前のエピソード――中１　失恋未満でオタクになった

　本日は２月14日。中学生になって初めてのバレンタインデーだ。

　私は誰にもチョコを渡す予定はない。オタ友たちとチョコ交換するのも楽しそうだなあと思ったけれど、みんなで話し合った結果、「お金がもったいない」「チョコ買わずに新刊買って、貸し合ったほうがよい」という結論になった。チョコ買わずにラノベを買う。大丈夫か、私の青春。

　小学生のころは、村木くんにも玖路山くんにもチョコをあげていた。亜美ちゃんにもあげた。もちろん義理チョコ、というか、日ごろのお付き合いの感謝を込めた謝恩チョコだった。

　今年は３人と疎遠ぎみ？　避けられてる？　なので、チョコを渡すのもはばかられた。

　私がバレンタインを中止しても、世間は中止などするはずもなく、朝から女子たちは手荷物を意味ありげに机にぶら下げ、男子たちはまるで何も気づいていないかのように振る舞っていた。

　そして、休み時間が訪れるたびに、ひそやかに手荷物があちらからこちらへ、こちらのがあちらへと移動した。まるで違法薬物の受け渡しのようであった。

　それが昼休みになると、おおっぴらにチョコを渡す恋愛の猛者があらわれ始め、学内は一気に浮かれた空気に包まれた。

　皆さん、幸せそうで何より……はあ……。

　私が頬杖ついてそんな光景を見守っていると、隣の席の男子が私にアルファベットチョコを１個渡してくれた。これは一体……。

「隣のクラスの佐倉さんからだって。回ってきた」

　佐倉さんって誰……。どうやらクラスのみんなもアルファベットチョコを１個ずつもらっているようだ。もしかして全生徒にチョコを配っているのだろうか。佐倉さんって人、気前が良すぎないか。私はありがたくチョコをポケットにしまった。

　ん？　いま、廊下を数人の女子がはしゃぎながら歩いていった。手にはラッピングされたチョコを持っているようだったが。

　あれ、また女子たちがチョコ持ってどこかに向かっている。

　一体なんだろう？

　気になったので、ちょっと見にいってみることにした。だってほかにすることもないし！

　女子たちの行先は、玖路山くんのクラスだった。というか、玖路山くんだった。

　６、７人の女子に囲まれて、チョコを渡されていた。えっ、どういうこと。玖路山くんってそんなにモテるの！？　集団告白？　それって返事はどうするの？

「玖路山くん、はい、チョコ」

「……どうも」

　むすっとしたような顔で受け取る玖路山くん。なんだか怒っているように見えるが、あれは怒っていないな。格好つけてるだけだな、うん。

「はい、これも受け取って」

「……ありがと」

　次々と渡されるチョコを事務的に受け取っている。うーん、特に告白とかそういうんじゃないのかな。なんだかノリがそういう感じじゃなさそう。

「いつもありがとう」

　お、お礼を言われている。感謝されるようなことをやったのか玖路山くん、偉いぞ。

「これもどうぞ」

　受け取ったプレゼントを見て、玖路山くんは顔をしかめた。

「何これ」

「テディベアだよ。玖路山くんに似合うかと思って」

「はあ？　似合うわけないじゃん」

　あっ、これは本気の不機嫌モードだ。さっきまでの格好つけじゃないやつ。だけど、女子たちは楽しそうに笑った。

「やだ、可愛い～！」

「ああ？」

　玖路山くん、かなりイラっときているようだが。

「ごめんごめん。玖路山くん格好いい～」

「……はあ」

　いやあ、なんだか女子に弄ばれてるなあ。大変そうだなあ。

　私は気づかれないよう、そっと教室に戻ることに……いや、その前に村木くんのほうもチェックしてみようかな。でもなあ、女子から本気のチョコを受け取ってたりしたらショックだしなあ。そんなの見たくない。知らぬが仏って言うし。見にいくのやめよう！

　……と思ったのに、気づいたら村木くんのいる教室の前に来ていた。なぜ。

　そっと教室の中を窺う。チョコ交換会場と化している教室内に村木くんは……あっ、いた。いたけど……、ばっちり目が合ってしまった。ちょっと困ったような、戸惑ったような顔をされてしまった。ああああああああああ！

　私は慌てて逃げ出した。

　教室に駆け込んで、机につっぷした。はあはあ。10メートルも走ってないのにどういうわけか息切れがした。

「ど、どうしたのベルちゃん！？」

　オタ友たちが心配して集まってきてくれた。

「ちょっと心臓に悪い出来事が起きて……」

　何かを察した結城さんが、私の肩に手をおいた。

「人生、諦めも肝心だよ……」

　せ、切ないこと言わないで……。

　下校時間、校門のあたりで紙袋を下げた玖路山くんを見かけた。

「わあ、すごいね、それ全部チョコ？」

　思わず声をかけると、玖路山くんは不機嫌そうに、

「嬉しくない。お返しを考えるだけで憂鬱」と嘆いた。

「お返しするんだ。えらい！」

「いや、人として当たり前だし」

「へー。私、小学生のときに玖路山くんにチョコあげてたけど、お返しとかもらってないよ。玖路山くんも成長したなあ」

　感心したからそう言っただけだったのだが、玖路山くんは目を見開いて、驚愕！　という顔をした。

「いや、責めてるわけじゃないからね？」

「返す。今年のホワイトデーに返す」

「いいよ。そんなつもりで言ったわけじゃないから」

　断ったのに、結局３月のホワイトデーには玖路山くんからクッキーとシャーペンをいただいてしまった。催促したわけじゃないのに……。ごめんね、玖路山くん。

　銀色したシャーペンは、持ってみると金属特有のひんやり感と重みがあった。なかなか頑丈そうだ。先端は細く尖っている。これは武器にもなりそうだなあと思いながら、添えられたメッセージカードを見てみると「このシャーペンはちょっと良いやつなので丈夫ですが、だからといって武器がわりにしないでください」と達筆で書いてあった。

　亜美ちゃんはバレンタインデーは学校を休んでいた。亜美ちゃんの彼氏の太田くんも欠席。デートだろうか……。あまり詮索すまい。

　そうそう、アルファベットチョコを配布していた佐倉さんって人は、後から聞いた話によると、どうしてもチョコを渡したい人がいるけれど、渡す勇気が出ないから、生徒全員に渡すことにしたらしかった。そうすれば好きな人にもチョコを渡せるということらしい。

　これって私もお返しをしないといけないのかなあ、人として。どうだろう？　うーん、お返しは要らない、よね？　多分。いや、どうなの？　どうしたらいいのかな、佐倉さんとやら～！

＜つづく＞