高1 4人
11月中旬。
カフェで告白してしまってから、数日が過ぎた。
あれからお互いに電話したり、学校帰りに待ち合わせて遊びに行ったり、図書館に行って一緒に勉強したりするようになった。
「付き合ってください」「はい」みたいなのはないが、二人の距離は近くなった気がする、物理的にも気持ち的にも。
今日も図書館でおのおのの課題をやって、
「時子、そろそろ行こう」
これから夕方デートの開始である。
「わあ、寒いね」
あたたかな図書館から出ると、一気に体が冷気に包まれた気がした。空は西側を残して暗くなっており、完全に日が沈むまで数分もなさそうだ。
「ん」
玖路山くんが右手を出したので、左手でそっと握った。人通りの少ない図書館の敷地内、ここから道路に出るまでの間だけ、私たちは手をつなぐ。人の多い町なかでつなぐのはちょっと恥ずかしいから。
黙って二人でゆっくり歩く。ときどき人の姿が見えると、慌てて手を離し、いなくなれば再びつないだ。
図書館の敷地を出て、完全に手を離した私たちは、かわりにおしゃべりをした。
「時子は大学進学とか考えてる?」
「一応はね。具体的にどこの大学ってところまではないんだけど」
「ふーん」
玖路山くんは警察官になるのが夢だから、将来の進路のことも既に考えているんだろうな。
でも。
だけど。
最近ちょっと思う。玖路山くんって本当に警察官になりたいのかなあ。小6の出来事のせいで、自分は警察官にならなきゃいけないって思い込んでないかあ。本当はほかにやりたいことあるんじゃないのかな。これって私の勘違いかもしれないけど……。
「それにしても、時子って呼ばれるのって不思議な感じ。私じゃないみたい」
「何でだよ、自分の名前だろ」
「そうだけど、ずっとベルちゃんだったし。そういえば、玖路山くんって絶対にベルちゃんって呼んでくれなかったよね。どうして?」
「は? だって女子をちゃん付けで呼ぶのって恥ずかしいだろ」
何を当たり前のことをと言いたげな顔で言われた。
「えっ、そうかなあ」
そんなことないと思うけど。
「かといってベルって呼び捨てにするのも変だし。だったら時子って呼びたい」
「じゃあ、時子って呼んでくれたらよかったのに」
「……それはそれで恥ずかしいだろ……」
「ええっ、亜美ちゃんのことは亜美って呼んでるのに?」
「亜美のことはみんなも亜美って言うから平気。あんたはみんながベルって呼ぶのに、僕だけ時子って呼んだら意味ありげじゃん。鐘山って呼ぶのも今さら感あるし。村木は転校生だったからあんたを鐘山って呼んでも違和感なかったけど、僕はそうじゃないし」
いろいろ考えすぎでは……。
そんなことを話しているうちに、目的地である花塚公園へやってきた。ここは結構大きめの公園で、夏にはお祭りをやったり、秋にはハロウィン祭りをやったりするなど、この地域のイベントは大抵ここの公園で行われていた。
そして、今日はクリスマスのイルミネーションで公園がライトアップされる日だった。クリスマス当日までまだ1カ月もあるけれど、街は徐々にクリスマスの気配を漂わせて始めていた。
トナカイのイルミネーションが飾られたエントランスを抜け、中に入ると、公園の木々は電飾が巻かれて、きらきらと輝いていた。
結構人が多い。カップルや家族連れ、友だちどうしの学生たちなどで公園は賑わっていた。
「クリスマスも一緒に過ごせたらいいな」
電飾を見上げながら私がそう言うと、玖路山くんは薄暗い中でもわかるぐらい真っ赤になった。
「どうかした?」
「いや。……参考までに聞きたいんだけど、クリスマスって、あの、どっか行きたいところとか……あるわけ?」
「特にないよ。ただ一緒にケーキ食べて、プレゼント交換したいなあって感じかな」
「なんだ、そういうやつか」
なぜかほっとしたような顔をされた。
「玖路山くんはどっか行きたいところがあるの?」
「えっ!」
目の動きでわかる。玖路山くんはかなり動揺している。動揺を隠そうと頑張ってはいるけれど。
「何? さっきから変じゃない?」
「別に」
そっぽを向かれてしまった。
うーん。よくわからないけど、言いたくないみたいだしそっとしておこう。
それにしてもイルミネーション、きらきらして綺麗だな。1色で統一してるのもいいな。こういうのって色をごちゃごちゃ混ぜるより、すっきりしているほうが好きだ。電飾って色とか配置とか結構センス要るよね。
隣の玖路山くんを見上げると、遠くの電飾に目をこらしていた。私は急に思い立って、スマホのカメラで玖路山くんを撮影してみた。
「ふふ、いい写真が撮れたなあ」
ちょっとアンニュイな感じで遠くを眺める玖路山くんの横顔、背景にはイルミネーションがきらめいている。玖路山くんにも見せてみた。
「へえ、なかなかいいじゃん。僕も撮ろう」
そう言って、私にスマホを向けたが、すぐに手をおろした。
「何か違うな……。そうだ、時子、あそこからこっちに向かって歩いてきて」
言われたとおりに歩いてみる。
「もうちょっとゆっくり歩いて。うん、そんな感じ。ちょっと背筋を伸ばして、少しアゴを上げるように。目はこっち。笑って。いい感じ。待って、そこまで行ったらライトで逆光になる。そうだな、5歩ぐらい戻ってみて」
「撮影が本気すぎるよ……」
そうして撮られた写真は、地域のフリー情報誌の表紙のような雰囲気を醸し出していた。「イルミネーション特集」「今月の特集:学生街探訪」みたいなテキストが似合いそう。
「これ背景にしよう」
と言って玖路山くんはその場でスマホの設定を変えた。
「ねえ、ちょっと見せてよ。ううーん、画面上のカレンダーも相まって、余計にフリーペーパー感が出てない?」
「フリーペーパー感か。言われてみればそうだな」
玖路山くんはうなった。が、すぐに何かに気づいたようだった。
「そうか、笑顔が自然じゃないのがいけないんだ。それに夜だとスマホのカメラでは写りが悪いな。よし、時子、今度昼間に写真を撮りに行こう。傑作を撮るぞ」
「いいよ、面白そう。その日はクセの強い服を着ていくね」
「可愛い服で来てよ!」
「あはは」
「カッパの着ぐるみとか着てきたら他人の振りするから」
「……さすがにそこまでクセの強い服は持ってないよ」
それから、年が明け、お正月が来た。
1月1日、昼頃に4人で初詣に行こうという話になり、私は待ち合わせ場所へ向かった。歩きながら、ときどきコートの中に手を入れて胸元を触った。かたい感触に触れてほっとする。大丈夫、落としてない。
あまりアクセサリーをつけた経験がないから、落としてないか不安になり定期的に確認してしまう。
1週間前のクリスマス、玖路山くんとカフェでケーキを食べて、プレゼントを交換した。そのときに私はマフラーを贈り、玖路山くんはペンダントと夏にくれたファンタジー小説の続刊を贈ってくれた。
きょうはそのペンダントをつけての初めての外出である。
待ち合わせ場所のショッピングモールの入り口には3人が既に待っていた。私が最後だったようだ。
「ごめん、みんな、待った?」
「みんな今来たとこだよ。あけおめ~!」と真っ白のコートを着込んだ亜美ちゃんが手を上げた。
「鐘山さん、あけましておめでとう」黒コートの村木くんもいる。
「あけましておめでとう」あっ、玖路山くん、私があげたマフラーしてくれてる!
「えへへ、あけましておめでとう」そう言いながら、私はコートの上から胸元に手を当てた。それで玖路山くんには伝わったようだ。お互いに照れ笑いをかわした。
「それじゃ、行こっか」と亜美ちゃんが先陣を切って歩き出したので、私も亜美ちゃんの隣に並んで歩き出した。
神社はここから歩いて5分ぐらいのところにある。
「この4人で出かけるのってすごく久しぶりだね」
「ほんと。何年ぶりだろね」
「4年ぶりかな」と言いながら、村木くんが私の隣に並んできた。
「村木、下がれよ」と玖路山くんがけん制した。
「はいはい」と言って、村木くんは一歩下がって、私の背後に回った。
「ねえ、鐘山さん」
ひぇっ。真後ろから話しかけられるの、ちょっと怖い。
「そろそろ着信拒否を解除してくれないかな」
「だめ。まだだめ」と玖路山くんが私より先に答えた。
「電話でちょっと口説くぐらい許してほしいな」
「いや、許すわけないじゃん、何言ってんの」これは亜美ちゃん。どこか楽しげな表情で、「っていうか村木くん、キャラ変わりすぎじゃない? チャラくなりすぎじゃん?」と笑った。
「チャラいってのとはちょっと違う気もするけど」と玖路山くん。
「私はダークサイド村木くんって心の中で呼んでるよ」
「心の中じゃなくて、直接本人の目の前で言ってるじゃんよ……」と亜美ちゃんが呆れたような声で言った。
「俺ってダークかな?」
「どっちかっていうとカオスって気がする」と玖路山くんが言い出した。
うーん、確かに言葉の意味から考えたら、ダークは暗いとか闇とかっていう意味だし、カオスは混沌だから、村木くんはカオスのほうかもしれない。それにカオスのほうが悪人感はない、でもやばい感じがある。そして怪しげな術とか使いそう。村木くんに似合う。
「確かにカオスって感じだね。これからは心の中でカオス村木くんって呼ぼうかな。あ、でも、言葉の響きだけでいうなら、ダークサイド村木くんのほうが格好良かったかも」
「格好いいって言葉が自然に出るあたり、やっぱり俺のことが忘れられないんだよね」
「違うっつーの」亜美ちゃんがすかさず突っ込みを入れた。
玖路山くんがため息をついた。「よく彼氏の前で堂々と口説けるよな」
「彼氏の前だからこそ堂々と口説けるんだよ。それとも隠れてやったほうがいい?」
「いや、だから口説くなよって」と呆れ声の玖路山くん。
村木くんは楽しげに笑った。なんだか私をだしにして玖路山くんをからかってるだけなんじゃないかって気がしてきた……。本気で口説く気ゼロだよね?
「あーもう、私も彼氏を連れてくれば良かったなあ」
「それいいね。今度5人で遊ぼうよ」
「その場合、俺だけ余る気がするんだけど。俺はどうしたらいいのかな」
「彼女をつくればいいだろ」
「へえ……、そういうことを言うんだね。玖路山くん、自分に彼女ができたからって、だいぶ調子に乗ってるね。へえ……」
村木くんは朗らかな声でそう言ったのだが、なぜだろうか、ものすごく怖い。なんだかよくわからない圧を発している。怖くて後ろを振り返れない。村木くん、今どんな顔をしているんだろう。
「わ、悪かった……」
玖路山くんが村木くんの謎の圧に押されているのが気配で伝わってくる。珍しい。小学生時代では見られなかった光景だ。
そうこうしているうちに神社に到着した。たくさんの人が参拝しようと列をなしていた。
「結構賑わってるねえ」と私が声を上げると、
「このあたりに住んでる人はみんなこの神社に来るしね」と村木くん。
「お願い事、決まった?」亜美ちゃんが確認をとってきた。
「もちろん!」私の願いは決まっている。いつでも自分の願いは自覚するようにしているから。
「僕は、うん、決まってるな」
「俺ももう言うまでもなく」
「じゃあ、神様に聞いてもらいに行こう!」
お賽銭を投げて、手を合わせ、神様に祈る。
小学6年に始まった恋は、高校1年で形となった。
憧れていた未来とは違ったけれど。
高校生活はあと2年ある。そしてその先も……。
これから先、何があるかわからないけれど、どうか私たち4人がそれぞれの望むように生きられますように。
そして、村木くんに新しい出会いがありますようにとつけ加えるのも忘れなかった。
参拝を終えて、気持ちがすっきりした。みんなもどこか晴れ晴れとした顔をしていた。
その後、私たちは街まで繰り出すことにした。
ボウリングして、ファミレスに行って、夕方には解散した。
小学生のころと遊びの形が違っていたけれど、昔みたいに楽しかった。
解散後、私は遊園地に向かう予定だった。そう、正月早々バイトなのである!
遊園地ではカウントダウンイベントをやっており、大晦日の夜から元旦にかけてのシフトは社会人バイトや社員さんが担当した。高校生バイトはカウントダウンイベントに出ないかわりに、1月1日の昼シフトが入れられているというわけなのである。といっても高校生バイトだけに現場を任せるわけにはいかないから、一部の社員さんはカウントダウンイベントから徹夜のまま勤務を続けるらしい。
バイトリーダーが言うには、「1月1日は社員さんが1年でもっとも荒ぶる日だから、理不尽に怒られたりするけど自然現象みたいなもんだと思って耐えろ」とのことである。大人が荒ぶるってどんな感じなんだろうか。怖い……。そんな恐怖の現場にこれから赴くのである。
<つづく>
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