0伍「ロケットボーイ(前編)」
「……ぷはぁ! 生き心地ィッ!」
あれから数分。謎の男はまだ純潔領域内にいた。
街の風景とは打って変わり今はあたり平原地帯。街並みから離れた川の水は透き通るように綺麗だった。
「さっきから臭くてたまんなかったんだ。しっかし……くぅう、髪の毛やっぱり焦げ付いてやがる……美容院代がかかるぅ……」
男は嘆きながらも手持ちの鏡を何度もチェックし、顔のススを洗い落としている。悪役レスラーのマスクのように真っ黒なままでは気になって仕方ない。
これから“仕事を依頼したクライアント”に会うのだ。身だしなみくらいは最低限清潔にしていなくては。
「……油断した」
男から少し離れた地点にある人型兵器。膝を着けて待機している兵器の真下には体をロープで巻き付かれた二人の少女の姿がある。リィンとマレナだ。
「申し訳ありませんリィンさま……まさか本当に止められるとは」
不意打ちで簡単に敗れた男だ。人型兵器の援護に頼っていたことも考えて戦闘力はさほど高くないと踏んでいたが、それは大誤算であった。
とんだ計算違いをしてしまったことをマレナは謝罪する。
「……このロープ、ほどけるかしら?」
手首も頑丈に締められているが武器を全部を取り上げられているわけではない。手先が器用なマレナに頼れば、指先だけでナイフを操りロープを切れる。脱出は出来るかもしれないとリィンは提案する。
「このまま連れていかれるのはごめんよ」
「やってみます」
マレナもリィンの指示に従い、ローブの下に隠されてあるナイフを取り出そうと二人でひっそり動き出す。
「……子猫ちゃん。余計なことをするんじゃねぇぞ?」
顔を洗いながら。振り向くこともせずに男が警告する。
「捕まえた際に“首輪”をつけたの、覚えているか?」
二人の体に取り付けられたのはロープだけじゃない。
飼い猫には必要なモノとして、二人の首に取り付けられた“謎の首輪”。男は自身の首を人差し指で数度突いている。
「それは“爆弾”。妙な真似をした途端爆破する。首なんかピョーンと吹っ飛ぶぜ?」
少女の華奢な体。細身の首なんてあっという間にちぎれてしまうだろう。
「……ちっ」「くっ」
二人とも警告を聞いておとなしくなる。
ここで死ぬわけにはいかない。リィンには目的があり、マレナにも主人を守る使命がある。あの男が近くにいる限り迂闊な行動などとれやしない。
爆破装置らしきものが彼の周辺には見当たらない。ハッタリかもしれないが、確証もないこの状況。チャンスを待つしかない。
「あの男……あの足」
マレナは数分前の出来事を思い出す。
「やつも私と同じ……
人型兵器を片足で吹っ飛ばした事。一回のジャンプが常人と比べ物にならないレベルの跳躍力。
それだけじゃない。あれだけの炎の中、軽いやけど程度で済んでいる体の丈夫さ。あの男、ただ者ではない。
(くそっ……)
マレナが男を警戒しているのをよそに、リィンは男を睨み続けている。
(こんなところで、終わるわけにはいかないのよ……っ)
男はどのような命令で動いているのかは分からない。
暗殺だとは言っていたが、出来る限りはその身柄を引き渡す流れにしたいとも口にしていた。その身を娼館に売りつけるなど考えているのか。
(お母様)
リィンは歯をかみしめる。
(お父様……っ!)
両親の名を心の中で叫び、歯をかみしめる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
___そうだ、死ぬわけにはいかない。
___こんなところで、終わるわけにはいかないのだ。
「そうだ。世界を変えるのはあの女じゃない。俺だ」
___焼け朽ちていく館。
___黒く塵となっていく赤い絨毯。
___鉄くずと成り果てるシャンデリア。
「だからこそ、お前達の力を借りたいのだ……」
___炎に飲み込まれていく肖像画、そして
「分かるだろう?」
___“殺された二人の男女。
___そして、その遺体の前で嘲笑う“神を名乗る【青年】”。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(私はっ……必ずっ……!)
忘れるはずがない。忘れてなるものか。
両親。青年。少女にとっては全ての始まりとなった“悪夢の日”。
「ふぅ、スッキリした! んじゃ出発しますか……待たせて悪かったねぇ」
今でも、リィンはその“男の顔”を覚えている。
その男の顔こそが、リィンが生きる理由であり……国を裏切ってでも、戦いに身を投じようとした理由。
「……ッ!!」
【復讐】だ。
リィンの戦う理由は___その男の顔。
一生忘れるはずもない“殺すべき男”の姿。
『「子猫ちゃん。」』
その忌まわしき青年の顔が今……。
ススを落とし素顔をさらした___“茶髪の男の顔と重なった”。
「___サルガッソォオ゛オ゛ッっ!!」
リィンは咆哮した。
オオカミのように牙をむき……男へと飛び掛かったのだ。
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