中2 我こそは調停者<つなぐもの>なり

 私は中学2年になった。


 かれこれ1年ほど村木くんとは会話らしい会話もしておらず、私は失恋を受け入れつつあった。しかし、思いそのものは消えずに変化しただけだった。私の片思いはさらに美しい幻想へとレベルアップしていたのだ。村木くんはもう恋愛相手というより崇める対象であった。好きというより崇拝している、そんな感じ。たまに校内で見かけると心の中で拝んだ。


 そんなある日、隣のクラスの松本さんが不登校になった。村木くんのクラスの女子である。

 その話を、私は村木くんから聞くことになるとは思ってもみなかった。



 昼休み中、私が教室でオタ仲間とオタトークに花を咲かせていたら、村木くんから呼び出された。

 えっ。村木くんが私を呼んでいる? そんなことある? 夢? と思いながら、廊下に出ると、村木くんは深刻そうな顔をしていた。

「村木くん、どうかした?」

「ごめんね、鐘山さんを巻き込むのは嫌だったんだけど、ちょっと困ったことがあって」

「えっ、困ってるの? 何でも言って、私、何でも手伝うよ!」

「鐘山さんのクラスの長田くん、今日来てないよね?」

「うん、今日は休みだって聞いてるけど」

 嫌われ者の長田くんは休んでいるが、そういえば欠席の理由は聞いていない。それがどうかしただろうか。

「昨日、うちのクラスの男子が彼をリンチしたらしくて」

 リ、リンチ!?

「それで長田くんは怪我して寝込んでいるらしいんだ」

「な、何があったの……?」

 村木くんは、言いにくそうにしたが、意を決したように話し始めた。

「あまり人に言いふらしてほしくないけど、鐘山さんなら大丈夫だと思うから話すよ。うちのクラスの女子の松本さんが売春してるって、長田くんが噂を流したんだ」

「ええっ、ばい……」

 私は口を押さえて、言葉を飲み込んだ。

「もちろん嘘だよ。松本さんはそんなことしてない」

「そ、そうだよね。じゃあ、なんで長田くんはそんなデマを流したの? 松本さんに恨みでもあるのかな」

「それは……多分、長田くんは松本さんを好きなんだろうね」

「えっ、好きだから? ちょっとよくわからないんだけど……」

「そう? 俺はちょっとわかるよ」

「そ、そうなんだ。まあ、いいや。それで?」

「それで、松本さんは不登校になって。うちのクラスの男子たちが長田くんを成敗しようって暴走して、昨日、暴力沙汰になったみたいなんだ」

「それは……」

 長田くん、自業自得なのでは……。いや、でも暴力はどうだろう。しかし、売春してると噂を流すのも最低だしなあ。

「それで、長田くんは男子たちを訴えるって言っているらしくて。男子たちも自分たちは悪くないって言っているし、このままだと事態が大きくなりそうなんだ」

「そうなると、松本さんがつらいね」

「うん、やっぱりそう思うよね」

 事態が大きくなれば、それだけ発端となった噂のことも大きく広まるに違いない。

「なるほど、わかった。私が長田くんを説得すればいいんだね」

 長田くんと会話しているのは学内でも私だけだろうから、私が説得役に選ばれるのも当然だろう。

「ごめんね、おかしなことを頼んでしまって」

「ううん。気にしないで」

 村木くんこそクラスの女子のために優しいなあ。学級委員長だからかな。だとしても立派だなあ。

 そこで、私はある可能性に気づいて、はっとした。もしや、もしや松本さんとやらは、村木くんの思い人なのではあるまいか。私は急に体内の全細胞からエネルギーが消失するような無力感に襲われた。目の前が暗くなる。いや、いかん、しっかりするのよ、ベル。好きな人の恋なら応援せねば。村木くんの幸せが私の幸せなのだ。そう自分に言い聞かせた。いまこそ雑学本で学んだ自己暗示法が役立つときである。

「本当は俺も一緒に行きたいんだけど……ちょっと無理なんだ」

「大丈夫、私ひとりで十分だよ、任せて」

「ごめん。でも、信じてるから」そう言って、村木くんは眉をひそめて、私をじっと見た。

 んんん? なんか村木くん、ちょっと変かも? 約1年ぶりにまともに会話する村木くんは、なんだか変な感じだった。こういう人だったっけ? 成長しただけかなあ。



 しかし、村木と松本って字、ちょっと似てない? 運命? 二人は惹かれ合うディスティニー? そんな妄想で自分の心の傷口に塩を塗り込みながら、私は放課後、長田くんの家に向かった。


<つづく>

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