第11話 盾とナイフ 戦闘2

「シャル……?リリアン?」



 肋骨が折れ、痛む胸を抑えながら、フードの少女に問いかける。



「リリアン。まずはそやつをこの店から追い出すのじゃ」



「御意」



 リリアンは盾に力をこめるとナイフを力強く弾き飛ばした。



 前面からの力にレイはナイフを打ち上げられ体制を崩す。リリアンはその隙を見逃さず、盾で体を覆い体制の崩れたレイに全身で体当たりした。



 盾の突進をまともにくらった小柄のレイは、リリアンと折り重なるようにして店の外へ突き飛ばされた。





「アレスや。大丈夫かのう」



「体は何とか大丈夫だけど……。店が。しばらくは休業かな」



「こんな状態までなってまだ店の心配かや?」



「……当たり前だろ。店は命より大事なんだ」



「まぁ、それだけ喋れれば大丈夫じゃのう。ちょっと傷口みせるのじゃ」



 シャルはアレスに近づき、するどい爪で衣服を破いた。



「胸の傷が酷いのう。肋骨も数本折れてる。ただ致命傷ではないみたいじゃ。これならすぐ直る。ちっとばかし染みるが我慢するのじゃぞ」



 アレスはシャルを見上げると前回と違い、フードの姿ではない事に気づいた。ワンピースのような服にズボンを履き、動きやすい服装をしている。



「フードの下初めて見た。でも不思議とシャルってわかったよ」



 アレスはシャルをよく見る。黄金の髪を後ろで束、燃え上がるような紅い目と意思の強そうな眉が印象的だ。鼻筋はスラッと高い。まだどことなく、あどけなさの残る顔だが将来絶世の美女になるだろうと、簡単に推測する事ができた。龍族の象徴である、頭側面の龍角と顔の頬骨にある鱗が彼女が人間ではなく龍族だと教えてくれる。



「言ってなかったかのう」



「この前あった時は、ずっとフードを被っていたからね」



「そうじゃったかな?」



「似合ってる」



「ありがとうなのじゃ」



 アレスの言葉に少し照れた顔をするシャル。



「よし、お喋りは終わりじゃ、アレスよ、そこに横になるのじゃ」 


 

 シャルは壊れた商品と廃材をどかすと、一人分のスペースをあけ、指差した。



 痛む体を何とか動かし、地面に体を仰向けに寝る。



 アレスが体制を整えた事を確認すると、シャルは手をアレスの胸に当てた。

 彼女の周囲にマナが集まっているのを感じた。シャルの髪はマナが反応して、メラメラと燃えているように発光する。仰向けになりながら薄らと見えるその光景はアレスには、それは神々しく思えた。



 シャルによってマナが体内に集まり再構成される。細胞を活性化し、欠損した肉体を修復し、復元する。



 ナイフによって開かれた傷がみるみる塞がっていくのをアレスは感じた。



「ぅう」



「染みるか?」



「何かぞわぞわする」



「治ってる証拠じゃ。我慢せい」



「わかってるけどさ……」



 しばらくすると完全に傷口は塞がった。



「こんな感じじゃのう。血は戻すことはできぬが、安静にしておれば、すぐよくなるじゃろう」



 シャルはそっとアレスの体から手を離した。



「……ありがとう」



「なに、街を案内してもらった例じゃ。それに何やらお主を巻き込んでしまったらしいからのう」



「巻き込む?」



「詳しい話は、また後で話す。今はあやつを何とかせねば」



 シャルは崩壊した店の壁から見える、リリアンと戦っているレイを指差す。



「それじゃあのう、リリアンが少し苦戦しておるみたいじゃからの助けにいってくるのじゃ」



「ああ……わかった」



 魔力の力で細胞を活性化した事により強い脱力感と疲労感を覚えたアレスは力なくシャルに返事をする。



「あっ、それと」



 シャルは店の壁に足をかけると振り返った。



「敬語はいらないのじゃ。前からむず痒くてのう。今みたいにこれからも敬語なしで話してくれ」



 なんで今そんな事を、と思ったがアレスの体力はすでに限界に達していた。シャルの特徴的なふてぶてしい笑みと後ろ姿見てアレスは意識を手放した。





 レイとリリアンはお互い転げ回るように店から出た。



 若干のよろめきはしたものの、レイはすぐに立ち上がる。



 レイは獣のような体制をしてナイフを構えるとリリアンに肉薄した。



 ナイフをきらめかせ、リリアンに襲う。リリアンはそれを盾を斜めに滑らせるようにしてナイフの軌道をそらし、戻す力でレイを押し込む。



 レイはそれに対し、あえて体を脱力させ体を滑らせることでリリアンの懐に入り、鎧の隙間にナイフを突き立てた。



「いつぅ。なかなかやるね」



 ナイフが刺し込まれる直前、リリアンは体を捻って避けた。無理な体制でナイフをねじ込んだからか、そこまで深く切りつけられることはなく、浅く切られる程度ですんだ。



 レイの見た目とは裏腹にレイの柔軟性と驚異的なナイフ捌きにリリアンは目を見張る。



「うう、シャル様。これ、ちょっとしんどいかも」



「次」



 レイは再度戦闘体制に入る。



「少しくらい休ませてよお」



 リリアンは泣き言を言いつつも盾を構え直した。



 レイは先程同じ要領でリリアンの懐に入ってこようとする。リリアンも先程と同じように盾で体を守る。


 しかし盾とナイフが接触する直前、レイは急停止した。体をぐるりと180度回転させ、返す刃でリリアンの兜の隙間である目を狙う。



 体への攻撃はフェイク、本命は目だ。



 リリアンは虚をつかれ焦るが、かろうじて左手の籠手で顔を守った。ナイフを籠手で防ぐと、盾のエッジ部分でレイの顔を強打した。



「痛い……」



 レイは鼻を抑えながら一歩下がる。そこを見逃さずリリアンは剣で追撃するが、体を縮めかわし、ナイフで剣を切り上げる。



「ああ、すばしっこい!」



 せっかくのリリアンの攻勢もすぐに攻守交代。リリアンは防戦一方になった。



 レイのナイフが右へ左へ上へと四方八方斬りつける。盾で防ぎきれなかった。軌道がギャリっという鎧の削れる嫌な音が鳴り響く。完全にジリ貧だ。



 ちょっと、まずいかも。私じゃあの子のスピードについていけない……。どうすればいい?考えろ!



 レイは更にリリアンの盾を押し込もうと一歩踏みこむ。その瞬間をリリアンは狙っていた。



「ここ!」



 リリアンは盾でレイのナイフ正面からではなく上から抑え込む。背中に回り込み左手でレイの左肩首筋を後ろから抱きつくようにして拘束した。



「速いなら、動かなくしちゃえばいい!!」



「うぅぅぅううううう」



「離さない!!」



 必死にもがくレイを抑え込む。華奢の体のどこからこんな力が出るのか、リリアンも必死の形相で抑え込んでいた。



 ああ、シャル様早くきて!



 内心涙目になりながらレイを押さえ込んでいると、先程まで暴れていたレイが急にピタリと動くのをやめた。



「観念したかしら」



「……、……」



「なに?」



「……っうああああああああああああ」



「っつ!?」



 レイを中心に魔力が爆発する。リリアンは魔力の奔流に吹き飛ばされた。



 突然の暴風に受け身を取れず地面の叩きつけられる。全身に走る痛みにリリアンは泣きそうになるが、唇を噛み我慢してレイの方へ視線を向けた。



「いたたた……」



 稲妻が渦巻いていた。彼女を中心に魔力が溢れているのがわかる。制御できていない力が電気に変換され雷となり、縦横無尽に炸裂する。



「うぅぅぅぅううう」



 レイは何事か呟くと魔力がナイフに圧縮されていく。ナイフの刀身は黄色に輝き。刀身が振動し、ギギギと耳障りの音を鳴らしていた。



「本当は使いたくなかったんだけど、流石にこれは奥の手、使わないとヤバそうかな」



 兜を外すとリリアンも呪文を唱え始めた。髪の毛がふわりとまい、朱色の魔力が盾を覆い。ドーム型のバリアが形成される。



 バリアが形成されると同時にレイは獣のようにうなると、頭身を低くした。魔力を帯びたナイフを正眼に構えると雷の軌跡を残しながら飛び出す。



 ナイフを前面に構え、純粋に力を一点に集中して攻撃するシンプルな突きの技、刺突。隙の多い技でもあったがレイの脚力と魔力が合わさり一撃必殺の技に変貌していた。



「ぐぅ!!」



 リリアンの防御シールドと激突する。リリアンの絶対防御とレイの必殺の突き、赤の鎧と黄色の雷光が激突した。



 魔力の衝突で閃光が弾ける。しきつめられた道のレンガが衝撃波で吹き飛ばされた。



 力は拮抗していた。非力な少女の体にどこにそんな力があるのか、リリアンの盾に尋常ではない圧力を感じ、目を見開き耐えた。



「あああああああああああああ」

「ううううううううううううう」



 膠着が続くと思われた。しかし均衡はレイに傾いた。ミシリと嫌な音をたてリリアンの防御シールドにヒビが入ったのだ。



「うっそ……」



 レイは少し口角を上げると、ナイフを逆手にもち、上から振り下ろすようにシールドへ叩きつけた。ガラスが割れるような音をたて盾が砕けちる。



 リリアンは盾の壊れた衝撃で、地面に倒れこむとそれを見たレイはリリアンにとどめを刺すために踏み込む。



 リリアンとレイの間に火柱がたった。



 レイは慌ててリリアンから距離を取る。



「すまんのう。リリアンは妾の大事な騎士なのでな。それ以上は貴様の好きにさせる訳にはいかないのじゃ」



 シャルはリリアンの頭をぽんと手を置く。



「ご苦労だったのじゃ」



「うぅぅしゃぁるぅ様ぁあ……」



「なんて顔をしておるのじゃ」



 リリアンは、全身の痛みと自分の不甲斐なさに鼻水を垂らしながら号泣する。



「二人分の貸しを返して貰わないといけないのう」



 シャルはレイを睨む。



「誰が、きても同じ」



 レイはナイフをシャルに向けた。

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