0 η 「欲望だらけの時代(前編)」


 夜空をぶっ飛ぶ一体のロボット。


「おい!? 何か落ちてくるぞ!?」

「……待て、あれは撃ち落とすな」


 まるで“ロケット”のよう。

 フリーゼが依頼人から借りていたという人型兵器はブースターをフルバースト、豪快に大空を舞う。純潔領域の国境壁を容易く飛び越えてしまい、直接“サルガッソ・フロント”に入国するのだ。


「あぁ、あれ! うちのマシンか!?」

「歓迎しろ!」

「来るぞ! みんな離れろ!!」


 依頼人のいるテリトリー。依頼人の部下たちは帰ってきた人型兵器を迎撃せずに出迎える。邪魔もなく入国できた人型兵器は古風な飾りの館の庭に“墜落”した。頭から突っ込むように。


「……ぶはっ!!」

 コクピットのハッチが勢いよく開く。乱れに乱れまくった服装のまま、フリーゼ達が中から飛び出した。

「うぷっ……気持ち悪っ……頭がグルグルするぅ……」

 狭いコクピットの中、男女三人がぎゅうぎゅう詰め。墜落と移動の衝撃に備え、コクピット内は常にエアバッグが飛び出している状態の為、より密閉されていく。


「だが、ついたようだな……うぷっ」

 入ったことはないが洗濯機の中に放り込まれたような気分だった。フリーゼはコクピットから出ると外の空気を吸って、嘔吐を抑え込もうと必死だった。


「ほら、大丈夫か?」

「こんのぉ~……!」

 死霊のようにブルブルと震えた華奢な少女がハッチから顔を出す。


「アンタ、胸触ったでしょ……スカートに手を突っ込んだでしょ……好き放題、弄ってくれたな貴様ァ……ッ!!」


 鬼の形相を浮かべたリィンが顔を出す。

 怒髪天だ。事故であったとはいえコクピットの中で好き放題セクハラされまくった彼女は“人一人殺してしまいそうな表情”になっていた。


「なんでよ!? しょうがなかったでしょ!? そんなに怒らなくてもいいんじゃ!?」

「うっせぇ、問答無用! ぶっ殺してやるゥッ!! キシャァアアーーッ!!」


 そのままコクピットから飛び出して、フリーゼの首に噛みついて来る。

 あれだけ揉みくちゃにされたというのに大したスタミナだ。満身創痍であったフリーゼの隙を見事について、豪快な卍固めを仕掛けているじゃないか。


「リィンさま……落ち着きましょう。拳銃向けられてますよ」

「「あっ」」

 必死に腕をたたきギブアップを告げるフリーゼ。そんなもん知るかと技を仕掛け続けるリィン。随分と可愛そうな光景であったが、周りの見張り達が拳銃を向けていることを知ったところで、二人ともに大人しくなる。


「……どうする?」

「とりあえず、ディグラ様に報告だ」


 便利屋の帰還。マシンガン片手の見張り達は館の主人に報告することにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間後、彼らは館に通された。

 時間も経ち体調も回復したフリーゼは衣服を整える。その後ろ、ほどけていたロープを締めなおされたリィンとマレナが、何の抵抗もせずに彼の後をついていく。


「ほら、ちゃんと歩け!」

「ちっ……!」

 今、後ろにはマシンガンの銃口を向ける私兵もいる。迂闊な真似をすれば、即刻ハチの巣にされることだろう。


「……んっ?」


 主人の元へ向かっている最中、リィンは不意に気づく。


 “声が聞こえる”。

 木片が軋む音と言うべきか。うっすらと開いた一室の扉の向こうから、激しい音がギシギシと聞こえ続けている。


 “男の悶え声”と“女の喘ぎ声”。


「……ッ!」

 一瞬だが、扉の向こうの景色を見たリィンの表情が引きつった。


 ___まるで意思を持っていないかのよう。

 ___男に縋るような表情を浮かべるだけの女性が、男性に“されるがまま”だ。


「……本当に獣しかいないのね、この国は」

「コラコラ。お嬢ちゃんが大人の嗜みを見るもんじゃないの」

 尖ったリィンの瞳にそっと両手を添えるフリーゼ。あんな風景を見ていい年齢ではない。教育上まだ早いと悟るようにからかってくるのだ。


「アンタも……アレが普通だと思ってるの?」

 目を塞がれたまま、リィンは低い声で問う。

「女を玩具にして、それを……自分の事を神だと勘違いしている獣達が好き放題貪る風景を、まるで“食事”と同じくらい当たり前の光景だとでも言うように」

「……ついたぞ。大人の一歩を踏む大事な授業はまた今度な」

 見張り達が足を止めた。先の部屋、リィンが覗いていた部屋と同じ風景が広がる一室にフリーゼは何の躊躇もなく足を踏み入れる。


「よう依頼人ディグラ。おまたせしたな」

「おう、なんだ……便利屋か」

 部屋に入ってから、よりキツい光景が広がる。

「ったく。これから一番良いところだったのによ」

 ベッドの上にいる全裸の女は一人だけじゃない。三人もいる。


「新しい奴らでな。どいつも上玉だ……分かるか? “泣きながら助けを乞う女に子種をブチまける最高の絶頂”を取り上げられた気分は?」


 ベッドの向こう側には“痙攣と呼吸以外の行動はしなくなった女性”がこちらも三人近く。鼻を刺激するような濃厚な臭いを放つ香があたりに数個。煙を漂わせる。


「……っっ!」

 リィンは煙を吸うと、一瞬だが意識が飛びかける。

「はぁっ…、はぁあっ……!!」

 眩暈が襲う。しかし、リィンは自我を保つ。

「げほっ、げほっ……! 随分刺激的なモンを使うねぇ……ちょいと女性にはキツイでしょ、コレは」

 フリーゼもその匂いには咳き込んでいた。

 毒、というには、その匂いはあまりにも心地よくて気持ちが良い……体に伝わる痺れも、快楽にも似た興奮を誘発しようとする。


 まるで“媚薬”だ。一種の薬物兵器だ。


「ほう……まさか生け捕りに成功するとはな」


 ディグラ。それは “この館の主人の名前”。

 フリーゼに幹部の抹殺か生け捕りを命令した本人である。


 随分と強面の大男だ。一体どれだけの時間を楽しんでいたのか分からない。だが彼は満足していないような表情で立ち上がり、悶え苦しむ女性達を放ってバスローブを羽織る。


「近衛兵もセットか。二人とも上玉だな」

 ディグラはバスローブこそ羽織っているが、胸元も下半身もはだけているためむき出しの状態だ。そんな姿のまま、ディグラは二人の元へ寄ってくる。


「しかしガキか……残念だな。ガキはちっとな」

「ガキじゃないッ!!」


 本日二回目。やや子供の体系であるリィンの逆鱗に二度も触れた。

 意識が途切れかけていたが、リィンはその発言一つで目が覚めたではないか。ロープで縛られたまま、オオカミのように唸り始める。


「リィンさま、どうどう」

「きぃいい……」

 主人を止めようにも両手が塞がっている。マレナは口で忠告をするのみであった。


「……ベッドの女は部屋にブチこんどけ」

 ベッドの上。行為の途中であった女性達は別の部屋に連れていくよう、ディグラは見張りに指示をする。

「こっちの方はどうするんです?」

「“孕んでいたら捨てろ”」

 ベッドの下で倒れ込んでいる女性は破棄しろ。それこそ、本当に女性を“玩具”のように片付けたディグラは部屋を出て主人室へと向かって行く。


「……」

 ディグラに連れ去られていくリィンとマレナ。それに続いて部屋を出ようとしたフリーゼは振り返り女性達に目を向ける。


「俺だったら萎えるがね」


 一つ、苦言を零しているように見えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後。三人はディグラの私室へと連れられる。

 身柄を引き渡す。最も高額な仕事を果たしたフリーゼにアタッシュケース一つ分の札束の山が贈呈される。ざっと数えて数千万は入っているか。


「はい、毎度あり」

 フリーゼは依頼料の入ったアタッシュケースを受け取り、深々と頭を下げる。


「よくやってくれたぜ……生きている状態となれば」

 ディグラはニヤついた表情でソファーに座らされるリィンとマレナに目を向ける。

「聞きたいことも山ほど聞ける。あのお方への手土産も増えるってもんだ」

 “あのお方”。それが誰のことを告げているのか。二人を舐め回すような表情で眺め、舌なめずりをしている。


「……喋らないわよ。何も」

 組織の事も、本国の事も何もしゃべるつもりはない。リィンは銃口を向けられている状況であろうと、敵意をほどこうとはしない。

「まっ、お前にそのつもりはなくてもな」

 ガードの固いリィンを前にしても、ディグラは余裕の表情を浮かべたままだ。


「“喋らせる方法なんて幾らでもある”」

 不意に外された視線。ディグラの視線の先は私用のテーブルだ。


 “注射器”と“粉”がある。

 何かしらの薬。薬品らしきものが、テーブルの上に用意されている。



「……ッ!」

 それがどのような代物なのか。リィンは分かっているようだった。

 数分前に見た景色……まるで自我を失ったような女性たち。そして、その周りに放置されていた“妙な匂いを放つ香”。


 あれは“自白剤”か“媚薬”か。

 どのような方法で聞き出そうとしているのか。あまりに下衆な表情を浮かべるディグラを前についにリィンは震え始める。


「んじゃ俺は帰らせてもらうぜ。今後とも御贔屓に」

「おう、ありがとよ」

 アタッシュケースを閉じ、フリーゼは出口へと向かっていく。









「……“次があればいいがな”」


 ディグラは呟く。


「やれ」


 ハンドサイン。それに見張り兵二人はすぐに反応。





 “マシンガンの銃口が向けられる”。

 大金を前に浮かれている男に。ドアノブに触れ、間抜けに背中をさらしたままのフリーゼへと確かな殺意を向けている。


「……ッ! なにをッ、」


 このままでは“撃たれる”。それを悟ったリィンは声を上げようとする。


 だが、その瞬間。

 残酷にも銃はその一室で乱射された。

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