零陸「ロケットボーイ(後編)」
リィンは今の立場を忘れている。
我を失い、少女らしくはない鬼の形相を浮かべ立ち上がる。両手の自由が利かない事など些細な事。そう言わんばかりに体を振り回し、青年に向かって体当たりを仕掛けようとする。
「え゛ぇ゛!? ちょい待ち!! さっきの話、聞いてのよな!? ねぇ!?」
「覚悟ッ!!」
話が通じていない。リィンの理性は完全に何処か隅へと追いやられている。今の彼女には殺意しかない……何を言おうが焼け石に水だ。
「……良い子ならッ、おとなしくしてろッ!!」
両手の自由が利かない少女相手には力を使うまでもない。
「ぐぅっ……!」
男は少女の体を片手で取り押さえ、地面に乱暴にでも叩きつけた。
「あ゛あ゛ッっ! キサマッ……ア゛ア゛ァアアアッ! 」
「暴れんなっつてんだ! 死にたくないんだろうが!」
ショックで目を覚まさせる……その狙いもある。多少顔に傷をつける事になろうと、その叫び散らす顔面を地に擦り付ける
「お前もだ!」
リィンを取り押さえながら、男は再度警告する。
「今度は本当に爆破するぞ……いいな?」
主人がこんな目に合っているのだ。ともなればボディガードである白髪の少女も黙っているはずがない。背中越しでも“殺気”を感じるほどにはマレナのその意思が伝わってくる。
「くっ!」
予想通り、マレナも動いていたようだ。男の言う事に従いながらも悔しそうに舌打ちをする。
「はぁ……はぁ……! ちくしょぉッ、」
体力の限界が近いのか、次第にリィンは大人しくなっていく。
「殺してやるッ……お前だけは絶対に殺してやルッ……!!」
だが、その顔の筋肉が緩む気配はない。もはや獣のそれにも近い鋭い瞳は真っ赤に充血し、涙を流しながら男を見上げている。
「お前……俺を誰かと勘違いしてねぇか?」
そろそろ落ち着いた頃合いであろう。そっと少女の体から手を離す。
「ほら? よく見ろ……“違うだろ?”」
この少女は男の事を“サルガッソ”と呼んだ。
その男の名を知っているのか、顔をそっと近づけながら呟く。
「リィンさま……別人です」
マレナもまた、リィンに落ち着いてもらうよう語り掛ける。
「“若すぎます”。何より”敵の国のトップ”がこんなところをウロつくはずがない」
「……」
マレナの声。そして攻撃の気配を全く見せない青年の顔。
「……そう、よね」
リィンはようやく自我を取り戻した。
「ああそうだ。俺はフリーゼ。【フリーゼ・ピースセカンド】だっての。サルガッソなんて大それたモンじゃない」
男は自身の名を名乗った。別人だということをより明確にするために。
「……しかしよく言われるのよな。サルガッソ様の若い頃に似てるだなんてサ。便利屋やめて影武者にでも立候補してみようか? 稼ぎ凄そうだよなぁ……まぁ、死んでも嫌だけど」
フリーゼの表情は“サルガッソ”という人物の若い頃に似ているのだという。おかげで一部の面々からは煙たい対応をされて困っているのだとか。
「……“便利屋”?」
リィンは“とあるワード”に耳を傾ける。
「貴方。今、便利屋って言った!?」
どこか希望を見出したかのような。そんな声の抑揚の上がり様だ。
「それってさ! 貴方はサルガッソの私兵とか、ゲリラ組織ではないってことなのよね!?」
便利屋。それをとても“異質な立ち位置”であるかのように彼女は言う。
「……おやおや。幹部の間でも有名だったりする?」
フリーゼは少しばかり愉快そうにリィンの顔を見る。
「“俺たちの存在”」
自身の正体。その立ち位置を名乗りながら。
「ねぇ、一体誰からの仕事で動いているの? 幾ら貰ってるの? クライアントの目的は? 一体何を企んで私達を殺そうだなんて考えて、」
「答えられると思うかい? 守秘義務守秘義務~」
そんなプライバシー情報、便利屋から呟けるはずがなかろう。
「……それが無理ならコレだけでもお願い!!」
リィンは飛びつくように、その身をよりフリーゼへと近づける。妙な行動をするなと言われた数秒前だというのに。
「“今、貴方がやっている仕事の報酬の倍以上の金”を払う! だからお願い!!」
それは便利屋相手にだからこそ出来る取引だ。
「私を渡り鳥の巣へ……【自由の
とある場所に連れて行ってほしい。今の仕事を放棄し、協力してほしいと懇願したのだ。
「……あぁ、すまねぇ。俺は受けた仕事は最後までしっかりとやる主義なの。人を裏切れない性格なのよ。悪いね」
多額の金を叩き込まれようが、フリーゼはその提案には乗らなかった。クライアントを裏切るつもりはない。その仕事を完遂するつもりでいると言い切った。
「なら……私の、その、か、か、体で払うから!」
躊躇いこそしたがリィンは言い切った。
「なんだってしてあげるわよ! だから!」
「アッハハハ!」
フリーゼは腹を抱えて笑い出す。
「いやいや! 自信もって売れるほど成長してる体でもないでしょ~? ちっこいし、胸も弾んでないし? お嬢ちゃん相手に好き放題するのはちょっとばかしねぇ~?」
「はぁア゛ァ゛~~~ッ!?」
まただ。また鬼の形相を浮かべながらリィンはフリーゼに飛び掛かろうとする。
「下手に出てれば図に乗りやがってェ~~~ッ!」
「おっとと! だから暴れないで頂戴!!」
リィンは涙目で吼え続けている。自身の体の成長しなさぶりの恨みつらみ、それをデリカシーもなく告げたフリーゼの怒りにもまれながら。
「甘く見ないでください。小ぶりながらリィンさまの体は脱いだら凄いんです。まだ成長過程であると思われます。誰でも虜になること間違いなしです。保障します」
「“苦しい表情”でフォローをしないでよッ! 惨めだわッ!!」
マレナもフォローを入れている。これを虚しいか苦肉と捉えるかはそれぞれ個人の意思でお任せしよう。
「きぃいいいいッ……!」
「アハハ……まぁそういうわけだ。悪いな小猫ちゃん。何をしようと俺は裏切らん」
落ち着いたところでフリーゼは合掌と同時詫びを入れ、人型兵器のコクピットへと向かう。これから移動を開始する。おとなしく乗り込むようにと無言の笑顔で脅迫していた。
「くそぉっ……この野郎、例え死んで骨になろうとも噛み殺してやる……!」
まだ恨みつらみを吐いている。歯ぎしりも何処か虚しく響いているリィンの泣き顔はあまりに情けないものだった。言い方を良くすれば、実に年相応の少女らしいというべきか。
敗北し捕まった屈辱よりも、体の事を馬鹿にされた屈辱の方が勝っているように見える。
「___まぁ、安心しなよ」
コクピットに乗り込む際、微かにフリーゼの声。
「たぶん、お嬢ちゃんのやりたいようになる……かもな」
「え……?」
“何か、都合の良い事が聞こえた気がした”。
しかしフリーゼはそっぽを向いてニヤついているだけであった。
「さてと……流石に狭いな。お嬢ちゃん達、もう少し詰められるかい?」
三人も入れば人型兵器のコクピットはぎゅうぎゅう詰めになる。役得と感じるかどうかは後にして、フリーゼはコンピュータの操作を始める。
「……どうするつもりよ。エンデルヴェスタ両国の国境は警備が固いのよ。どうやって国境門通過するつもりなの」
エンデルヴェスタ……“二つの国”は巨大な壁で覆われている。
「何ってそりゃぁ」
___瞬間。
「“国境なんて飛び越えるに決まってるじゃん”?」
コクピット内の一同の体がふわりと飛び上がる。
___ジェットブースター。
人型兵器の体が天空に浮いているのが、前方のモニターで確認できる。
「えぇええええええッ!?」
まるでロケットのように。
「口開けるな~、舌噛んでちぎれちゃうぞ~?」
星輝く夜空のかなた。流れ星のように一体の人型兵器が“エンデルヴェスタの片割れ”に向け一直線に飛んで行った。
そう目的地は___
純潔領域と対になる存在。エンデルヴェスタの北方。
名を……【
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