれだけの魔法をくらったレイだったが傷一つなく、ナイフを構えていた。



「次は私」



 レイは獣のような格好をしてナイフを正眼に構え

る。リリアンを倒した技だ。



 魔力が空中に溢れ出し、ギギギギと嫌な音を鳴らす。魔力を爆発させ突撃する最速の一撃。



「シャル様!」



 リリアンの叫び声がこだまする。レイが動く。雷の軌跡を残し、避ける事は不可能。リリアンはナイフがシャルに深々と刺さる姿を幻視した。



しかし、ナイフは空を切る。



「なんで……?」



「その技はもう見たのじゃ。純粋な一点突破の突進技。攻略は簡単じゃ」



レイは周囲がわずかに歪んでいるのがわかった。



「一点に集中するなら、ズラせばいい」



 シャルはレイが動き出す瞬間、火球により空中にたまっていた熱を操り、蜃気楼を発生させた。それにより、わずかだがレイの攻撃をズラしたのだ。アレスのような幻惑とは違い、わずかに”ズレる”程度の差だが、レイの攻撃を避けるには、それだけで十分だった。



 レイには一瞬、それが何が起きたのかはわからなかった。しかし、類稀なる天性の動物的な直感が彼女をつき動かす。



 レイはナイフを高く上げると大きく振りかぶった。レイの大きな振りかぶりで突風が発生し、あたりに充満していた熱を吹き飛ばす。



「見つけた」



 そのレイのは行動は正解だった。熱を飛ばされ、ぼやけていた周囲一帯は元にもどる。



「なんでも、ありじゃのう」



 シャルはレイのあまりの力技に少し呆れた顔をしつつ、再度火球を発生させレイに放つ。



「無駄……そんなの当たらない」



 それを見たレイは少し口角を上げ馬鹿にしたように鼻をならし、横にステップを踏んで避けた。



「それはおとりじゃ、あほう」



「!」



 レイの立っているレンガからスペルの紋章が浮かび上がる。赤く光り輝くと爆発した。



 レイはとっさに手で体を覆うが、爆発をもろにくらい吹き飛ばされる。



「やっと、当たったのう。アレスにスペルというのを聞いてな。応用してみたのじゃ」



 シャルはイタズラに成功したかのように満面の笑みを浮かべる。



「……つぅ」



 レイは立ち上がろうとしたが、ガクッと膝をついてしまった。度重なる連戦にレイの体は着実にダメージを蓄積していたのだ。



それを見たシャルはダメ押しとばかりに、魔法を唱える。



「それじゃあ、これで終いにしようかのう」



 シャルは手のひらに火球を出現させ、放つ前に魔力で固定し圧縮する。両手でその炎の塊を潰し、細く伸ばす。凄まじい熱と強烈な火花を幾重にもちらしながらシャルは炎の塊を柔軟のある炎の鞭に変貌させた。



「それではいくぞ」



「ぐっ……」



 シャルは体全体を使いながらその炎の鞭を右へ左へとふる。引く力で鞭をふるい、蛇のように波打ちながら獲物を狙う。炎の鞭が空中で衝撃波を産み出し、シャルが振るうたびに小規模の爆発を起こしていた。



 レイに狙いを定めると、シャルは右腕を斜め上から振り下ろし、二の腕をぐっと力を入れる。波打っていた鞭が力を加えられ目にも止まらぬ速さで炎の鞭はレイに迫る。



 突如現れた炎の鞭にレイはとっさにナイフで叩き落とそうとする。が、それは悪趣だった。ナイフにぶつかる直前、シャルはぐっと軽く縄を横にひき、軌道を変える。鞭はナイフをすり抜けレイの腕に巻くように絡まると爆発した。



「つぅ!」



 レイは思わず手を押さえて後ずさるが、シャルは休む暇も与えない。右へ左へと鞭を振り、レイは鞭が振るわれるたびに避けようと体を動かす。しかし、しなやかに動く炎の鞭がそれを許さない。



 炎の鞭をふるい、舞うようにレイを封殺する。リリアンはあれだけ恐ろしかったレイのナイフが酷く小さく思えるのを感じた。



「近くなら!!」



 レイはボロボロの体に鞭をうち、シャルの縦横無尽の攻撃にたまらず前にでる。長い鞭を舞うように使うシャルに距離を縮めて自分の得意な間合いまで持ち込もうとしたのだ。



 レイはアレスやリリアンを苦しめたレイの脚力をいかんなく発揮して、炎の鞭をギリギリで避けると黄色の閃光を輝かせシャルに急接近した。



「鞭は近距離でも使えるんじゃぞ」



 そうシャルは呟くと、蛇のように細長くしなやかだった炎の鞭を太く二の腕ほどの長さに縮める。ナイフを突き出すレイにシャルはあえて一歩前に踏み出した。



 シャルにレイのナイフが刺さる直前、シャルは右手首をぐるっと回し、レイのもつナイフの腕へ炎の鞭を巻きつけると爆発させた。



 たまらずよろけるレイ。その隙をシャルは見逃さなかった。シャルは巻くようにして右から炎の鞭をふるう。短い鞭はレイの後頭部をぐるっと周り顔面を強打した。



「っがぁ……」



 ナイフが吹き飛ばされ、脳を揺らされたレイは朦朧とした意識のまま、地面につっぷす。



「観念せい」



「ぅぅぅ……」



 レイは必死に吹き飛ばされたナイフに手を伸ばそうとあがくが体に力が入らずずるずるともがくのみだった。


 シャルは炎の鞭を消すとレイに近く。レイの首筋に手を添え叩くと、ついにレイは完全に意識を手放した。



 圧勝だ。連戦だったとはいえ、リリアンたちを苦しめたレイに対してシャルは呼吸一つ乱さず制圧してみせた。



 あれだけしぶとかったレイはあっさりとシャルになすすべもなく敗北したのだ。リリアンは自分たちとの格の違いに、改めてこの小さな主人に尊敬と敬意を覚える。



「終わったのじゃ」



 シャルはレイのナイフを拾い上げるとリリアンに振り返った。戦闘開始と変わらない姿だ。スス一つついていない。



「流石です。シャル様」



「うむ。妾にかかればこんなもんじゃ」



 シャルは腰に手をあてカラカラと笑う。



「この後、どうします?それとこの少女も」



 リリアンはシャルの魔法で体中を火傷をおおい、煤だらけにして気絶しているレイを指差す。



「とりあえずアレスの奴をあのまま放置しとくわけにはいかないしの。こやつにも聞きたい事もあるし、それにちっとばかし騒ぎを起こしすぎた。二人とも家まで連れて一旦ここを離れるとするかのう」



 街中でこれだけ大立ち回りをしたからか、シャルたちの周りには野次馬ができ始めていた。周りの家からも、ちらほらとこちらを隠れて覗いている者もいる。この街の見回り騎士達がこの現場に来る事も時間の問題だろう。



「わかりました」



 シャルとリリアンはそう呟くと、レイとアレスを持ち上げ、この場から退散するのであった。

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