君の心臓を読みたい

水原麻以

君の心臓を読みたい

きっかけは単純だった。

今から二年前の高校入学、座席がたまたま近かった彼女が、真央の机を覗き込んだのが始まりだった。

オタクが教室で人に見られたくないものを読むときの常套手段である、ブックカバー。

結局のところ中身を意味のないことなのだ。

『え……あっ!

声をかけられ、思わず手に持っていた「文学少女と月花を孕く水妖」をカバンの中にぶち込んだ。

その拍子にフックから外れたカバンから数冊のライトノベルが床に散らばってしまった。

それらにはブックカバーがされておらずそれぞれ表紙がむき出しの状態になっておりより一層慌てた真央は周りから見られないように体で覆い被さりながら本を隠す。

 

インキャ、オタクと呼ばれる人種は自身の趣味や収集、それらに対して労を執る人物ではあるがそれ以上にそれらの趣味に対して自信が持てない人種でもある。

入学一番でオタクと見られた暁には、これからの高校生活三年間を暗く過ごすことになるかもしれない。

 

そんな一抹の不安が、彼女を行動させたのだ。

真央に声をかけた少女はこぼれ出たラノベの表紙を見たあと。

その目を怯えた表情をした真央に向けた。

『ねぇ、これ。

有名なやつでしょ?

 私、名前だけ知ってるんだけど内容よく知らないんだよねぇ〜』

『……SAO?

『え?

 エス?

 エー?

『……あ、ソードアートオンライン……です。

よね?

『ウンウン。

もしかして、全巻持ってたりする系?

『……一応……最新刊までなら……全部……』

『ねぇ、今度貸してよっ!

』  

これが、全てのきっかけだった。

少女の名は葉山 忍といい、その後持ってきたソードアートオンライン全27巻をあっという間に読破してしまった。

共通の話題で理解を深め、議論であったり推しについて話をする頃には互いのことにはある程度打ち解けていた。

『ねぇ、他に面白いものってないの?

 西尾維新さんとか読んで見たいなぁ〜』

『……吸血鬼の幼女が君と同じ名前だけど……ちょっと待って……』  

学校の教室の端で二人。

昼食の時間は、二人の意見交換の時間であり本の貸し出しの時間でもあった。

一年制も終わるとき、真央は一つの決意を胸にして忍に一冊の本を手渡した。

『……これ……』

『ん?

 なんか見たことない表紙。

作者は……魔王?

 すっごい名前』

『忍……これ、



私のお気に入り』

『ん。

この人、いい人よ。

いいわ。……見せてね』

『うん。

それから、これも渡しておくね。

これも私のもの。

絶対に私だけでも読むし。

私は人と本が好き』

忍の言葉に、真央は少しだけホッとした表情を見せた。

そんな彼女を見て、忍は少しだけ困ったような表情を見せる。

『…………え、えっと、その。

あ、ああ、うん。

ありがと。

はい。

そうだよね。

うん。

それで、私も読もうかなぁ〜とか思ったりもするけどね??……………あ、そうだ、そう言えば。

この本ってどっかで見たことある、よね?

もしや、これって……』

『……うん。

確かに。

そう、だったっけ?

ごめんなさい』

『ううん。

私は、これが嫌い。

なんでだろ……??』

『私もそれが気になった……。

でも、それならそれでいいよ。

あ、ごめん。

気を遣わせたならゴメンゴメン。』

『気にしないでください。

私は本が好きなの。

本は、好きな人だけが読むものなんですよね?

なら、私に読めないことがあるって思うともっと不安になったり、気になったりして。

私の小説も読んでもらえないのは……』

忍はそう小さく言って、真央へと視線を移す。

『んー。

でも、貴方の場合は本が好きなのも合ってると思うよ。

貴方の『心を閉ざしている(・・・・・・・・・・)』って表現はぴったりだよ。

まぁ、人にはそれぞれ『心の壁』っていうものがあるんだけどね。

私とあなたはあなたと私でもあるからね。

……だから、何が言いたいかの答えは、これだよ。』

真っ直ぐで、強い口調。

その言葉は、少女に届いているのかいないのか。

少女は首を振る事しかできずに、黙ってその視線を受け止めた。

『じゃあさ、次の質問に入る前にその本、私と一緒に読もうよ、貴方に読んでもらうよ』

そう、忍は真央に問うた。

『うん、いいよ。

でも、何が何だかさっぱり分かんない。

どうしたらいいか、何が言いたいか、わかんない。』

そう思いながら首を傾げる少女に、優しい眼差しを向ける。

そこには、何の感情も感じられない。

忍は、真央の心を写したかのような瞳だ。

『……これが貴方の『心』を写した瞳だよ』

それから、忍は真央の瞳から視線を外して、彼女の本を見る。

『貴方が好きな本なんだね、私の、初蔵』

『うん、そだよ。

あの、えーっと、この本のページ、開いてもいい?』

『大丈夫よ。

貴方の本を読むことが、本当の私の使命だから』

それは、言うべきことすら言えないような、曖昧で分かりにくい返事だった。

だが、少女はそこで目を見開いて驚いた。

『そ、そんな……こんなに綺麗な色の瞳を持ってる人が言うことじゃないよ……!

そんな、貴方がそんな大きな目で世界の本を読んでるなんて……!』

『んー、まぁ……私の心は私だけのものだし』

『違うよ、違う!』

『いいや、違うね。

それじゃあ、貴方の本に『心』を写した『瞳』を置いていい?』

『うん!

うんっ!

この本を開きながら、貴方が『心』を写した瞳を開きながら読むんだ🟥

貴方の本が『心』を写した瞳になったよッ!!』

少女の本はページが縦に真ん中のスペースを開いている。

それは『瞳』の中に入っている『心』を写した『瞳』。

少女が本を開くのは――

「……何だかんだ言っても、貴方は可愛いからね」

この頃から『お姉さん』――と『いもうと』の関係だったけど――

『『心』を写した瞳を見て、『心』の読み方を教えて』

どくん!

心拍数があがる。

『うん』

どくん!どくん!

『『心』で書かれた部分が写ってる部分は自分の心が読んでくれるのは何となくわかったよ?だから今度は私の本当の『きもち』でよんでいい?』

どくんどくん!どきどき!!

『うん』

どくんどくん!どきどき!!

『あのね。心と書いて、だー…』

二人の距離は限りなく近づき、そして唇が肌に伝えた。


この作品は西木草成さんご本人による自主企画『誰か続きを書いてください』https://kakuyomu.jp/user_events/16816452220723727542の参加作品です。以下の作品の続きを書かさせていただきました。


https://kakuyomu.jp/shared_drafts/i96pHeqb7ALjww6tp6zHrl6kCV4EqXNe

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君の心臓を読みたい 水原麻以 @maimizuhara

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