第9話 銀髪の少女

 アレスは商業ギルドの食堂に来ていた。



 商業ギルドの食堂は今日も賑わっている。昼食を食べながら商談をするもの、仕事とは関係ない世間話をするもの、一人で黙々食べているようで、商人達の話をこっそり聞き耳をたてているものなどなど受忍一重だ。



 この食堂は、行商人達が各都市からあらゆる物品を運んでくることで、この地域では見慣れない食材をいつでも食べる事ができると商人達には人気の食堂だ。小腹が空いてふらっと立ち寄ったアレスも、そんなこの食堂をよく通っている商人の一人だった。



「このパイうまいな」



 アレスは持参したフォークでパイを切り分け、口に運ぶ。しっかり練り込んだパイ生地がサクサクと音をたてる。イチジクとレーズン、リンゴの甘味が口いっぱいに広がる。魚のサケの塩味も効いていい感じだ。



 木の器に入ったぶどう酒で口を潤す。かなり水で薄めたのか本来のワインの味がほとんど台無しになってしまっていたのだが、そこまで高いものでもないし口を潤すだけと考えればそう悪くはない。



 アレスは一人で黙々と食事をしながら、他の商人たちと同じように商人たちの噂話を聞き耳たてていた。商業ギルドの食堂は食事をする場所でもあったが、大事な情報源を仕入れる場所でもあった。



「おい、知ってるか。皇都が何やら慌ただしいことになっているみたいだぞ」



「皇都が……?また戦争でもするのか?もしかして、また魔物達?大人しくなったと思ったんだがな」



「いや魔物たちじゃない。どうやら、ドワーフの国らしいぞ」



「ドワーフだって?エルフと戦争してるあのドワーフ?」



「そうそう、そのドワーフ。何か皇都に特使を派遣したとかで、都の方は大騒ぎになってるみたいなんだ。ドワーフと一緒にエルフ達と戦争するんじゃないかって」



「おいおい、勘弁してくれよ。エルフつったて森の奥に引っ込んでる土民みたいな奴らだろ?エルフと戦争してうちらには何のメリットもないじゃないか」



「あくまで噂だ。ただ、ドワーフの特使が皇都についたのは本当みたいだぜ」



 ドワーフとエルフの戦争か……。もし戦争なら麦の値段が上がるかもな。買い時か。



 アレスは聞き耳をたてながら儲かる算段を頭で考えていた。パイがボロボロと崩れるのをフォークでまとめながら、何か他に情報が得られないかさらに聞き耳をたてた。



「そういえば魔獣がローランの森で大繁殖してるって知っているだろう」



「ああ、知ってる。いくつかの村の畑が襲われて大変なんだって?」



「そうそう、冒険者やハンター達だけじゃ手に負えないっていうんで、この前騎士団による大規模な討伐作戦をおこなったんだが、失敗に終わったようだよ」



「それはまた、何で?魔物といっても少し大きい猪みたいなものだろう?騎士団が負けると思わないんだが」



「どうやら森の奥に上位者がいるみたいなんだ。他の魔物たちもその影響で強くなってるみたいで」



「ほう」



「しばらく皇都も慌ただしいから増援も見込めないし、この街には今、上位者を狩れる冒険者もいないからな。一つ、二つ村潰されるかもね」



「しばらく他の街に引っ越そうかな」



「それもありだな」



 上位者か。思ったより大事になっているみたいだ。少し気にした方が良いかもな。



 アレスは聞き耳を終えると薄いぶどう酒を飲み干し、空になったパイの入っていた器の横に銀貨を置く。アレスは食堂にいるギルド職員に一言、二言話しかけると店に戻るために席をたった。





 商業ギルドから店の前までくると、不審者が一人。店の窓から覗き込むようにしてキョロキョロしている女がいた。アレスはどこかデジャブを感じるなと思いながら一つため息をつくと、その女に近づく。



「俺の店に何かよう?」



 アレスがキョロキョロしていた女に声をかけると、まさか声をかけられると思わなかったのか体を飛び跳ねさせた。



「あわ!……!ななななんで!?」



「いや、ここは俺の店だからね」



「そそれは、知ってる」



「知ってる?」



「あ、いや。ちがっ」



 近づいてみるとその女は女性というよりも少し小柄、少女に近い体つきをしているのが分かる。緑を強調した肌着のような服をベルトでしめ、短い丈の服の隙間からはふとももがチラッと見えた。



 アレスは少しの気まずさをごまかす為に少女の顔を見る。



 綺麗な銀髪を後ろでくくり、エルフの象徴でもある特徴的な耳と、整った顔つきをしている。



 アレスの言葉に銀髪の少女慌てたように首をふった。



「君、その耳エルフだよね。もしかして迷子かな?」



 普段エルフは森に住んでいて、人が住んでいるような街に降りていくことはない。何か特別なようがあったのか、アレスは先日に街を案内した偉そうなフードの女の子を思い浮かべながら聞いた。



「ま、迷子じゃない……」



「そっか、あ、もしかしてお客さん?それだったら悪かったね。ちょうど昼食を食べに商業ギルドに行っていたんだ」



「うんうん、違う……」



 少女はアレスを指をさす。



「俺?」



「うん」



「俺に何かようかな?」



「あの、えっと……」



 銀髪の少女は顔を俯かせる。



「私、レイって言います」



 少女は顔を上げる。



「ごめんなさい、死んでください」



 レイと名乗った少女はアレスの胸にナイフを突き立てた。

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