高1 未来へ

「玖路山くん~~~!」

「な、何。どうした」

 バイトが終わり、遊園地の前まで迎えにきてくれていた玖路山くんに私は抱きついた。


 今日は普段やらない閉園作業までやったから、時刻は午後10時を過ぎていた。あたりには人の気配はない。お客様もほかのバイトもとっくに帰宅している時間帯だ。


 私は玖路山くんの胸におでこを押しつけた。

「あああああああ」

 なんかもう言葉にならない声が喉から出てくる。

「マジでどうした……」

「あああああ……お仕事って大変だね」

「うん、それはまあ、そうだな」

 お客様に面白おかしく台詞を言う、それがやりたくて始めたバイトで。そんな私が初めて責任ある仕事をして、手が冷たくなるくらい緊張して、そして今、ああああああああ! という感じなのだった。

「今日のバイトが辛かったとか?」

「うーん、ちょっと違うかな。どっちかっていうと達成感? やったぞーって感じ」

「やったぞーで変な声が出るわけ?」

「うん。えへへ」

「まあ、幸せそうで良かったけど」

 玖路山くんはワケがわからないという顔で、私の頭を撫でた。頭を撫でられるのって本日は2度目だなあ。

「バイト先に社員さんが来てね。けっこう厳しい人だったんだけど、認めてもらえて嬉しかったんだ。よくできましたっていって頭を撫でてもらったの」

 私もあんなふうになりたいな、そう思える大人の女性だった。

 頭を撫でていた玖路山くんの手がぴたりと止まった。

「何そいつ……」

「杉野さんっていうんだけど、すごい格好良いんだよ。オシャレで清潔感あって。仕事もできそうな感じ。ふだんはクールっぽくて、褒めるときは褒める的な……ツンデレ美女って感じかな?」

 笑った顔が幼く見えたのを思い出した。職場では絶対笑いませんって感じの人かと思ってたのに意外だった。

「なんだ女か。てっきり……」

「うん……? 何のこと……あっ!」

 玖路山くんは私を押しやり、駅に向かって歩き出した。私は慌てて追いかけた。

「ねえねえ」

「うるさい」

「男の人だと誤解した? やきもち焼いちゃったとか?」

「……なんだよ、悪い?」

「わ、悪くはない……」

 素直に認めるとは思わなかったから、ちょっとびっくりして言葉に詰まった。

「時子が悪い。紛らわしい言い方するから」

 私が悪いことになってしまった……。


 すぐに駅に到着した。遊園地から徒歩数分という近さに建てられたこの駅は、その利用者のほとんどが遊園地に訪れる人だ。だから、この時間帯は人気がなかった。白いタイルで覆われた駅舎が妙にからっぽに見えた。


 駅構内に入り、時刻表を調べた。

「ええと、次の電車は……、うわ、30分以上待たないとだめみたい」

 申しわけない気持ちになる。

「玖路山くん、家に着くのが11時過ぎちゃうよね」

 私はここから1駅だから、どうにか10時台に帰宅できそうだが、玖路山くんのおりる駅は3駅ほど先だ。小学生のころに何度か遊びにいったことがあるから知っているのだが、電車を降りたあとも玖路山くんの家までは結構歩くのだ。

「別に平気」

 そう言われましても。

 正月の寒さの中、11時過ぎまで。というか私を待ってくれていたのも屋外だし随分と冷えたに違いない。風邪をひかないといいけれど。


 ホームに設置されたガラス張りの待合室に入って、二人並んでベンチに腰掛けた。私たちのほかには誰もいない。

「玖路山くん、手、貸して」

 私がそう言うと、ものすごく嫌そうな顔で「何で?」と言われた。

「冷えてるんじゃないかなって思って。私があたためてあげようと思っただけだよ」

 私は手があたたかいのだ。そのため学校でも冷え性の女友達たちからカイロがわりにされているくらいだ。

「ええー……」

 しぶしぶといった感じで、玖路山くんは左手だけ貸してくれた。

「なんでそんな嫌そうなの、うわっ、冷たい!」

 あまりの冷たさにびっくりした。

「えっ、大丈夫? ものすごく冷えてるけど。あした熱とか出ないかな」

 私は両手で挟み込んでさすった。しゃれにならないぐらい冷たいのだが。

「いいよ、もう」

「右手も出して」

「いいから」

 そう言いながらも右手を出してくれたので、そっちも両手で挟み込んだ。私の手のひらの熱が一気に奪われていく。人間カイロとまで言われる私の熱を消すほどに冷たいとは。

「ごめんね。こんなに冷たくなるまで待たせて。やっぱり迎えにきてもらわなければよかったね……」

「ほらもう、そうなるから嫌だったんだけど。僕としてはこんな夜遅くに一人で出歩かれるほうが嫌なんだから気にするな」

「……うん……」

 そのとき、私は天才的にひらめいた。というかホームに自販機が設置されているのが目に入った。あれだー!

「あったかいもの買ってくる。待ってて!」

 私は自販機に駈け寄り、ホットコーヒーを2缶買って、待合室に戻った。

「はい。これで指先あっためて」

 2缶とも差し出した。玖路山くんは1缶だけ手にとった。

「ありが……あっつ!」

 ああ、わかるわかる、手が冷えてるときって、ホットの飲み物が火傷しそうなぐらい熱く感じるよね。玖路山くんは缶コーヒーをお手玉するみたいにしていたが、しばらくして熱になれたのか、しっかり握り込んだ。

 私は缶コーヒーを開けて、一口飲んでみた。手に持っても、飲んでみても、それほど熱いとは感じない。だって私は体が冷えていないから。

「玖路山くんって優しいよね。私、それに気づかないでこれまで甘えてきたんだろうね」

 私がつぶやくように言うと、

「まあ、お互い様かもな」と何でもないことみたいに言われた。

「そうかな……」

 玖路山くんも缶コーヒーを開けて、飲み始めた。

「私ね、目の前にあるのに見えてないこと、いっぱいあるんだろうなって最近思うんだ」

「今は見えてなくても、時子ならいつか見えるようになる。だから問題ないんじゃないの。僕への気持ちもそうだったんだろ」

「う、うん……」

 そうはっきり言われると恥ずかしくて思わず顔が赤くなってしまう。

 ずっとあったのに気づかなかった気持ち。

 気づくのにずいぶんと時間がかかってしまった。


 それに、今日デアデビルを操作してみてわかった。私は「地獄へ行きたいか」ってお客様に言うのも好きだけれど、操作はもっと好きだった。自分が何が好きなのかも見えていないなんて情けなくなるけれど、本当に好きなものに出会えた喜びは大きかった。


 今は見えなくても、玖路山くんの言うとおり、いつか見えるようになるのなら。遠回りはするかもしれないけれど、いつか答えにたどり着けるのならば、未来に希望を持てる気がする。


「玖路山くんは? 私のこと好き?」

 そう問いかける。

「何だよ、今さら」

「だってちゃんと言われたことないし」

「ブックカバーに書いたじゃん」

「書いてたけど口で言ってないよ。言ってほしいなあ」

 玖路山くんは俯いて、

「……好き」って小さく呟いた。

「えへへ」嬉しくて胸があったかくなる。

「僕だけ言うのずるい。時子も言え」

「ふふ、好きだよ」

「……うん」


 そして、これからもずっと玖路山くんと一緒にいたいって思う。


<おわり>

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