5

 凪は一度マナと別れ、晴香と連絡を取るために再び地上を目指した。


 真っ暗な地下街を、携帯端末の小さな明かりだけを頼りに探索する。目につく扉を手当たり次第に確認するが、どれも施錠されている。建物の地下階を経由して地上に出ることはできそうにない。諦めて廃駅の出入り口をあたるが、こちらもシャッターが降りている所ばかりで通行できない。


 虱潰しに歩き回り、ようやく通り抜けられそうな地上出口を見つけた。


 破壊されたシャッター。中央にエンジンカッターで切り取られたような大穴が開き、地下へ僅かな月光を注いでいる。腰の高さほどのバリケードが置かれていたが、手で楽に動かすことができた。周囲を確認し、一度外に出る。


 数時間ぶりの地上の空気。

 廃ビルの立ち並ぶ街灯のない道で、月と星だけがやけに明るく目立っている。


 凪は出入り口の壁に寄りかかり、ライト代わりにしていた携帯端末を操作して晴香と連絡を取った。


     *


 凪は晴香にこれまで起きた出来事のあらましを伝え、マナの保護に協力してほしいと頼んだ。しかし、断固とした態度で拒否されてしまった。


〈絶対イヤ! キナ臭すぎるわ!〉


 通話越しの晴香の音声はクリアだ。マイクの品質がいいのだろう。高音質で届けられるその声色は取り付く島もないほどきっぱりとした拒絶だ。


「いやほんと全くその通りなんだけど、だからってあの子をほっとけないよ」


〈ほっとけないって何? その子ロボットなんでしょ? 機械に同情するなんてあんたちょっと大丈夫?〉晴香がバカを適当にあしらうような呆れ声で言う。


「だからそこもよく分からないんだって。行動管理クラウドの制御が届かない地下の廃棄区画でも動いてたし……」


〈hIEじゃないなら、その子が自律機だってだけでしょ。そりゃあ今そのへん歩いてるヒューマノイドは他律制御のhIEばっかりだけど、コスパの問題でそれがスタンダードなだけで、今だって自律機の利用が無いわけじゃない〉


「その話はさっきも聞いたよ。でも晴香さっき自分で『普通のhIEで十分カバーできる仕事を、わざわざ高価で、公的な場所で動かすには法的な制限も多い自律機にさせてるのは違和感がある』って言ったじゃん」


〈ロリコン風俗の都合なんて知るか! どうせ違法なことをさせる用事があるから、クラウドに動作の証跡が残らない自律機の方が都合がいいってだけでしょ。追っ手が機体の回収に異常に執着するのも、その子が法的な基準をクリアしてない機体だから。逃げた機体が警察に回収されたら手が後ろに回るからね〉


 あくまでマナが機械であるという認識を譲らないつもりのようだ。口調も段々雑になってきた。会話が面倒臭くなってきているのだろう。


「あの子は人間だよ。もし仮に自律機だとしても、働きたくなくて脱走するロボットなんて意味分かんなくない? それになんというか……上手く言えないけど、機械にしては立ち振る舞いも受け答えも人間臭すぎるんだよ」


〈色々言いたいことはあるけど……〉晴香は心底呆れた様子だ。〈ちょっと落ち着いて聞いてね。一回深呼吸して〉


 バカにされたように感じる一方で、熱くなりすぎているという自覚はあった。大人しく指示に従い深呼吸する。


〈……いい? 仮にその子が人間だったとして──その場合警察に保護してもらうのが一番いいわ。もしその子が何らかの犯罪に関与しているのを隠していたら、あたし達は知らず知らずのうちにそれを幇助することになるのよ? 人助けだとしてもこれ以上踏み込むのはやりすぎ〉


 口を挟みたくなる気持ちを一度飲み込み、話し終わるのを待つ。


〈逆にその子がロボットだったとして──この場合、機体は風俗店の所有物だよね? 盗難防止用の機能を壊して家に持って帰っちゃったら、それは泥棒と変わらない〉


 晴香の言うことはもっともだ。悔しいが……。


〈……言いたいことは伝わったよね。その子が人間であるかどうかに関わらず、あたし達がやるべきことは変わらないの。警察に引き渡しましょう〉


 彼女の主張も、自分が不合理な頼みをしていることも理解できる。ただ、自分の気持ちが常に合理性に従うわけではない。

 普段なら、論破モードになった晴香を説得するのは無謀だと早々に折れているところだ。でも、今回は退けない。


「前提として、僕は彼女が人間だと信じてる。その上で、通報はしないって約束した」


 晴香は黙って話を聞いている。


「僕も彼女が喋ってることは無茶苦茶すぎると思う。でも、仮に嘘をついているとしても、僕は今の怯えている彼女をそのまま警察に連れていきたくない。引き渡すにしても、もう少し落ち着いて話を訊いてからにしたいんだ」


 少しの沈黙。晴香はこちらがゆっくり話すと、言葉を被せないよう気を遣ってくれる。


〈その子がただの機械だったら、あんたもあたしもバカみたいじゃない〉


「晴香なら彼女の頭の中に入ってるものを解析して人間か機械か判別できるよね。それでもし機械だったら僕も諦めるよ」


〈今日は随分食い下がるわね〉


「危険なことをお願いしてるのは認識しているし、申し訳ないとも思ってる。……でもこんなこと頼めるのは……晴香しかいないんだよ」


〈……〉


 彼女は少し黙った後、小さな声で呟いた。


〈……ほんと、ズルいな〉

「え?」

〈ま、あんたに頼りにされるのは悪い気はしないわ。協力してあげる〉

「ありがとう! たすかる! よかった……」

〈その子の頭の中にシリコンの脳味噌が入ってたら即通報するからね〉

「それでいい。ありがとう」

〈じゃあ今から準備してそっちに行くから。十五分ぐらいで着くと思う。またね〉


 ブツリと通話が切れる。


 根負けしてくれて助かった──凪は小さく吐息を漏らす。

 面倒くさがりな彼女はある程度粘れば協力してくれると分かっていた。悪いとは思いながらも、これまで何度かこんなふうに助けを求めたことがあったからだ。


 凪は携帯端末をポケットに入れようとして、服や手のひらが埃まみれになっていることに気づいた。

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