中2 体育祭

 今日は体育祭だ。


 学校によっては春に体育祭をやるところも増えてきたが、我が校は9月開催である。


 スポーツ好きな生徒たちははりきっているが、私を初めとしたオタクグループは基本的にインドア派ばかりなため、さほど盛り上がっていない。というかクラス対抗戦だから、万が一足を引っ張るようなことがあれば責められることは間違いないので、私たちはむしろテンションがた落ちだった。

「ああ、休みたい」

「怒られたくない……怒られたくない……胃が痛い……」

「運動で勝っても負けても意味なくない?」

 だいたいがこんな感じである。


 しかし、いざ体育祭が始まってみると、なんとなく周囲の熱気にのまれるというか、知り合いに声援を送ったり、自分も必死に走ったりするのだから不思議なものだ。


 そして、私にとっては体育祭というのは、村木くんを遠目ではあるが堂々と見ることができる絶好の機会であった。他クラスだからおおっぴらに応援はできないけれど、その姿を目に焼き付けることはできる大変おいしいイベントなのだ。


 村木くんが出る競技はチェック済みである。リレーだ。中学ではバスケ部に入った村木くんは、小学生のころよりも足が速くなったようで、リレーへの出場者として選ばれたようだ。


 準備のためトラックに向かって歩く村木くん、もうこの時点で格好いい。運動服姿もさまになるね! はちまきが凜々しいよ。その上、これから走るとか、どれだけ格好いいのだろうか。私、見ているだけで気絶するかもしれない。


 第一走者の村木くんは、位置に着くと、すっと前を見据えて前傾姿勢となった。スタートの音とともに力強く駆け出す。長い手足は相変わらず色白だ。美しいフォームで軽やかに駈けていく。心の中で、頑張って! と念を送る。

 あっという間にバトンは第二走者へ。私の視線は第二走者には移らない。村木くんだけを追う。息切れしているけれど、どこか満足げな顔をしている。1位でバトン渡せたもんね、良かったね!


 ああ、体育祭、万歳!


 さて、今度は私の番だ。私が出る競技は障害物リレーである。


 スタートの合図とともに、生徒たちは一斉に駆け出した。

 うちのクラスの第一走者は2位通過、第二走者は4位通過、そして第三走者の私、ここは順位を上げてアンカーにバトンを渡したいところ。まずは網をくぐる。ここで1人抜いた。続いて飛んだりはねたりくぐったり、ここで抜き返された。現在4位のままだ。


 最後の障害物は、立ちふさがる教師たちと押し相撲である。一列に立ち並ぶ教師陣の中から一人を選んで勝負を挑み、勝った者のみがゴールできるのだ。ふふふ、ここが私の追い抜きポイントだ。

 第一走者、第二走者は小柄な英語教師、華奢な国語教師を選び、苦戦していた。第三走者は気弱な数学教師、こちらも手こずっている。私は体育教師を選んだ。マッチョで陽気な先生だ。私は先生と手を組み合い、歌をうたいはじめた。「ゆあ びゅーてほーぉー♪ はあんああはんは~ん♪」先生はたまらず吹き出し、私は一気に先生を押した。先生は足を動かしてしまった。勝った! こういう勝負は体格より性格のほうが重要なのだ。

 私はめでたく1位でゴールした。

 誤解されたら困るので言っておくが、歌をうたったのはルール違反ではない。先生の動揺を誘うために何かやるというのはこの体育祭では認められているのである。大人と中学生の勝負なのだから、ハンデってやつだ。



 玖路山くんは騎馬戦に出ていた。もちろん上に乗る方だ。小学生のころはずっと背が低かった玖路山くんは、騎馬戦の上の人の経験が豊富なのである。彼は目で周囲を威圧し、ばったばったと敵機をなぎ倒していた。相手を睨み付ける目、まさに鬼神のごとし。玖路山くんに狙われた生徒は目に見えて怯んでいた。

 玖路山くんはそれほど剛腕というわけでもないし、特に部活にも入っていなかったように思うのだが、圧勝だった。こういうのも性格が大事なのだろうか。


 勝敗が決した後、玖路山くんは馬たちと抱き合って喜んでいた。

 見ているこっちまで嬉しくなるような笑みを浮かべていた。よかったね、玖路山くん。



 亜美ちゃんはどの競技にも出ていなかった。グラウンドを見て回ったけれど、どこにもいなかった。



 そして、体育祭の最後の競技、その名もフォークダンス!

 これって競技なのか? いろいろ謎ではあるが、これも採点対象競技となっている。しかし全校生徒が合同で踊るので、全クラスにポイントが入るのである。つまり勝敗には何の影響もない。ほかの競技でぼろ負けしているゼロ点のクラスであっても、少なくともフォークダンスの点だけは入るという、逆に屈辱的な加点ポイントであった。


 男女で手と手を取り合って踊るフォークダンス、嬉し恥ずかしフォークダンス。みんな口では嫌だと言っているが、心底嫌だと言っている者は少ない。


 生徒たちが大きな輪をつくって並ぶと、すぐさま曲が流れてきた。生徒たちは誰かと踊ったと思えば、くるりと回って、今度は違う人と。そうやって次々と相手を変えていく。


 私は何人目かで玖路山くんと踊ることになった。

 手をつないで顔を見ようとしたら、見上げなければならなかった。

「もう私より背が高いんだね。昔は小さかったのに」

 私がそう言うと、「うるさいよ」とそっぽを向かれたが、ちょっと嬉しそうだった。

「あんたは変わんないね」

「そう?」

「ぜんぜん色気ないまま」

「色気って! そんなのお互い様だよ」

「僕は色気あるし」

「えー、どこが?」

 そんな軽口を叩いている間に、玖路山くんと別れるときがきた。手を離すとき、するりと手のひらが離れていったと思ったら、再び手が戻ってきて指先だけきゅっと握られた。まるで引き留めるように。一瞬どきっとしたけれど、きっと玖路山くんのイタズラだろうなと思い直した。


 続いて、亜美ちゃんと踊ることになった。


 ん? 亜美ちゃん?


 お互いの手をとって踊りつつ、「え、どういうこと? 何で男子のほうにいるの。というか今までどこにいたの?」と聞いたら、

「遅刻した。ちょっと事情があって男子側にしたんだよね」と言って、亜美ちゃんは私に吐息を吹きかけてきた。うっ、目に染みる。そしてどこか懐かしい刺激臭……。

「ニンニク臭がすごいよ~」

「そうなのよ。これで男子と踊るのはちょっとね」

「秘伝のニンニクの醤油漬けだっけ?」

「うん。食べたのは昨日の夜だから、今日はもう匂いは消えると思ってたんだけどなー。ちょっと食べ過ぎたのかも」

 気合いを入れるとき、亜美ちゃんはニンニクの醤油漬けを食べる。小学生のころからの習慣なのだ。遠足の日はいつも亜美ちゃんからほのかにニンニクの匂いがしたものだ。中学生になった今もまだ食べてるんだなって思って、ちょっと和んだ。


 パートナーチェンジとなり、亜美ちゃんはニンニクの匂いを振りまきながら次の人のところへと去っていった。


 そして、何度も何度も相手を変えて踊り続け、音楽が止まった。


 なんとフォークダンスが終ってしまったのだ。


 そんな! まだ村木くんと踊っていないのに。アンコール! アンコール! と思わず言いそうになったが、校長先生による締めの挨拶が始まってしまった。

「ええー、皆さん、そのままで聞いてください。本日はよく頑張りました。この後、成績の発表がありますが、点数の高いチームも低いチームも……」


 村木くんは今どの辺にいるんだろう。悲しい気持ちであたりをキョロキョロと見回したら、後ろのほう、ここから10メートルほどのところにいる村木くんと目が合った。ふわりと微笑んでくれた。あっ、笑顔がまぶしい! 笑顔につい浮かれて手を振ったりしちゃったけど、すぐに恥ずかしくなったのでやめた。それにしても村木くんと踊れるまでもう少しだったんだなあ。残念。


「えー、皆さんに怪我がなくですね、体育祭を終えられたことが大変すばらしく、これからも怪我やトラブルのない学校生活を……」


 校長先生、話が長いなあ……。


「……家の手伝いを一つでもいいからやってみる。そうすることで、責任感というものが……」


 もう運動やスポーツと関係ない話になっちゃってるし。




 こうして体育祭は終った。



 <つづく>

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