最強の魔王、望まぬ未来に転生ス

春晴暖

第1話 魔王再誕!

「はぁ〜……最悪の人生だった……」


 廃棄された古城の最奥。玉座の間にて、膝を抱えて孤独に苦しむ俺の名前はザレオス。

 その名を知らぬ者はこの世に誰もいない世界最強の魔王――なんて勝手に呼ばれているみたいだが、勘違いも甚だしい。いい迷惑だ。


 あっ、でも孤独って分野に関しては俺の右に出る奴はいないだろうし、ある意味では『孤独の王』とも言えなくはないかもしれない。ああ……虚しくなってきたからこんな話はやめておこう。


 そもそもの話、魔王ってなんだ?

 悪魔の王、魔族の王、或いは魔物の王……。パッと思いつく限りではこんなところだろう。

 ちなみに俺はそのどれにも当てはまってはいない。少なくともそう自負している。

 ってか、悪魔なんて存在はこの世界にはいない。もちろん、魔族もだ。魔物はいるけど、所詮奴らは知恵なき害獣に過ぎない。


 では何故俺が魔王なんて仰々しい渾名? で呼ばれているのかと言うと、原因は膨大過ぎる魔力量にあった。それに加え、今思えば天才的な魔法の才能もあったようだ。

 幼少期から俺の魔力量は常人の域を超えていた。生まれながらにして、その魔力量は成人男性の十倍。五歳になった頃には比較するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの魔力量を誇っていたのだ。


 よって魔力の王――略して魔王。

 そんな感じで俺は魔王になってしまったのである。


 魔力を体内に留める術を知らなかった幼き頃の俺は、禍々しいほど膨大な魔力を常に垂れ流し続け、両親からも、親戚からも、友人からも、国中の人々からも、世界中の人々からも、魔王と呼ばれるようになった。

 挙げ句の果てには魔物からも畏れられる存在となっていた。……意味わからん。


 それからは、ただひたすらに孤独、孤独、孤独……。

 廃棄された古城に籠り続け、魔法の研究だけを飽きることなく続けてきた。


 だが、そんな人生とはもうおさらばだ!

 俺はついに、生まれ変わりの魔法を完成させたのだ!


 その魔法を、俺は『二度目の誕生祭ハッピーバースライフ』と名付けることにした。


 俺の天才的な魔法の才能をもってすれば成功は間違いなし。

 この部屋にあった枯れた観葉植物で実験も済んでいる。

 生命と時空。この二つの魔法を組み合わせ、俺は今日この時、魔王から、ザレオスから卒業することを決心したのだ!


「さらば、ザレオス! 朽ちろ、魔王!」


 その言葉が魔法発動のトリガーだった。


 俺を基点に魔法陣が展開される。

 魔法陣は七色にその色を変え、六芒星が高速回転していく。


「おそらく生まれ変わるのは三〇〇年後くらいになるだろう……。願わくば、皆が皆、今の俺と同じくらいの魔法の才能を……いや、俺以上の強さを……」


 孤高の強者はもう嫌だ。

 次に生まれ変わった俺は平凡……否、それ以下でいい。


 身体が光の粒子となって消えていく。

 粒子は光の柱となり、古城の天井を突き破る。

 そして光の柱は天を貫き、再び粒子となって世界中に舞い落ちた――。


 ………………

 …………

 ……


「元気な男の子ですよ」


 年老いた女性のその一言で次第に意識が覚醒していく。


 身体が鉛のように重い。意識も混濁している。

 まるで永い眠りに就いていたかのような感覚だ。

 俺は一体何を……?


「おぎゃぁぁ! おぎゃぁぁ!」


 俺の意思とは反して喉が勝手に泣き声を上げてしまう。

 酸素を得るため、そして己の生誕を祝うかのように。


 意識が明瞭になったことで冷静な思考能力を獲得。前世の記憶を呼び覚まし、俺は転生に成功したことを確信する。


 ふっふっふっ……やはり俺は天才だったようだ。


 光に慣れていないせいか、未だに視界はボヤけているが、赤子の身体に宿る僅かな魔力を身体強化に回せば万事解決。元魔王であり魔法の天才でもあった俺にかかれば、これしきのことはお茶の子さいさいなのである。

 魔法により、ボヤけていた視界は晴れ、聴力も強化された。

 産声を上げる必要も最早ない。さすがは俺だ。


 さぞこの時の俺は赤子ながらに満足げな表情を浮かべていたことだろう。赤ちゃんらしさがないと言われればそれまでだが、産声を上げ続けるのは些か恥ずかしい。

 俺を産んでくれた両親には感謝するが、俺に赤ちゃんらしさを期待されては困る。


「エリーゼ! よく頑張ってくれた! 男の子だぞ! 男の子が産まれた時の名前は、えーっと……」


「全く、アナタったら……騒ぎすぎですよ。男の子だったら『レオス』。そう決めたのはアナタでしょ?」


 母親らしき若い女性の声が聞こえたが、今、何と言った?

 ザレオス? いや、そんなはずはない。そんな偶然があってたまるものか。


「ああ、そうだったな! レオスー! パパでちゅよ?」


 聞き間違えだったようだ。ひとまずは安心である。

 だが、レオスか……。元の名であるザレオスと大して変わらないではないか。


 俺の眼前で両手を振ってくる金髪の男が新たな父親のようだ。

 それにしても……赤ちゃん言葉で接せられるのは少々キツイものがある。

 このままの勢いでキスでも迫られようものなら、顔面にパンチをお見舞いしそうになるほどにキツイ。

 ――って言ってる傍から口先を尖らせ始めたぞ、おい! どうすればいい!?


 とりあえず産声を上げて抗議する。伝わるわけがないが、今の俺にはこんなことしかできなかった。


おぎゃっくるなっ!」


 上手く言葉を発せられない小さな身体が憎い。

 たった今、人生最大の危機が迫ろうとしてきているのだ。本来であれば、おぎゃおぎゃ言ってる場合ではない。まあ、人生最大とはいっても今さっき生まれたばかりなのだが。


「エドワードさん、お子さんを可愛がるのもいいですが、まずは産湯が先ですよ」


 ナイスだ! 婆さん!

 ちょっと父親がしょんぼりとした顔をしているが、大人しく諦めてくれ。婆さんの言うとおり、お風呂が先なのだ。

 産声を上げた後は産湯へ。これが一連の流れ。様式美って奴だ。たぶん……よく知らないけど。


 程よい温度のお湯を掛けられ、抗い難い眠気に誘われる。

 精神は大人。しかし肉体は赤子なのだ。どうやら生理現象には抗えないということらしい。


 俺は再び暗闇の中へ意識を沈めていった。




 目を覚ます。


 ――金持ちの……天井だ。


 ふふっ、どうやら俺は当たりを引いたようだ。

 貴族……それも下級貴族ではなく、そこそこ位の高い貴族の家なんじゃないだろうか。

 天井にぶら下がっている豪奢なシャンデリアがその何よりの証拠。赤ちゃん用の玩具モビールではないことは一目瞭然。シャンデリアとモビールを見間違えるほど俺は愚かではない。


「……んぎゃっ」


 些か硬いベッドに寝かされていたのか、身体が少し痛い。

 シャンデリアをぶら下げられるほどの金持ちなのだから、ベッドも良質でふかふかなものにして欲しいものだ。


 そんなことを心の中でぼやいていると、俺の視界に影が差してきた。

 逆光で顔の識別が難しいが、ウェーブ掛かった長髪からして、母親のエリーゼなのだろうと見当をつける。


「あら? 起きたの、レオス?」


「おっ、レオスが起きたのか! それにしても夜泣きもしないし、起きた今も全く泣かないな。手間の掛からない良い子だっ! 流石は俺の息子だな!」


 父親のエドワードまでやってきたようだ。

 生まれたばかりの赤ん坊はさぞかし可愛く映るのだろう。親馬鹿ここに極まれりといった様子だ。


 エリーゼも俺と似たような思いを抱いたのか、エドワードを窘める。


「アナタ、いくらなんでも親馬鹿が過ぎますよ。ついこの間生まれたクリークさん家の娘さんなんて、生まれたと同時に一人で立ち上がって、しかも歩き出したんですよ」


 ……おやおや? クリークさん家の娘さんは小鹿か何かかな?


 全く……母は真面目な顔をしておきながら、なかなかに面白い冗談を言うものだ。


「俺もその話は訊いたさ。確か名前はクリスちゃんだったよな? 女の子なのに歩き出すなんて、本当に凄い話だ」


 ん? 父よ、性別は関係ないんじゃないか? そもそも驚くところはそこじゃないぞ。ってかツッコミ役はこの家にはいないのか?


「クリスちゃんは将来有望でしょうね。生後二週間で言葉も理解できているようですし、近いうちにお喋りもできるようになるんじゃないかしら」


 まだその話を続けるのか。冗談も大概にしてほしいものだ。


「……紛れもなく、天才って奴だろうな」


 真剣な顔して何を馬鹿な事を。というか、天才の一言で片付けちゃってるよ、この父。ちょっと怖いわ。


 ふぅ……、ツッコミどころが多過ぎて流石に疲れてきたぞ。これ以上冗談に付き合うのはゴメンだ。


 では、そろそろ情報収集といこう。

 生まれ変わったこの世界は、果たして俺が望んだ世界になっているのだろうか。

 世界最強の名を欲しいがままにした前世の俺の力に今を生きる人々は近付けているのだろうか。

 それが気になって仕方がなかったのだ。


 というわけで、父よ、母よ、その力を見せてくれ!


 赤子の身体に宿る魔力を瞳に集中させ、俺はオリジナル魔法を発動。


 ――《解析アナライズ》!


 《解析》とは、その眼で見た者の魔力量・身体能力を独自基準で数値化し、視界に表示させる魔法である。

 平均的な数値は、赤子が一、大人が三〇程度だ。ちなみに魔王と呼ばれていた頃の俺の数値はなんと、約一万。


 父よ、母よ。一万とはいかずとも、せめて千くらいの数値であってくれ。


 俺は《解析》を発動しながら、心の中でそう願った。

 しかし――、


「こーら、レオス。《解析》なんて覗き見みたいな魔法を勝手に使ってはダメですよ? えいっ」

 

「……おぎゃ、なんだ、


 有り、得ない。俺のオリジナル魔法がこうも容易く打ち破られてしまうなんて……。おまけにデコピン付きだと? 全くもって信じられん。


 気がつけば俺はあまりの驚愕に身体を震わせていた。

 何を勘違いしたのか、母は『寒いのかしら?』なんて呑気な事を言っているが、構っていられる場合ではない。


 俺のオリジナル魔法である《解析》が知れ渡っているのはまだ理解はできる。何せ、古城に住んでいた時代に魔法の研究成果は全て書物として残していたからだ。

 しかし、《解析》を打ち破る術を発明した覚えはなかった。

 つまり、だ。俺が知らない三〇〇年の間で魔法の研究が進んだとしか考えられない。


 俺の魔法が破られたことに関しては悔しいものがあるが、俺の願いはどうやら叶えられたとみて間違いなさそうだ。


 ああ……良かった。

 この時代なら孤独な人生を歩むことはないだろう。


 歓喜に包まれた俺は柄にもなく小さなお手手を叩き、心の底から笑った。


「おぎゃっ、おぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


「……はっ? キモっ」


 父よ、息子に向かって随分と酷い言い草だな。泣いちゃうぞ?




 こうして俺の悲願は達成した……かのように思われたが、この時代は俺の想像を遥かに超えた『最悪の時代』であることを後に知ることになる。

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