高1 やりがい

「セーフティーロックの確認に何秒かけているの?」

「申しわけありません……」

 私は今、絶叫系コースター「デアデビル」の制御室で、社員さんに徹底的に怒られていた。年に一度の社員さんが荒ぶる日に、さっそくやらかしてしまったのだ。

 通常、デアデビルのセーフティーロックの確認は30秒もあれば済むのだが、このときは小さいお子さんのお客様が多かったため、念入りに確認したところ1分もかかってしまったのだ。それを運悪く社員さんに見られてしまった。


「クルーがもたもたした分だけお客様の待ち時間が延びるという意識を持ってくれなくては」

「はい……」

 ぐうの音も出ない正論にうなだれる。私にも言いたいことはある。やっぱりアトラクションって安全第一だと思うから、安全装置はしっかりチェックしたいのだ。でも、それは仕事が遅い言い訳にはならないともわかっている。私は言葉を飲み込んだ。

「いつもそんな仕事振りなの」

 銀縁眼鏡ごしに鋭く睨まれて、私は縮み上がった。怖すぎる。

 私の前に立つこの社員さんは杉野さんという。クールビューティーという感じの、見るからに怖い美女である。デアデビルの制服であるツナギを着ているのだが、全然似合っていない。きっとスーツとかが似合う人なのだ。

「もういいわ。仕事に戻って」

 杉野さんは首に手をやって、ため息をついた。短く切りそろえた髪は今日美容室に行ってきたのかというぐらいに完璧に整えられ、メイクもネイルも地味なカラーでありながらどこか華やかで清潔感があった。杉野さんは身だしなみに対する意識が高いのだろう。年齢は若い。多分まだ20代ではないだろうか。そもそも中高年の社員さんは現場には来ないし。特に休日は。



 杉野さんとは今日初めて会った。ふだんは営業をやっている方らしい。それがカウントダウンイベントのために現場にかり出されて、当遊園地の花形アトラクションであるデアデビルを手伝っているということであった。お正月にデアデビルに回される社員さんというのは、社内で上から評判がいい人であり、つまり今後出世する予定の人であるらしい(バイトリーダー談)。


「……待って」

 私が持ち場であるところのお客様のところに戻ろうとしたら、引き留められた。

「ほかの仕事振りも見たいわ。デアデビルの操作をやってみせて」

「えっ、でも、操作はやったことがありません……」

 杉野さんの眉間にぐっと力が入った。

「やったことがない? あなた、ええと、鐘山さんだったわね、いつからこのバイトをしているの」

「9月からです」

「それならもうやっていてもおかしくない時期よ。いいわ、今日からやりなさい」

「ええっ」

 それはバイトリーダーの許可がないとできない……と言いかけて、だけど杉野さんは社員なのだから、杉野さんの指示のほうに従ったほうがいいのかなと思い直した。


 制御室にはモニターが幾つも設置されており、それらがコースターがホームに戻ってくる様子を映し出した。

 今デアデビルを操作しているバイトの先輩がお客さんを降ろしたところで、私と交代することになった。私にヘッドセットを渡すと、先輩はそそくさと制御室を出て、コースターのほうに駈けていった。ああ、そんな殺生な……。できれば側にいて欲しかったなあ。でも、しょうがないか。お正月の社員さんはヤバイとみんな聞かされているのだから、隙あらば逃げ出すのも理解できた。


「手順はここに書いてあるから、これを見ながらやってみて」

 壁に貼ってある古びた紙を杉野さんは指さした。そこにはデアデビルの操作手順が書いてあった。

「は、はい……」

 いきなりの挑戦、それも怖い社員さんの見ている前でやらなければならないだなんて。ミスするわけにはいかない。プレッシャーで指先が冷たくなった。

 いや、だめだ、しっかりしないと。私は自分を奮い立たせる。デアデビルの操作は、普段ほかのバイトたちが毎日やっていることだ。同じクルーとして私は何百回も、へたしたら千を超すほど見てきたのだ。それを思い出しながら頑張ってみよう。


 私はヘッドセットを装着し、制御パネルの前の椅子に腰掛けた。モニターでコースターの様子を確認する。今はクルーがお客様を座席に案内しているところだ。

 私は耳を澄ませて、報告を待った。

「1から5、チェックです」

「6から10、チェック」

「11から16、チェックでーす」

 お客様は問題なく席についたようだ。クルーからの報告を受け、私はマイクを使って宣言する。

「セーフティーロック、オンにします」

 私が安全装置のスイッチを入れようとした、まさにそのとき、クルーがマイク越しに叫んだ。

「あっ、待ってください! お客様、立ち上がるのは危険です。お座りください」

 モニターを見ると、立っているお客様がいた。あ、危なかった! この状態で安全装置を入れていたら、またチェックからやり直しになって無駄な時間が発生するところだった。杉野さんから睨まれている中でのやり直しはきつい。

 モニターでお客様が座ったのを確認して、今度こそ安全装置を入れた。バーが動いてお客様の体をコースターに固定した。エラーなし。無事にロックがかかったようだ。ほっとする。たまに安全装置がかからないように腕で押し返してくるお客様がいて、それでエラーが出てしまい、セーフティーロックのかけ直しが発生するのを何度も見てきたから、一発でロックがかかるか心配だったのだ。まずは最初の難所をクリアしたといったところだ。


 クルーたちが安全装置がかかっているかどうかを手で直接触って確認して、報告を上げてきた。

「1から5、セーフティーオンです」

「6から10、セーフティーオン」

「11から16、オンでーす」

「は、発進します。離れてください」

 クルーたちがコースターから離れたのをモニターで確認。私は震える指でコースターのサイドブレーキを解除、発進ボタンの安全カバーを外して、えいやと押した。……わあ、コースターが動いている。ちょっと感動。


 ええと、この後の手順は……。私が張り紙を見ようとすると、

「万が一に備えて緊急停止ボタンの前に手を置いて。そこの手の形した台よ、そうそこ。目は速度計に。エラー音も聞き逃さないよう注意して」

 いつの間にか背後に立っていた杉野さんに言われて、私はあわあわしながら言われたとおりにした。

「何かあったら私がフォローするから。落ち着いて」

 杉野さんの声を聞きながら、速度計を見守る。一気に時速90キロに到達、そこから減速と加速を繰り返す。エラーなし。問題なく走行している。

「戻ってきたわ」

 コースターがホームに近づいてきた。規定速度まで減速していることを確認し、そのままホームへの侵入を見守る。ホームに戻ったコースターはゆっくりと停止したが、定位置より後ろに自動停止してしまった。えっと、こういうときは……。

「手動モードに切り替えて、コースターを定位置まで動かすの。前進ボタンよ」

 杉野さんの指示どおりにコースターをじわ~っと前進させた。

「そこでいいわ」

 私は前進ボタンから手を離し、サイドブレーキを入れて、コースターががっちりレールに固定されたのをモニター越しに確認した。セーフティーロックを解除すると、デアデビルから解き放たれたお客様たちは笑顔で出口へと消えていった。


 私はほっとため息をついた。

「初めてだから1回で許してあげる。ほら交代」

 いつの間にか戻ってきていたバイトの先輩にヘッドセットを渡し、私は制御室の床にへたりこんだ。

「どうしたの。緊張した?」

「はい、とても……」

 一歩間違えれば事故になるのだ、緊張するのも当然だろう。

「鐘山さん」

 杉野さんは私の前にしゃがんだ。な、何かミスがあっただろうか……。また怒られるのかな。

 怯える私に杉野さんはにっこりとほほ笑み、

「よくできました」

 そう言って、私の頭を撫でた。

 目を丸くして固まる私を見て、杉野さんはまた笑った。

「私、ちょっと誤解していたみたい。だらだら仕事をしていたわけじゃなくて、安全を第一に考えてくれてたのね。あなたの慎重な操作を見てみてわかった」

「す、杉野さん……」

 私はなんだか目元がじんわり熱くなった。わかってもらえるなんて思ってもみなかったから、不意打ちすぎて感激してしまった。

「でも、お客様からしたらそんなの関係ないから。お客様の待ち時間短縮のために、もっとスピーディーにやれるように努力して」

 厳しい~。だけど、杉野さんの言うことはもっともだと思った。


<つづく>

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