中3 早咲きの菜の花
卒業も近い2月のある日。
オタ友たちと帰宅途中に、路上で何やらモメている集団と遭遇した。うちの女子生徒2人と大学生くらいの男性2人、その間に玖路山くんが立って男性を睨んでいた。
「えっ、どうしたんだろ……」私が思わずつぶやくと、オタ友たちは、
「あの人、玖路山くんでしょ」
「私たちはいいから、行ってあげなよ」
一時はもめたこともあったオタ友だが、腹を割っていろいろ話して友情が深まった結果、いまでは私の友人づきあいを尊重してくれている。
ただ、
「頑張ってね、応援してるから」
「やだ、本命は村木くんだよね」
「村木くんにフラれて、その次が玖路山くんなんでしょ」
ちょっと変な誤解をしているところは気になるなあ。まあ、いいんだけど。
「玖路山くん!」
私が駆け寄ると、玖路山くんが驚いたように目を見開いて、すぐに顔をしかめた。
「あんた、よくこの状況に入ってくる気になったな」
「えっ?」
見ると、女子生徒2人は怯えたようすで、大学生風の男2人はいらだっているように見えた。
「これってどういう状況なの?」
「見ればわかるだろ……」玖路山くんは、呆れたといった顔をした。
「なあ、この子にしとく?」と大学生A。
「そうだな。君が来てくれて助かったわ。じゃあ、行こっか」と大学生Bが私の肩をつかもうと手を伸ばしてきたが、それを玖路山くんがはねのけた。
「ふざけんな。中学生相手にロリコンかよ、おっさん」
「おまえは黙ってろよ」
「ねえ、どういう状況?」
私は女子2人に尋ねた。
「その人たちが……遊びに行こうって、声かけてきて……。断ってるのに追いかけてくるし、腕をつかんできて引っ張られて怖くて……」と怯えながらも説明してくれた。見たところまだ幼い感じがする。彼女たちはきっと1年生だろう。
「それで揉めてたら、彼が助けにきてくれたんです」もう一人のほうはしっかりした声で説明してくれた。
「なるほど。つまりナンパだね」
「そうそう、ただのナンパ」
「俺ら何も悪いことしてないし」
なんですと!?
「この子たちをこんなに怯えさせといて、悪いことした自覚ないの? 本気で言ってる? というかナンパ自体が迷惑行為ってわかってないの?」
男たちはイラっとした顔をした。
「もうそんなのどうでもいいからさ、俺たちとカラオケでも行こうよ」
「行くわけないだろ」玖路山くんが冷たく言い放つ。大学生AとBは無視して、私に近づこうとしたが、玖路山くんがさっと前に立ちふさがった。
「おまえさあ、女子にいい格好したいんだろうけど、そういうのいいから」
「童貞紳士ってやつだろ。だっさ」二人は何がおもしろいのか吹き出した。ただただ感じが悪い。
私は玖路山くんに尋ねることにした。この言い方で伝わるはずだと信じて。
「ねえ、どうする? この人たちって話が通じないみたいだけど」
ちらっと私を見てから、玖路山くんは「後ろの女子二人!」と叫んだ。
「えっ?」
「は、はい?」
「逃げろ。邪魔だ」
そう言われて、女子2人は走っていった。私は言外のメッセージが通じたのが嬉しくて、思わず笑みを浮かべた。にやり!
大学生Aが二人を追おうとしたので、私は両手を広げて通せんぼした。すると大学生Aは私の腕を掴もうとしてきたので、一歩下がってかわした。
「もう、しつこいな~」
玖路山くんが間に入ってきて立ち塞がった。背中に視界を遮られてしまったが、かわりに大学生からも私が見えにくいことだろう。
「わかってるよな?」
振り返らずに合図を送られた。女子二人はもう遠くまで逃げたはず。
「わかってるよ!」
私の返事を聞くなり、玖路山くんは踵を返した。私も同時に駆け出す。話の通じないナンパ男なんて、相手なんかせずにとっとと逃げ出すのが正解だ。背後から「おまえら……」とか何とか言っている声が聞こえたが、無視して全力で走り続けたら、すぐに聞こえなくなった。
走り続けて、はあはあと息が切れる。
玖路山くんが立ち止まって振り返った。私も立ち止まった。
「あいつら、着いてこなかったみたいだ」
私も振り返ってみた。ナンパ男どころか人っ子一人いない。夢中で走って、通学路から逸れてしまったようだ。きっと玖路山くんのことだから追っ手をまきやすいルートを選んだのだろう。そういうのは全面的に信頼している。
道に平行して寄り添うように、大きな川がゆったりと流れていた。その土手には早咲きの菜の花が群生しており、私たちが立っているガードレールの歩道側にも黄色い花がこぼれていた。
私たちは川を横に眺めながら歩き出した。
「それにしても玖路山くん、足が速くなったね」
一緒に走ってみたからわかったのだが、私より玖路山くんのほうが足が速いようだった。昔は私のほうが速かったのにな。なんか悔しい。
「は? 言うことがそれ? ほかにあるじゃん。ナンパから女子を守って素敵! とか」
「ああ、うん。でも、玖路山くんって警察官になりたいんでしょ?」
「そうだけど」
「警察官が人助けして褒められようなんて思ったらダメだよ~」
「いや、まだなってないし」
むくれ顔になったので、私は笑ってしまった。
「冗談だよ。よくやった、えらい!」
「全然褒められた気がしないんだけど」
「もう~。機嫌直して」
そう言いながらも、私は笑っていた。こんなふうに話しながらすぐ隣を歩くなんて、昔を思い出す。
そのとき、走って乱れたマフラーが地面につきそうになっているのに気づき、立ち止まった。合わせて玖路山くんも立ち止まる。私がマフラーを巻き直していたら、ふと玖路山くんが、
「なんか甘い香りがする」とつぶやいた。
「そう? 菜の花の香りかな」
私はガードレールに手をついて、菜の花に顔を寄せた。玖路山くんも隣に立って、同じようにした。
「うーん、うっすらと甘いような、そうでもないような?」
「ちょっと違う気がする。こういうんじゃなくて、もっと……」
「じゃあ、ほかの花かな」
私はあたりを見回した。どこかに梅の花なんかが咲いてないかな。
キョロキョロしていたら、ふと視線を感じたので振り向くと、玖路山くんが私を見ていた。
「あの、さ……」
「なに?」
「…………やっぱいい」
「えっ、なに? どうしたの」
「何でもないって」
「嘘。何か言おうとしてたよ」
「言おうとしたけど何の話だったか忘れた」
玖路山くんはおどけたように笑った。
「寒いし。もう帰ろ」
「う、うん……」
なんだか無理して笑っているように見えたけれど、きっと言いたくないのだろうから、無理に聞き出すようなことはしなかった。
そして3月になり、私たちは中学を卒業した。
村木くんと玖路山くんはこのあたりで一番偏差値の高い高校へ進学した。
私は偏差値だけで言うなら上から2番目の高校に受かった。もともとは中の中を狙っていたのだが、受験勉強を頑張って3年終盤で追い上げたのだ。とはいえ、さすがに村木くんたちと同じ高校は無理だった。
でも玖路山くんは塾に行ってたし、それに比べて独学プラス部活もやってて上から2番目の自分すごくない? と内心ではちょっと自慢だったり。ただ塾に行かずに部活もやってた村木くんには完敗だが。やっぱり性格がまじめなのが人生では強いのかもしれない。
私としては、高校が別になったことで村木くんのことを忘れられるんじゃないかって、それなら高校別も悪くないなっていう気がしている。そのくせ髪を伸ばして、村木くんの気を引こうと考えているあたり、自分でも矛盾しているなあと思う。忘れたいのに忘れられないから矛盾したことをしてしまうのかも。
亜美ちゃんはどこの高校へ行ったのかわからない。亜美ちゃんとは一時期距離が縮まった気がしたが、中学卒業あたりから再び疎遠になっていった。というか、避けられるようになってしまっていた。一度電話してみたのだけれど、亜美ちゃんは電話に出なかった。折り返しもかかってこなくて、それっきりになってしまった。
<つづく>
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