中3 まだ大人になれない
中3になった私は、髪を伸ばし始めた。
村木くんとの恋仲を密かに疑っている松本さんが髪の長い女の子で、なるほど、ああいうのが良いのだなと思った私は、ひそかに真似を始めたのであった。
私の癖のある髪は、これまではショートだからどうにかまとまっていたのだが、伸ばし始めたことにより四方八方に飛び跳ね、可愛い女の子というよりワイルドなジャングル女子という方向にシフトしつつあった。
毎朝、言うことを聞かない髪を結んだりピンでとめたりして、強情な髪をヘアアレンジでどうにかしようと悪戦苦闘し、そのため遅刻しそうになるのもしょっちゅうだった。
ある梅雨どきのこと。
湿気で爆発する頭を抑えるため、その日はサイドを編み込み、はねる前髪をピンでとめるというヘアスタイルで登校した。
午前は何事もなく過ぎた。
昼休み、私は急いでお昼を食べ終ると、ひとり部室に向かった。
演劇部で使うために陸上部からハードルを借りていたので、それを返却するためである。といってもハードルの出てくるお芝居をしたわけではない。大道具のハリボテの骨組みに使うため、古いハードルを借りていたのだ。
私はハードルを肩に担ぎ、廊下をさっそうと歩き、グラウンドの倉庫まで持って行った。ふう、任務終了。
それにしても今日は暑い。日差しで頭が焦げそうだ。梅雨とおりこして夏なんじゃないのってぐらい日差しが強かった。
校舎に戻ろうとしたら、玖路山くんが昇降口にいるのを見かけたので話しかけた。
「玖路山くん、何してるの」
「あんたがハードル担いで走ってるの見かけたから見物してた」
「あはは。もう、見てたんなら手伝ってよ」
「やだよ」
校舎に入ると、ひんやりと涼しく、さっきまでの日差しが嘘のようだ。
「きょうって日陰は涼しいけれど、日向は地獄のように暑いよ。なんだかハワイみたいだね、行ったことないけど」
「ハワイはもっとからっとしてる。こんなじめっとしてない」
そうなのか。イメージだけで適当に言ってしまった。
「行ってみたいなあ、ハワイ。いつか一緒に行こうよ、4人で」
「あんたと行くとスケジュールどおりの旅行にならない気がする。好き勝手行動するから」
「そんなことないよ。事前に予定を立てておけば、私だってちゃんとそのとおりに行動するよ!」
私が自由行動するのは自由行動のときだけなんだぜ!
そんな他愛もない話をして、お互いの教室に戻っていった。
問題は6限に起きた。
この日の6限は英語だったのだが、先生の急用で自習となり、先生不在の教室内は無法地帯となった。生徒たちは、友だちとしゃべったり漫画を読んだりして、自習する人なんてほとんどいなかった。一部のまじめな生徒を除いては。
私も英語の自習をすることにした。来年には受験もあることだし、苦手な英語の勉強はなるべくしておきたかった。
「あっ、辞書忘れた!」
私が思わずつぶやくと、前方の席で自習していたまじめ女子の倉敷さんが振り返り、
「辞書使う? 貸すよ」と声をかけてくれた。
「ありがとう、じゃあ、使うときが来たら遠慮なくお願いするね」
「オッケー」
倉敷さんは自習に戻った。私もノートを開く。
すると、
「ちょっとベルちゃんさあ、こっち来てくれる」
と声をかけられた。いつものオタク女子グループの子たち4人が教室の隅にかたまって、私を手招きしている。
「えっ、何?」
なんだかみんなの目が冷たいような気がするのだが、一体なにがあったのだろうか。
「最近ベルちゃん、調子乗ってるよね」
えっ。一体なんのことだろう。
「先生にもクラスのみんなにもいい顔してさ。八方美人なのむかつくんだよね」
「その上、髪型とかオシャレしはじめてさ。千葉さんたちみたいな着飾ることしか考えてないようなグループにすり寄っていく気なんでしょ」
「さっきは優等生の倉敷さんと楽しそうに話してたよね。どこのグループにもすり寄ってコウモリみたい」
「昼休みだって、部活の雑用とか言ってたけど、男子と楽しそうに話してたじゃん。私たちに嘘ついて男に会いに行くとか、どういうつもり? なんで本当のこと言ってくれないの?」
「よそと仲良くするなら、うちのグループにいる意味ないよね」
一斉にまくしたてるように責められて、私は言葉を失った。
沈黙する私に、みんながしびれを切らして問いかけてきた。
「どうするの?」
「どうするって……?」
「このままうちのグループにいるなら、ほかの生徒と仲良くするのやめてよ。そういうのって虫が良いんだから。ほかの生徒と仲良くしたいなら、うちから出て行って」
そんな……。急展開に頭がついていかない。ずっと友だちだと思っていたのに、みんなどうしてそんな怖い顔をしているの。
「ねえ、どうしてみんなと仲良くしたらだめなの?」
オタ女子たちは、顔を見合わせて、呆れたといわんばかりにため息をついた。
「もう子供じゃないんだからさ。わかるでしょ」
「わからないよ……。なんでダメなの」
「そういうのズルイっていうんだよ」
わからない。私はずるいんだろうか。
「みんなから好かれたいなんて間違ってるの。ベルちゃんが読んでた本にもそういうこと書いてあったでしょ」
「あれは誰からも好かれようと無理するなって話であって、自分から人付き合いの範囲を狭めろという意味じゃ……」
「もういいよ。ベルちゃんは八方美人をやめたくないんでしょ。じゃあ、もう私たちには話しかけないでね」
「待ってよ。そんなのいやだよ」
私は半泣きになっていた。オタクトークができなくなるのはつらい。教室でぼっちになるのもつらい。でも、それ以上に、私はみんなを友だちだって思ってたから、話しかけたらいけないなんて辛すぎる。
「じゃあ、もう八方美人はやめるよね? 他の子と仲良くしないって誓える?」
「それは……」
私は結論を出せなかった。
それからしばらくの間、ぼっちとして静かに生きることにした。オタクグループの子たちは冷ややかな視線を送ってきたが、特に何も言ってこなかった。
ほかのクラスメートとも距離をとった。
そして、ひとりになって自分はどうすべきか考え続けた。
考えて考えて、でも答えが出なくて、頭がオーバーヒートを起こした私は、ある日、無性に亜美ちゃんと話がしたくなった。だが、不良グループの亜美ちゃんとはあまり学校で会えないし、スマホの電話番号も知らない。亜美ちゃんと仲が良かった頃は、お互いまだスマホを持っていなかったから。
私は、亜美ちゃんの下駄箱に手紙を入れることにした。
手紙には、買ってもらったばかりのスマホの番号を書いておいた。
その日の夜、私のスマホに知らない番号から電話がかかってきた。
「もしもし、亜美ちゃん?」
「うん。久しぶり。どうしたの、手紙とか。ラブレターかと思ったらベルちゃんだし」
亜美ちゃんは、この3年近く話していなかったにもかかわらず、何事もなかったように話してくれた。なんだかじんわり涙が浮かんだ。
「あのね、急に亜美ちゃんとお話ししたいなって思ったんだ」
「え、こわい、何かの勧誘?」
「違うよ」
笑い合う。
「亜美ちゃん、最近どうしてる?」我ながらセンスのない会話だなあと思いつつ、そう尋ねた。
「んー、彼氏と別れた」
「そうなんだ……。太田くんだっけ」
亜美ちゃんは小学5年生のころから彼氏がいて、私たち4人と遊ぶとき以外は彼氏の太田くんと過ごすことが多かった。
「うん。なんかね、大事にされてない気がして」
「まさか浮気とか……」
だとしたら許せん。
「そういうんじゃないよ。ベルちゃんは単純なんだから」と亜美ちゃんは笑った。
「付き合いが長いせいかな。よくわかんないけど、ひどいこと言われることが増えてさ。冗談だからいいじゃんって、何でも言い合えるのは仲良い証拠じゃんって言われて、我慢してたら胸のちくちくが溜まっていって、限界が来て、もう無理ーってなったの」
「ふーん」
男女のすれ違いの話は未経験なのでよくわからないが、亜美ちゃんは私よりずっと先に進んでいる気がした。私の悩みがちっぽけに思えてくる。
<つづく>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます