13

 マナの素性についての話が一段落し、話題はアカネを店から連れ出すための計画に移った。


 机の上には手のひらに収まるサイズのロボットが置かれている。愛らしいフクロウのような形だ。これを晴香が操作して店内に潜入するらしい。


「──出入り口は花道通り側の表玄関と、裏通り側の通用口の二つだけ。表玄関はお客さんが出入りするところで、ロビーに繋がってる。通用口があるのは事務室」


 マナが間取りの描かれた紙を指差しながら説明し、晴香がそれにメモを追記していく。


「ふむふむ。鍵は? 生体認証?」


「どっちも電子錠は使ってなかったと思う。普通の、鍵を差して回すやつ。内側からの解錠と施錠はつまみで。夜中の十二時から朝の六時までの営業時間外は全部の出入り口に鍵がかかってる。営業時間中も、基本的に通用口の鍵は閉めっぱなし」


「りょーかい。hIEとカメラは?」


「hIEの従業員は三人。一人はロビーで受け付けをしてて、あとの二人は部屋の掃除とか色々な雑用。カメラは……ロビーに入って右側の天井に一つ。それ以外は……ごめん、意識したことないから分かんない」


「わかった、とりあえずここに一個ね」晴香が間取り図にカメラの位置を書き込む。「ごまかすのがムズいな。デカい客と一緒に入るか」


「一度中に入れば、ロビーには四足の椅子が並べておいてあるからそこに隠れられると思う」マナが間取り図に椅子の位置を書き足す。


「渡りに船ね。人間の従業員は、基本的に〝おじさん〟が一人?」


「うん。でも金土の夕方から夜にかけては、別の社員と二人体制のことがあるから避けたほうがいいかも」


「わかった。アカネちゃんが待機部屋にいる時間を狙いたいな。一番客が少ないのはいつ?」


「うーん……多分だけど、木曜の昼間かな」


「明後日か……よし、なんとかなりそう」


 息が合ったテンポの良い会話のラリーが続く。まるで心地よい音楽を聴いているかのようだ。二人の性格は正反対に見えるのに、意外と相性がいいのか。

 そんなことを考えていると、晴香が計画の仕上げに入った。


「このフクロウで表玄関から入って、hIEの様子を見ながら事務室に移動。ネットワーク機器に一通り細工をしたあと、待機部屋へ移動してフクロウ経由でマナがアカネちゃんに事情を説明。そこまで済んだら、ロビーと客室及び客室前の廊下の電源を落として店内を混乱させる。事務室から従業員がいなくなったことが確認できたら、アカネちゃんをスタンドアローンにして裏口から脱出するように促す。こんなとこかな」


 マナは話しにくそうに少し沈黙した後、躊躇ためらいがちに口を開いた。


「ごめん、晴香ちゃん……多分それ無理」


「ん、どうして?」


「アカネちゃん、まだ右膝の関節が壊れたままで上手く歩けないの……。一人で走って逃げるのは無理」


「……うーん」晴香は少し考えるように視線を上へ移す。「なるほど。誰かが中に入ってアカネちゃんをサポートしないといけないってことか」


 ここでようやく、二人の会話が途切れた。


「僕がやる。アカネちゃんを背負って逃げるよ」


 いつまでも晴香に頼ってばかりでは居心地が悪い。それにこの状況では、自分がその役割をやるほか無いだろう──そう思っての発言だったが、晴香が難色を示した。


「は? 何言ってんの? 危なすぎるわよ。そのへんのオッサンに金掴ませて手伝ってもらえばいいじゃない。客として入れる奴に頼めば話が早いわ」

「それこそ悪手だよ。協力者が本当に信頼できる人か判断するのが難しいし、マナのことはまだあまり口外していい段階じゃない」


 それらしい理由はすらすらと口を突いて出てくる。一方で、凪にはそのどれもが自分の本心では無い気がしていた。

 自問する──どうしてマナを助けたいと思うのだろう?

 地下で彼女と話していたときは分からなかった。でも今は分かる。彼女の存在が、自分の過去にまつわる根深い問題と繋がっているからだ。

 だから、蚊帳の外にしてほしくない。


「……それに、最初にマナを助けたいって言ったのは僕だから、これは僕の問題でもある。だから協力させてよ」


 ようやく、不器用ながらも本心を言葉にできた気がする。


「……あの」マナがおずおずと言う。「私、凪くんには危ない目に遭ってほしくない。アカネちゃんを連れて逃げる役は私が……」


「「やらせるわけないでしょ」」凪と晴香の声が重なる。


 晴香は頭痛を堪えるように頭を抑えて大きな溜め息をついた。


「……凪、あんたのそういう物怖じしないところは好きだけど……」少し呆れたような声。


「でも実際問題、信頼できる協力者なんて見つからないよね。あてにできるとしたら星野とかだろうけど、今回あいつはこの問題に関係ない。危険なことに巻き込む理由がない」


「……わかった。あんたも手伝って。裏口の鍵はフクロウで開けられるからそこから中に入ってもらう」


 晴香はそう言いつつも困り顔のままだ。


「でもなぁ……あんた目立つから、シンプルにこういう役向いてないと思うのよね」


「顔が人の印象に残りやすいからってこと? 昨日みたいにマスクすればいいんじゃ」


「自分では意識してないだろうけど、あんたは立ち姿や歩き方に結構特徴があるのよ。悪い意味じゃなくてね。バレエかなんかやってた?」


「いや、ああでも昔剣道やってたからそれかも」


「それかな。まあそういうわけで、あんたの所作はかなり印象に残るから、顔を隠すだけだと変装として不十分。何かもう一つ、変装した姿と本人が絶対に結びつかないような工夫をしないと……」


「そんなこと言われてもな……人通りの少ない道を使うとかしかできない気がする」


 晴香は少し考えて、とんでもないことを口にした。


「よし、あんた、女装しよう」


     *


「うわっ、あたしより可愛い。普通にムカつくわ」


「こんなんで捕まったら流石に恥ずかしすぎるって!」姿見の前で、晴香のワンピースとエクステを身に着けた凪が言う。


「大丈夫! 凪くんめちゃくちゃ似合ってるから!」マナはなぜか今日で一番元気だ。


「まあもともと危ない橋なんだし、それぐらいの緊張感持ってやったほうがいいっしょ」晴香は明らかに楽しんでいる。「ミスったら刑事のお父さんのご厄介になるなんてこともあるかもね。その姿で」


「マジで洒落にならないね。気が引き締まるよ」リアルな想像が頭の中で膨らむ。


「本気の化粧も試したいところだけどどうせマスクするしな。とりあえずあんたのポテンシャルが確かなことは確認できたから一旦ここまでにするか。おっぱいだけポチっとくわ」


 晴香は机に向かい、通販でシリコンバストを物色しはじめた。その背中を見て全てを諦め、覚悟を決めて計画を頭の中で反芻する。


「ねぇ」晴香の背中に話しかける。「ちょっと気になったんだけど、このフクロウを花道通りの表玄関から潜入させるんだよね。あそこいつも人通りあるけど、どうやってバレずにフクロウを店まで運ぶの?」

「それなぁ。店の前まで行けば看板が死角になるから、そこまで誰かに運んでもらうのが理想だけど……」

「僕が運ぼうか?」

「いや、あんたが店の周辺にいたって形跡を残したくないわ。可能な限りカメラや人、hIEを避けつつ裏口から入って、アカネちゃんを連れ出すのがあんたの役割」

「うーん、でもじゃあどうするの」

「星野に頼もう。ホストっぽいからあの辺歩いてても違和感ないし適役よ」

「ええ……危ないことに巻き込むのはちょっとな」

「単にフクロウを忍ばせてあの道を歩いてもらうだけなんだし危なくないわよ。っていうか、どうせ星野のことだし、今頃野次馬根性丸出しであの辺ウロウロしてるでしょ」

「それは……想像できるな……」

「今回の騒ぎの真相はあいつも知りたいはず。それをエサにすれば喜んで手伝ってくれるわよ」


     *


 翌日の昼休み、凪と晴香は星野を校舎裏に呼び出した。


「よう凪。今日は姫も一緒か。わざわざこんなところに呼び出して何? あっちいよ」


 校舎裏は日陰になっていたが、真夏日の気温では過ごしにくいことに変わりない。


「悪いけど、人やhIEがうろついてない手近な場所がここしかなかったの。あとその呼び方やめて」晴香は姫呼びを許していない。


「人に聞かれちゃまずい話ってこと?」星野が気だるそうに聞く。


「一昨日の花道通りの騒ぎ絡みで、星野にちょっとお願いしたいことがあるんだ」凪が答える。


「……えっ」だるそうにしていた星野の目が輝き出す。「なに? もしかしてアレお前らがやったの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……ただ、僕らはあの騒ぎの真相を知ってる」


「それを教える代わりに、一つ頼まれてほしいことがあるの」晴香が言う。


「ほぉ。何すりゃいいの?」


「明日の昼休みに、適当な私服に着替えてこのフクロウを例の店の前まで運んでほしい」晴香が星野にフクロウを差し出す。「花道通りを通り抜けつつ、誰にも気づかれないように」


 星野は晴香からフクロウを受け取り、その目をまじまじと眺める。


「……これであの店に潜入してなんかすんの?」

「察しがいいわね」

「なんだそれ! 俺も混ざりてー」

「やる?」

「そりゃやるっしょ」


 晴香と星野が拳を合わせる。この二人はノリが似ているところがある。


「こっから先の話は絶対に誰にも聞かれたくないから、続きはあたしの家で。一昨日の騒ぎのことと、明日あたしたちがやることを話すわ。六限が終わったらまたここに集合ね」

「オッケー。じゃあまたな!」星野はご機嫌な様子で校舎の中に戻っていった。


 もうすぐ昼休みが終わる。

 凪が教室に戻ろうと歩き出したとき、晴香が凪の左手を掴んだ。


「何?」

「あんたはあたしと一緒にサボって。二人で話したいことがあるから」

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