o 八「欲望だらけの時代(後編)」


 背中を向けていたフリーゼに銃が向けられる。

 片手はアタッシュケースで塞がっており、もう片方はドアノブに触れている。今、フリーゼは無防備の状態だ。


 その状況の中、ディグラは命令する。

 ___『撃て』と。






「……契約内容にございませんよ? 俺を殺していいって案件は?」


 ドアノブをひねりはしない。ただ、ドアノブを握ったままフリーゼは”唇を笑みで歪めている“。


「いっけませんねぇッ、ルール違反はッ!!」


 途端、振り返りフリーゼは叫ぶ。

 “札束の入ったアタッシュケース”を投げつけたのだ。前方、銃口を向けて並んでいた見張り兵二人に向かって。


「早く撃ちやがれ!」


 ディグラの焦りの声に合わせて銃が発砲される。

 防弾仕様も施されていないアタッシュケースはマシンガンでぶち抜かれていく。ロックが外れ、中から解かれた金の束が鳥の羽のように舞い上がる。


「娼婦だとか薬だとかバンバン買う金あるくせにケチケチするんじゃないよ!!」


 視界が遮られる。あっという間にフリーゼの姿は飛び散る札で覆い隠される。

 それでもなお息の根を止めてやろうと見張り兵二人は銃を乱射し続けている。敵はそこにいると分かっているのだから。



「大人なら、約束は守りましょうよォ~……」

 マシンガンの銃声。それ故に見張り兵は気づかない。

「ねぇ~~ッ!!」

 見張り兵の後ろ、既にフリーゼは移動していることに。


「「ぐおわっ!?」」

 回し蹴りだ。蹴りが弧を描く。

 見張り兵はマシンガンを手放し倒れる。立ち上がろうとしても背骨を折られたのか間もなくして気を失う。


「テメェッ……!」

 ディグラは思わぬ反撃に立ち上がる。バスローブの内側に隠しておいたハンドガンを取り出し、意識がまだ見張り兵へと向いているフリーゼを自らの手で仕留めようという魂胆だ。


「させるかぁッ!!」

 リィンはロープで自由を奪われた状態のままディグラに体当たりを仕掛ける!

「ぐぅおっ!?」

 腹部からダイレクトに体当たりを仕掛けられたディグラはソファーに倒れ込む。

「ざまーみろっ!」

 ハンドガンを手放すディグラ、リィンはそのまま床を転がり彼から離れていく。


「このガキ共がっ……!」

「えいっ」

 立ち上がろうとした矢先。更なる追撃!

「ぎいいっ……こん、にゃろおおっ……!!」

 同じく自由を奪われているマレナも倒れているディグラに向かって大ジャンプ。腹部に全体重をかけてのキック!

 踏みつける。幾らマレナほどの小柄な少女であろうと、それだけダイレクトに蹴りを入れれば心臓へダイレクトにダメージが行く。


「ぐぼっ……ごほっ……」

 そのままディグラは泡を吹き、白目をむいて意識を失った。


「……欲掻きすぎだって。明日の生活かかってんのコッチは。銭一文まけないよ」

 ディグラも見張り兵も意識を失い静まり返る空気の中。フリーゼはブツブツと文句を言いながら散らばった金を幾つか回収し、ジャケットのポケットの中に突っ込んでいる。


「お嬢ちゃん達ナイスよ~!! いやぁ助かった!!」

 金を回収するとフリーゼは振り返ってピースサイン。歯並びの良い笑顔を見せた。


「ねぇ? これ、どういう事?」

 リィンは立ち上がり、金を拾うフリーゼに問う。

「よく見とけよ嬢ちゃん。大事な約束破った人間はろくな目に合わないってこと」

 質問に応えるとフリーゼは見張り兵のホルスターに入ってあったナイフを手に取り、リィンのロープを解く。


「んで、子猫ちゃん達はどうする?」

 自由になったリィンにフリーゼが問う。

「このまま脱出するというのならお手伝いするよ? 一番得意で好きな仕事はレディのエスコートなんでね」

 今から館を脱出する。どのような兵器を隠し持っているかまだ分からない。この館にあとどれほどの伏兵が隠れているかもわからない。


 お互い、脱出の為に人手が欲しいと言えば……少しでもほしい。


「手伝ってほしいのは、そちらの方ではなくて?」

 髪を撫で、リィンが呟く。ちょっと小馬鹿にするようお嬢様らしい言葉遣いで。

「くっはぁ! お察しの良い!」

 これはやられた。そう言わんばかりの表情でフリーゼは大笑い。


「マレナ!」

「仰せのままに、リィンさま」

 ロープをほどいたマレナは上着を脱ぎ捨て動きやすい格好をさらす。

 戦闘服。レオタードともとれるし、バニーガールの服みたいともいえる。腋、鼠径部、素肌を大いにさらす格好となり、マレナは自身の武器のナイフを構えた。


「手伝ってくれたら、何かしてくれるのかしら?」

「サルガッソ・フロントからの脱出まで手伝う!」

「……今回だけなんだから! “男”と手を組むのは!」

「んじゃ、行きますか!!」


 三人は窓ガラスを破り、外へと飛び出す。

 ここは二階だ。ある程度の高さこそあるものの、これくらいなら問題もない。少し気になることがあるとすれば、騒ぎを聞きつけた見張り兵が着地地点に数人待ち構えていることか。


「俺についてこい!」

 しかし、その対策はしっかりとしている。窓から飛び出す前、気を失った見張り兵からマシンガンを拝借した。

「おらおら! お客さんのお帰りだぜ! ちゃんと出迎えろよ!!」

 両手にマシンガンを構えたフリーゼは、真下にいる見張り兵を撃ちぬいていく。


「向こうからまだ来るわよ!」

「舌を噛むぞ! 着地に備えて踏ん張りな!」

 着地。まだ撃ちそびれた見張り兵は幾らでもいる。それだけじゃない……後から増援でやってくる兵士も数名だ。


「この野郎ッ!」

 見張り兵数名がマレナを取り囲む。四方八方、三人の中で一番危険だと体で感じたのか。

「絶対に逃がすな!」

「ブッ殺してやるッ!」

 三人の中で一際異彩を放つ格好の少女だ。普通じゃないことは一目でわかる。


「___駆<アジン>】!」


 絶体絶命の状況。しかし、マレナは怯えない。ナイフを構え、何かを呟いた。


「死にやがれぇえええッ!!」


 マシンガンが放たれる。ハチの巣にせんと言わんばかりに撃ち尽くしてくる。




「死ねと言われて死ぬ馬鹿はいない」

 ___“回避”する。更にナイフで“撃ち落とす”。

 数百発の弾丸の雨霰、脱出する隙間なんてありもしないはずの包囲網の中。マレナは“すべて避けている”。

「死ねと平気で叫ぶような野蛮人こそ死んでしまえ」

 見えない。彼女の姿が“速すぎて視えない”。


 殺す。殺す。殺す。

 一人一人、マレナは銃を乱射する敵達を“通りすがり”に抹殺していく。


「終わり」

 気が付けば、見張り兵達の中央にマレナの姿はない。包囲網の外で“血に濡れたナイフ”を振り払い、無防備に佇んでいる。



「ごほぅ……」「くふっ!?」

 血のバラが咲く。

「がはぁああッ……!」

 噴き出す。兵達の胸から鮮血が泉のように噴き出し、あたり一面を濡らした。


「おうっ! やるねぇ、お嬢ちゃん!」

 マシンガンで応戦し、近づいてくる近衛兵には足技で対応。見張り兵達を薙ぎ払っていき、退路を作っていく。

「ねぇ!? まだ来るんだけど!?」

 これだけ数を減らそうが、敵はまだフリーゼ達の追跡を行う。全部の対応をしている暇などない。あまりのしつこさにリィンも呆れ気味だ。


「……野蛮人は殺す以外での方法を見つけないのね」

 マレナはナイフについた血を掃い、痰を吐き出す。

「それ。そんな格好のお嬢ちゃんが言う?」

 正当防衛と言われればそれまでだが、フリーゼは的確にも『お前が言うな』的な言葉を漏らしていた。


「どうするの!?」

「乗り物をいただいていく!」

 このまま走って逃げるのは骨が折れる。少しでも楽をするため、この館の主人が保有している乗り物を一台いただくことにする。


「あの人型兵器?」

「アレは三人で乗るには狭すぎるし、目立っちゃうでしょ~!」


 また国境を超える程の燃料が残っているか保証もない。居心地だったり状況だったり、悪循環のある過ぎる乗り物をフリーゼは避ける。


「じゃあ、何を!?」

「そりゃぁ、こういうお金持ちが持っている乗り物ってなら」


 見張り兵達の増援! 手っ取り早く目的地へ!


「メジャーで行こうぜ」


 守りが手薄の中。フリーゼが少女二人を連れてきた場所は……“車庫”であった。

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