中3 私は私の線を引く

「ベルちゃんは最近どうなの。彼氏できた?」

「それどころじゃないんだよ。今、クラスでぼっちなんだよ~」

 私は事情を話した。というか愚痴った。

「あー、そういうやつね」

 亜美ちゃんは特に驚かなかったようだ。

「まあ、八方美人が嫌われるのはあるよね」

「そうなんだ……」

「やっぱりさ、全員と仲良くってのはダメだよ」

 亜美ちゃんもそう思うのか。

「なんでダメなんだろう?」

「うーん、うまく説明できないけど。でも、八方美人を嫌う人もいるってことは認めないとね」

「……うん」

 いろんな考え方の人がいる。この年になり、それを少しずつ実感しつつあった。小学生のころは「嫌われる性格」って、もっと単純でみんな同じだったように思う。例えば長田くんみたいな性格の人をみんなは嫌っていた。ひどいことを平気で言う人。だけれど、中3にもなると、人によって好き嫌いの判断に違いが出てきたような感じはしていた。


「そもそもベルちゃんって、人からどう思われるとか気にせず自由に生きてるよね」

「えっ、みんなそうじゃないの?」

「違うよ。人から変に思われたくなくて、やりたいこともできないやつが多いよ。先生に媚を売る優等生とかそうじゃん。あと、無理して友達に話を合わせたりとかさ。そういうのみんなあるじゃん」

 ううーん。そうなのかなあ。

「亜美ちゃんもそうなの?」

「まあ、多少はね。面倒くさいけど、相手に合わせるのってお互い様なところもあるし。ベルちゃんと玖路山くんぐらいだよ、そういうのと無縁に生きてるの。二人って似てるから」

「ええー、似てるかな!?」

 ちっとも似てないと思う。

「人からバカにされても笑われても、自分を曲げない性格なのは一緒じゃん。そういうところが強気なんだよね。例えばベルちゃんって変わってるねって、天然狙ってるんでしょって言われたらどう? 変わってるアピールしてるよね~とか言われたらどうする?」

「別にどうもしない」

「そういうところだよ」

「ふーん」もしや私はそういう陰口を叩かれているのだろうか……。うーん、深く聞かないでおこう。

「私は、村木くんもそうだけど、人からどう思われるかとか結構気にするから、人と違ってるところを隠そうとするんだよね。そういうのダサイなってずっと思ってた」

 亜美ちゃんが? そして村木くんまで? そうだったの?

「でも、最近、人の目を気にするのも大事なんじゃないかなって思い始めたんだよね。自分を貫いて生きていくのはカッコイイけど、でも、それだけじゃ世の中通用しないかもって。誰からどう思われてもいいなんてガキっぽいよ。そろそろ卒業しないといけないんじゃない?」

 ガキか。そういえば、クラスの女子からもそんなこと言われたっけ。もう子供じゃないんだからって。

「ベルちゃんも、他人からどう思われるかーとか考えたほうがいいよ。大人になって社会で生きてくなら、そういうの大事だと思う。もちろん人の目ばっかり気にするのもダメだけど」


 なんだかいろいろと考えさせられる電話だった。


 人からどう思われるのか。相手にどんな気持ちを抱かせるのか。そういうのを考えられないうちはガキってことなのかな。



 あらためて考えてみる。

 オタクグループの友人たちは、私をどう思ったのか。

 彼女たちはどんな気持ちになったのか。


 考えたが、正直言ってよくわからなかった。



 ただ、一つだけわかったことはある。

 人と付き合うのは、自分の気持ちだけじゃだめなんだってこと。こんなの当たり前のことなんだけれど、いままで私はわかっていなかったのかもしれない。私って本当に自分の気持ちだけで生きてきたってことなんだろう。子供のように。


 誰かと一緒に過ごすなら、自分の要求だけ通すわけにはいかない。

 友だちの気持ちも考えなくっちゃ。



 でも、だからといって、自分を殺して相手に合わせるのも、ちょっと違うように思った。私の人生なんだから、自分で決めて生きて行かなきゃ、ねえ亜美ちゃん。



 友だちと自分の線引きは、自分でする。

 どこまで譲歩するか、何は譲れないのか、それを決めるのは私なんだ。




 翌日、私は学校でオタクグループの友だちに話しかけた。彼女たちは少し警戒するそぶりは見せたものの、オタクトークに付き合ってくれた。


 ほかのクラスメートとは、放課後に遊んだり一緒に勉強したりはしないようにした。ただ、雑談ぐらいはした。


 そして、オタクグループのみんなと親密な会話をするようになった。親のこととか好きな人のこととか進路のこととか。広く浅くの付き合いから、狭く深くの付き合いにシフトしていったのだ。これがいいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、私たちがともに時間を過ごす上で必要なことに思えた。


 あと、髪は伸ばすし、ヘアアレジメントも続けることにした。これは曲げられない。


 これが私の線引きだった。

 幸いなことに、オタクグループの友人たちは、私の線引きに異議を唱えることはなかった。




「最近、雰囲気が変わったね。何かあったの?」

 私がオタクグループに復帰してすぐの頃、校内清掃で出会った村木くんが私に話しかけてきた。彼と会話するのは半年ぶりぐらいだろうか。それも村木くんのほうから話しかけてくれるだなんて珍しい。夏だけど明日は雪でも降るんだろうか。


「髪が伸びたからかな? あと、いろいろ考えて知能がちょっとアップしたかも」

 人付き合いについて考えた結果、脳が活性化してIQがアップした可能性だってゼロじゃないだろう。ゲームでいうところのINT値(知力)が上がってるかもしれない。

「じゃあ、俺と同じ高校に行けそう?」

「そこまでは無理かな」

 残念だが、村木くんとは中学でお別れだろう。村木くんは地域で一番賢い高校に行くはずだ。私は中の中ぐらいの高校を目指す予定である。さらば片思いの恋……。

「よかったら俺が家庭教師しようか」

「えっ」

 えっ。


 えっっっ。


 急に話しかけてきたと思ったら、家庭教師ですと!?


「今日、家に行っていいかな?」

「えっ」

 えっ。


 えっっっ。



 嬉しい……けれども、なんだかモヤっとするものもある。なんだろう。自分で自分の感情をつかみかねた。



「わ、悪いからいいよ~」

 気づいたら断っていた。私よ、なぜ。


「そう。ごめん、余計なことだったね」

「全然! 嬉しかったよ」


 自分のモヤモヤが何なのか、そのときははっきりわからなかった。


<つづく>

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