中2 拝む

 中2の冬、私はいつもより1時間早い時間に家を出て、学校に向かっていた。

 所属する演劇部の公演日が近づいているのだが、まだ衣装ができておらず、放課後の部活だけでは縫製が間に合わない。それで朝早くから学校に行って、部員総出で衣装をつくることになっていた。


 今回の舞台に立つのは主に2年生で、私も2年生だから当然舞台に立つわけだが、カッパの役なので衣装作りは1日で完成した。緑色のタイツとシャツを買ってきて、紙で頭のお皿とくちばしを作るだけ。難航しているのはお姫様の衣装づくりだ。カッパは舞台でも姫様に尽くす役回りなのだが、裏方でも姫様のお着物を縫うために、5時起きで頑張るのである。今朝はほかの部員より30分早く学校に着く予定だ。姫様、あなたのカッパは頑張りますからね!



 早起きしたから少し眠いけれど、冬の早朝は空気がきんと研ぎ澄まされていて好きだ。アスファルトの地面から冷え冷えとした冷気が襲いかかってくるが、それさえ美しい現象であるように思えてくる。


 けさの通学路は私一人だけ、だと予想していたのだが、二、三人の生徒たちの姿が遠目に見えた。彼らは部活の朝練だろうか。随分と朝早くから頑張るものだ。私みたいに何か事情があるんだろうか。



 そのとき、私の第六感が何かをキャッチした。何かを受信した!



 私は急ぎ足になって、私に訴えかけてくる電波的なものを発信しているとしか思えない背中に近づいた。間違いない、村木くんだ。おはよう村木くん、バスケ部の朝練なの? 直接話しかけることはためらわれるので、心の中で話しかけてみた。ちょっと虚しい……。


 だけど、こんな美しい冬の朝に村木くんを遠目に見られるだなんて、今日はツイてるなあ。


 思わず背中にむかって拝んだ。

 しかし、あまり近づきすぎてはいけない。逃げられてしまう。そんなのは悲しいので、20メートルぐらいの距離を保つよう気をつけた。


 あーあ、一緒に登校できたらなあ。

 好きな人と一緒に登校するとか憧れるなあ。



 そんなことを思っていたら、村木くんが立ち止まったので、私も慌てて止まった。村木くんはなぜか横断歩道のほうに歩いて行った。急にどうしたんだろう。そっちは学校じゃないよ。私はこれ以上近づけないので、電柱に隠れて様子を窺うことにした。


 村木くんは、横断歩道の前で信号待ちをしているおじいさんに近づいていき、2メートルほどの距離で立ち止まった。おじいさんは白い杖を持っている。目が不自由な方なのだろうか。


 村木くんは信号のボタンを押した。すぐに信号は変わり、横断するときのお馴染みのメロディーが流れた。おじいさんは横断歩道を渡り始めた。村木くんは立ち止まったまま、おじいさんが渡り終えるまで見守っていた。


 わあ、村木くん!

 私は感動していた。もしも私だったらきっとおじいさんに声をかけていただろう。「ここの信号は押しボタンを押さないと変わらないんですよ。よかったら押しましょうか」そんなことを言ったに違いない。しかし、村木くんは話しかけたりしなかった。自分の存在すら気づかれないままボタンを押して、見守っていた。


 どちらの親切が正しいとか間違いとかではなくて、私は村木くんの親切を押しつけないところがすごく素敵だと思うのだ。

 村木くんは昔からこうだ。優しさが押しつけがましくない。

 そういうところがほんとうに村木くんは、もう村木くんはー!! もうー! 好き! ってなる。


 人知れず善行を積むのを私は影から見ているよ! ちょっとストーカーっぽいけど危害は与えないから安心して!


 学校に向かって歩き出した村木くんに向かって、再び拝んでおいた。


 <つづく>

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