高1 その結果

 服を着替えて、化粧を落として遊園地を出ると、スタッフ通用口前に村木くんが立っていた。


 私は手を振って、

「お、おまたせ~」

 なんて言ってみたが、村木くんは手を上げ返してくれたものの、

「この近くに公園があるから、そこに行こうか」

 と速攻で尋問会場、じゃなかった公園へ私を連れていった。



 公園の外灯のした、頬を両手で挟み込むようにされて、上向かされた。

 すぐ目の前に村木くんの顔がせまる。

「で、これはどうしたの?」

 ダークサイド村木の圧を感じる口調でそう聞かれて、私は思わず、

「体育の授業でボクシングがあって」と口走っていた。

「嘘だよね」

 まあ、これを信じるのはうちの親ぐらいだろう。

「桃子と何があった?」

「た……」

「た……?」

「タイマンしました……」

「……」

 村木くんの両手がすっと離れ、今度は村木くん自身の顔を覆った。

「あの、勝ったから」

 大事なことなので伝えておいた。勝った。これ大事。

「桃子さんには村木くんに手を出さないって約束してもらったから」

 村木くんは何も言わない。引かれてしまったのだろうか。男をめぐってタイマンとかちょっと重いよね。

「あの、村木くん……?」

 村木くんは手をどけてため息をついて、私を見た。その顔を見て、私は胸がずきりと痛んだ。だってとても悲しそうな顔をしていたから。

「俺は自分が情けない」

 予想外の反応をした村木くんを前にして、私は固まってしまった。

「桃子とケリをつけるまでは鐘山さんに気持ちを伝えるべきじゃなかったんだ。それなのに焦ってしまった」

 村木くんは顔を背けた。

「こんなことさせるために告白したわけじゃない」

 絞り出したようなかすれた声だった。

「私が勝手にタイマンしただけだし、村木くんのせいじゃないよ」

 私が一歩前に出てそう言うと、村木くんは後ずさった。

「ごめん」

「村木くん……」

「もう帰ろう。送っていくよ」

「うん……」



 別れ際、村木くんがぽつりとつぶやいた。

「心に正直に生きるのと、欲望に正直に生きるのは違う、か……」



 ――

 強い秋風に落ち葉が舞う朝、とぼとぼと登校しながら、ため息をついた。


 あれ以来、村木くんが変な気がするのだ。電話はしてくれるけれど、今までとちょっとトーンが違うというか、昔の村木くんに戻ったような感じ。つまり仮面を被っている。本心で私に接してくれていない気がするのだ。


 昨夜の電話を思い出す。


「鐘山さん、今いいかな」

「うん、平気だよ」

「今日はバイトの日だったよね」

「そうだよ。良い天気だったからお客さんが多かった。行楽シーズンだしね」

「それじゃ大忙しだっただろうね。お疲れさま」

 当たり障りのない言葉が虚しく響く。耐えきれず、自分から話を振る。

「あの……村木くん、あのね……」

「……ん? どうしたの」

 優しい、優しい声。なのに、どこか遠い。

「き……」

 嫌いになった? 私のこと。思わずそう言いかけて、我に返った。いやいや、何を言おうとしているのだ自分は。めっちゃ重いよ、私。そんなこと言ったらますます嫌われちゃうよ。違うことを言わなきゃ。

「き……、金曜日に、あの……お部屋デートしない?」

 強引に金曜日に持っていった。もともとお部屋デートの話もしたかったし。村木くんは随分と楽しみにしていたみたいだから、それを話題に出すことで喜んでほしいという気持ちもあった。

「ああ、それだけど、ちょっと延期してもらっていいかな」

「えっ……、あ、そうなんだ、そっか、わかった……」

 そっか。あんなに乗り気だったのに、今は延期したいんだ。なんだか、なんだか……涙がじんわりあふれてきた。

「見せたいものがあったんだけど、そんなに急がなくていいよ。それに、万が一、俺が暴走するかもっていう危険もあるし」

「そ、そっか」

 涙声を隠すのに必死で、村木くんが何を言っているのかよくわからず相づちを打った。は、鼻水が出てきたっ。ティッシュどこっ。

「そろそろ遅いし、もう寝たほうがいいね」

「うん……」

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

 渾身の演技により、普通っぽくおやすみって言えた、と思う。



 はあああああああ!


 私は電柱にもたれかかって、思いっきりため息をついた。

 ああ、北風に吹かれて落ち葉が舞っているわ。木と離ればなれになった葉っぱはどこへ行こうというのかしら。どこに行ったところで朽ち果てるだけなのにね、ふっ。

 寒い。心が寒いわ……。

「ベルちゃん、何やってるの?」

 肩をぽんと叩かれて、振り向いたら凛兎ちゃんが不思議そうに私を見ていた。

「秋風が失恋の気配を運んで来るのよ、お嬢さん」

「えっ、どうしたの、大丈夫? なんかおかしなことを口走ってるよ?」

 はい、自覚はあります。

「何があったのかしらないけど、話、聞こうか?」

「凛兎ちゃん~」

 私は凛兎ちゃんに抱きついた。

「そのかわり焼き鳥おごって」

「おごるおごる。一番高い牛タン串だっておごるよ~」

 そのくらい安いものだ。



 放課後、私は凛兎ちゃんとともに駅前のスーパーに来ていた。ここの駐車場の一角に焼き鳥のテイクアウト専門店が販売所を建てており、肉好きな凛兎ちゃんとはよく焼き鳥を買い食いしているのだ。

「おじさん、牛タン串2本ください」

「ここで食ってく?」

 頷いた私に、焼き鳥屋のおじさんは串2本をそのまま手渡した。


 私は駐車場を横切り、スーパーの前に設置されたベンチに座る凛兎ちゃんに1本渡した。

「はい、牛タンだよ」

「わあ、本当に牛タン買ってくれたんだ」

 凛兎ちゃんは嬉しそうに受け取った。

「牛タンおごっちゃうぐらい大変な話なの?」

 さっそく牛タンに食らいつきながら、凛兎ちゃんが私に尋ねてきた。

「私にとってはそうかも」

 私も隣に腰掛けて牛タンにかぶりつく。美味しいなあ。やっぱり牛は特別感がある……。


 牛タン串を半分ほど食べ終えたところで、私は話し始めた。

「私ね、片思いしてる人がいたの」

「過去形?」

「うーん、どう説明したらいいのかな。小学生のころから好きな人がいて、でも片思いで。だけど、高校生になったら急にその人が私を好きって言ってくれて、でも信じられなくて」

 凛兎ちゃんは黙って聞いてくれている。

「それで、付き合う手前ぐらいな感じになったんだけど、私が変なことしたせいで、嫌われちゃったのかもしれなくて落ち込んでるんだ」

「変なことって何したの」

「うー、えっと、内緒」

 さすがにタイマンは言いづらい。

「それって悪いこと?」

 悪いかって言われたら悪いのかな。きっと法的には違法だろうし、悪いことかも。

「浮気とか携帯を覗き見たとか、そういうやつかな」

「そ、そういうんじゃないよ! えっと、はしたないというか、お転婆が過ぎるというか、そういう感じ」

「ああ、幻滅させるようなことしたってことか」

「うう、はい……」

 そうか、幻滅っていうのか、こういうの。

「それってベルちゃんらしいこと、それともベルちゃんらしくないこと?」

 神社で男をめぐって殴り合い。私らしい……か?

「どっちかっていうと、強いて言うなら私らしい、かもしれない……」

「じゃあ、その彼とは相性が悪いんだよ。諦めたほうがいいよ」

「えっ!」

 そんなあっさり結論って出るもんなの!?

「ベルちゃんらしさに幻滅するような人と付き合ったら、嫌われるかもって、だから自分らしくなったらダメだって、ベルちゃんがそういうふうになっちゃうんじゃないかな」

 な、なるほど……。

「それって苦しそうだし、辛そう」

「そう……だね」

 確かに凛兎ちゃんの言うとおりの状態に私はなりつつあった。村木くんから嫌われないようにするにはどうしたらいいんだろうって、そんなことばかり考えて、苦しくなっていた。

 髪を長くして、おしゃれして、可愛くしたら、もしかしたら振り向いてくれるかも……。そんな気持ちで無理しようとしてもダメなのかな。でも、自分らしさを消してでも村木くんから好かれたかったのは嘘偽りない自分の本心でもあるわけで。

「うう、どうしたらいいの……」

 私は残りの牛タンをわっしわっしと口に詰め込んだ。

「簡単だよ」

「ふぇっ」

 へっ? こんな難しい問題が簡単なの?

「その人はやめて、一緒にいて自分のことが好きになる人を探したらいいよ」

「……えっと、どういうこと?」

 恋愛偏差値が低いのでよくわからない。

「自分の信じる生き方のままで、一緒に歩いて行ける人がいいってこと。一緒にいても自分らしさを消す必要がない相手、思いつかない? もちろん自分だけじゃなくて、相手の相手らしさを大事にしたいって思えるような人」


 そんなの。


 そんなのって玖路山くんしか思い浮かばない。



 それにしても。

「凛兎ちゃんはすごいね。言うことが大人って感じ」

「えへへ、実はこれってお母さんからの受け売りなんだ」

「なんだ、もう~。そっか、そうだったんだ」

 凛兎ちゃんの両親は離婚していて、凛兎ちゃんはお父さんと暮らしているが、本当はお母さんと一緒に暮らしたかったらしい。離れて暮らしていても、凛兎ちゃんは頻繁にお母さんと会っているようだ。

「うちのお母さん、だめな男によく引っかかるんだけど、その結果辿りついた答えらしいよ」

 だめな男ってのに凛兎ちゃんのお父さんも含まれるのだろうか……。


<つづく>

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