無Ⅸ「便利屋と姫騎士」


「ひゃっほう! 良い乗り心地! 鉄臭い上にカプセルホテルみたいに狭いコクピットよりは断然いい!!」


 フリーゼの大笑いが夜の荒廃した街に響く。

 駆け抜ける一台の“オープンカー”。運転席でハンドル片手にテンションマックスのフリーゼはご機嫌だ。


「マシンとか用心棒とかも存分雇っちゃうブルジョワだ。予想通り高そうなの持ってたじゃないの!」


 彼が脱出用のアイテムとして使いたい“メジャー”とは、依頼人であるディグラが所有するオープンカーであった。この時代、10桁は軽く弾む超高級品のスポーツカーを前、乗れる機会があるかも分からないだけにテンションも上がるだろう。


「……」

 運転席の隣では、頬に手を当てたリィンが静かに外を眺めている。

 西洋のイメージがあった純潔領域とは違い、サルガッソ・フロントと呼ばれる街は蒸気の煙が上がる繁華街が遠くに見える。


「リィンさま、お怪我は?」

 替えのローブは持ってきていない。戦闘服姿のままであるマレナが後部座席から主人の体調を伺う。


「大丈夫よ。貴方のおかげ」

「……光栄です」

 お褒めの言葉をいただき、恐縮そうにマレナは頭を下げた。


「さぁて、と」

 リィンとマレナの疲れもとれたように見える。敵の追手も見えなくなり、落ち着いたあたりでフリーゼがリィンに声をかける。


「約束だ。お礼に外には出してやる……が、そっち側の街までは流石に無理だ。国境付近からは自分たちの足で向かってくれ」

 純潔領域の門の護りは固い。本人曰く、忍び込むだけでも相当な神経と体力を使うようだ。そこらの便利屋でしかない彼の運び屋事業は門の外までとなる。


「本当にありがとな。まぁ、命を狙った上にその体をどこの誰かも分からない変態のおっさんに突き出そうとした男からお礼言われたって嬉しかねぇだろうけど」

 約束通り手伝いのカリは返す。フリーゼは門の外に向けて車を走らせる。


「……ねぇ、アンタ」

 年下であるにもかかわらず、リィンは年上のお兄さん相手にタメ口で問う。

「もう一度聞くけど、便利屋なのよね?」

「ああ、そうだね」

「この街に属している便利屋ではないわね?」

「ああ、そうだ」

 リィンからの質問に対し、特に不機嫌な気持ちもなく回答する。


「……ということは」

 快く受けこたえてくれるフリーゼに再度問う。

「やっぱり、アンタは自由の叶界の住民……便利屋・【渡り鳥スロウ・レイヴン】だったりする……?」

 返答を待つ。

 リィンの視線からは……『そうであってくれ。』と強く願っているように見える。


「まぁ、俺の住んでる場所がそっちで言う自由の叶界とやらかどうかは分からんが」

 運転、正面を見たままフリーゼは返答する。

「俺が【カラス】であるのは間違いないな」

 フリーゼは肯定した。

 リィンが口にした“とある組織”であることに間違いはない、と。


 であるとしたら、どうするというのか。

 純潔領域的には不都合な組織の為、排除を試みるというのか。追われる身であったとはいえ彼女は元幹部だ。妙な正義心の一つ、持っていないとは言い切れない。


「なら何でも言うわ! お願いっ!!」

 リィンは耳元で叫ぶ。


「私をそこへ連れて___」

「待ちやがれ、テメェラァアアーッ!!」


 後ろから声が聞こえる。

 スポーツカーの相当なエンジン音以上の叫び声。ホバーで接近してくる謎の気配、運転手であるフリーゼ以外は振り返る。


「よくもやりやがったな、クソガキ共ぉ……ッ!」

 後ろからついてくるのはリィンの誘拐或いは暗殺で使用されていた人型兵器だ。専用の一機を駆り迫ってくる声の主は……“ディグラ”だ。


「アイツ、ここまで追ってきた……!」

「だろうな。あのおっさん、意地の張った女を嬲る趣味があると言っていた……余程傲慢でプライドの高い性格だと思うよ」


 あれだけダメージを負わせて尚、目覚めてここまでわざわざ追いかけてきたのだ。

 生身の人間相手にこんなスペックな兵器を持ってくるという大人げない報復。百倍返しにしてやると。


「まとめて地獄に送ってやる!!」

 その場で大ジャンプ。スポーツカーの走る進行上に立ちふさがった。

「ヒヒヒッ……死ねぇえッ!」

 両手を広げ、胸元を大きく露出させるマシン。バルカンポッドを今すぐにでもブッ放すつもりでいるらしい。愛車諸共、ハチの巣にするつもりだ。


「ちょっとどうするの!? 距離がありすぎて反撃が、」

「___お嬢ちゃん達」

 フリーゼは静かに呟く。

「“俺達の街”へ来たいんだって?」

 こんな危機的状況を前にしてもフリーゼは焦りもせずに両手を後頭部に当てながら、さっきの質疑応答の続きを始める。


「理由は後で聞く。その前に聞いておきたいことだが……“相当高い”ぜ? 家出少女の財布の方は大丈夫か?」

 依頼料は、相当な金額をかけると警告する。

「足りない分を君の体で払って埋め合わせでも構わないが?」

「……ロリコン」

 そっとフリーゼから離れ、小さな罵倒をする。

「いや、お嬢ちゃんが言ったんだろうが」

 軽く平手を添えて指摘をしておいた。


「……私の立場を分かっている前提で答えるわ」

 金に問題はないのか。フリーゼからの質問に回答する。




「“スカーレット家の財産”の8割を与えてもいい。それでどう?」

「……充分だ! お釣りが出る!」


 フリーゼは運転席から土足で立ち上がる。


「言質は取ったぜ? 契約書にも後でサインをしてもらう。いいな?」

 小さなボイスレコーダーを片手に持っている。いつの間にか録画していたようだ。

「そっちに不正がなければ幾らでも書いてやるわ!」

「オーケイッ!!」

 レコーダーをしまい、運転席から飛び出すフリーゼ。


「んじゃぁ、とっとと連れていくとするかッ!」

 人型兵器に向かって走って突っ込んでいくフリーゼ!

「ちょっ!? 運転ッ!?」「……ッ!?」

 突然飛び出したフリーゼにリィンは悲鳴! 後部座席にいたマレナが慌てて身を乗り出しハンドルを握る!


「あんな鉄の塊相手に生身で突っ込んでいく無謀……やっぱりアイツはッ……!」

「突っ込みます! 捕まってくださいリィンさま!」


 胸元に内蔵されているバルカンポットの砲塔が既にフリーゼへ向けられている。このまま突っ込めばハチの巣になりかねない。だが、フリーゼは止まらない。


「ビジネスの邪魔をする大馬鹿野郎をとっとと蹴散らして……」


 “フリーゼの片足”が膨張する。

 煙を放つ。まただ、彼はまた“あの足で何かをするつもりだ”。


 パワーを蓄えている。

 そう、あれが。あれこそが……フリーゼの特殊な力! 跳躍!


「お嬢ちゃん達を“俺たちの巣”へご案内だ!!」

「ゲヒャヒャ! 消えろ消えろ消えろォオオオオッ!!」

 発射。数百発の弾丸がフリーゼに向けて放たれる。

「……オォラァッ!!」

 宙を浮いたフリーゼが片足を振り払う。

 まるでウチワ。扇ぐように数百発の弾丸に向けて、豪勢な空振りを披露する。



 ___“弾丸がすべて、跳ね返される”

 ___“一発もフリーゼに命中せず、その場で虚しく落ちるか、人型兵器に元へ戻ってくるかのどちらか。一発として、フリーゼの体を捕らえなかった。



(勢いだけで弾き飛ばしたっ……!)

 その風景を唖然と見上げるリィン。

(やっぱり、アイツも……)

 あれだけの力。普通の人間ではありえない。

 そう、あれが、あれこそが、このエンデルヴェスタに住まう者の一部のみが所有されるとされる“特異の力”。



(“【異端者ハイド】”……ッ!!)



 バルカンを突っ切り、どこぞのヒーローのように足を出し突っ込んでいく。

 第二派が来るやもしれないバルカンポッドをむき出しにしている胸元に何の抵抗もなく。まるで蒸気機関のように、足から大量の煙を噴き上げながら。


「あひゃ、あひゃひゃっ……なんじゃ、ありゃぁああ……ッ!?」


 そして“貫通”。

 体は巨大であれど“細身”ではあった肉体。装甲の薄くなったバルカンポッド部分を破壊し、そのまま槍のように突き抜けていく。



「あばよ、詐欺師め」

 貫通し、直線の大地に着地をして直ぐ、人型兵器の背後に突っ込んでいく。

「あの世で反省しなッ!!」

 蹴り払い。人型兵器の胴体を勢いよく背中から蹴り上げ、ぶっ飛ばした。


 あれだけ巨大なサイズであろうと人型兵器は数キロ先まで飛んでいく。何もない大天空。夜空の三日月をバックに___


「地獄に墜ちろォオッ、クソガキどもっ、がぁあああああ____」


 ____爆破。飛散。

 ディグラは花火となって、人型兵器諸共粉々に砕け散った。



「……テメェが地獄に墜ちろ」

 着地。フリーゼは煙を出し続ける片足を抑える。

「いっつつ! やべぇやべぇ。アピールのためとはいえ調子に乗りすぎた……ただでさえメンテ面倒なのに複雑骨折はよくねぇな」

 圧倒的パワー。フリーゼは自慢げな顔のまま、二人の元へ戻ってくる。


「待たせたな」

 平気そうな顔をして、親指を突きたてる。



「招待するぜ。俺たちの街へな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 これより先、彼等の向かう場所。

 それは“自由の叶界”と裏で呼ばれる場所。



 そこは純潔領域秩序の国でも、サルガッソ・フロント野望の国でもない。




 両国……エンデルヴェスタのど真ん中。






 【国境】。

 両国の争いによりすべてが荒廃し、破綻した。




 名もなき“虚無の砂漠”である……!

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