零ⅲ「エスケープ・ダッシュ」


 青年は情けない叫びをあげたまま館の壁を貫き、屋根裏部屋の中へと放り込まれてしまった。

 あの中には使われていない木製のテーブルや棚。他にも古ぼけた布記事など大量にあったはず。あの中は一種のピザ窯のような地獄となっているだろう。


「……っ?」


 あの男は何者だったのか。

 なぜ、特別製のナイフを使ったのに片足を斬りおとせなかったのか。


 結果として奇襲者であると思われる“男”の排除には成功したのだが、おもがけない事態が起こりすぎて、体に理解が追い付いていないままでいた。



「マレナ! 何をしているの!?」

 剣を振るい、マレナの元へ駆けつけるリィン。


「ここで何があったのよ!?」

「な、何か分からない奴が、何もわからぬまま飛ばされて行きました」

「……何が何なのか分からない返答ね」


 実際その通りなのだから仕方ない。どのような返答をすべきかとマレナは頭を悩ませていた。


「まぁいいわ! あのデカブツをどうにかする!」

「……はいっ!!」

 目が覚めたのかナイフを構え、リィンに並びマレナも走り出す。


「私の命を狙いに来たのか知らないけど真っ先に狙ったという事は……私が一番倒しやすいと思ったのよね!? 失礼すぎて頭にくるんだけどッ!」

 琥珀色の剣は光を放ったままだ。紅蓮の炎よりもより強く、まばゆい光を放ち続けている。


「しかも【異端者】に頼らず、こんなガラクタだけで挑んできちゃってさ!」

 弾丸と炎の嵐の中。その攻撃網を掻い潜り、重火器を構える人型兵器へとリィンは突っ込んでいく。

「デリカシーの欠如よ、こんなもんッ!!」

 鋼。鉄の塊に対し、リィンは刃を振り払う。

 剣は鉄をも裂くとは言われているが、これだけの鋼鉄を前にはさすがに意味がない。誰しもがそう思うであろう。


「おととい来やがれっての……ッ!!」


 だが、この少女と、その剣は違う。

 

 __“新世界”で育った男女は皆、特別な力を保持している。


 光放つ剣は炎のように熱く、鋭い。

 数千、数万。いや、もはや数字で捉えるには相当な温度を宿しているというべきか。


『_____……』


 琥珀の剣はいとも容易く、鋼鉄の塊を切り裂いてしまった。

 真っ二つに斬りおとされる巨体。エンジン、動力炉諸共引き裂かれた鋼鉄の巨人は力なく地に倒れ、爆破とともに鉄の破片をあたりに撒き散らした。


「……私も続くっ」

 マレナも近くにいる人型兵器に接近し、懐に潜り込む。

「野垂れ死ねッ!!」

 微かに見える関節部分のコードにナイフを入れる。

 ハヤブサのように高速に。目に見えぬスピードで巨人の急所に張り付いては、致命打を少しずつ与え、行動を制限させていく。


「リィンさまに銃を向ける奴は全て排除してやるッ!!」


 そして、次第に巨体は動きを停止させていく。


「獣はこうも度し難い」

 歌摺もまた、人型兵器へと寄っていく。

 走り出すことはしない。ただ歩くだけ。重火器による攻撃も首をひねるか、軽く場所を変えるだけで回避。まるで人形のような無機質な動きで人型兵器へと寄っていく。


「そして、そんな獣に操られた人形ほど」

 人型兵器の股下を、歌摺は通り過ぎる。


「仕留めやすい。命ですらないからね」


 ___まるで立体パズルのようにバラバラになる。

 ___断面もクッキリと見える無残な姿。電撃を放ち、次第に起動を停止。


 何をされたのか。人型兵器は認識することなど出来やしない。

 バラバラにされた兵器は反撃をすることはおろか、自爆すらも出来ずに解体されてしまった。


『_______!!』


 瞬間、戦況が覆る。


「……ふふっ」

 不利を悟ったのか、遠く離れた地点にいた人型兵器の一体だけが現場から離脱しているのが見えた。間抜けな背中である。

「せいぜい生き恥を晒してくるがいい」

だが歌摺はそれを追いかけはしない。というよりも、今追いかけたところで追いつけない。


見た感じ、主人の命令で一直線に戻っているというべきか。意思のない人形の間抜けな負け戦。歌摺はそんな人形の姿を嘲笑わずにはいられなかった。


「邪魔も消えた。あとは……あれ?」


 本来の仕事。反乱分子であるリィンの排除へと再び取り掛かろうとするも。




 ___すでにリィンはその場にいない。部下のマレナもだ。


 あたりを見渡すが、燃え盛る炎が強まる一方の館しか目に入らない。バラバラになった人型兵器と、それにやられた部下の亡骸がチラつくくらいか。


「歌摺様、まずは火を止めなくては。このままでは外にも火が」

「それもそう、だね」


 周りに引火すれば一瞬にしてこの場一体が火の海になりかねない。部下の数名は既に鎮火行動に移っているようである。歌摺もまた、部下たちとともに鎮火へと取り掛かろうとしていた。


「……無人機。だが、人が乗れたな?」


 バラバラになった人型兵器を確認する。

 コックピットらしきものがある。中には誰も乗っていない。オートマニュアルか何かで動いていたようだ。このコックピットは最終調整を手動で行うためのものだろうか。


「やれやれ……笑ってる場合じゃなかった」


 歌摺は理解していた。

 その場にいないリィンがどのようにして、その場から逃げ去って行ったのかを。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 リィンの館から遠く離れた移住句を、一体の人型兵器が傷だらけのまま走っている。


「……このまま、安全な場所まで逃げましょう」

 コックピット。調整室には二人の人影が。

「思いがけぬ形で助け舟となりましたね。これ」

 黒いローブを再度羽織ったマレナ。その横にはリィン。


 マレナはコンピュータを弄繰り回し、この人型兵器のコントロールを得ているようだった。タクシー代わりに利用し最大加速で館から離脱していたのだ。


「感謝こそしないけど助かったわ。いきなり現れた馬鹿には」

 あの襲撃のいざこざのおかげで現場から離脱できた。どこの誰かは知らないが、利用できる状況を作ってくれたことには礼を言っておく。


「……うっくっ」

 リィンは頭を抱える。

「大丈夫ですか」

「……ごめん。煙を吸い過ぎただけ」

 マレナの心配に対し、リィンは剣に触れながら返答した。


「目的地は“例の場所”でいいのですよね」

「こうなってしまった以上、ここに私達の居場所はない。目指すは……例の場所」


 純潔領域に最早居場所はなし。


「『自由の叶界』」


しかし二人は座標を設定する。


「何処にあるかは分からない。でもそこにさえ辿り着けば、きっと力の貯えようは」

『どこに向かうだって?』


 ___コックピット内に声が響く。


『悪いが借りものなんだ。返しておくれよ、お嬢ちゃん達』


 コンピュータから目を離し、前方のモニターに視線が行く。


「「……ッ!!」」


 映像に映ったのは街の風景なんかではない。

 焦げススまみれで顔が真っ暗な間抜け面が、画面いっぱいに広がっていた。

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