高1 星とユニコーン
学校帰り、亜美ちゃんと会うことになった。
急に会って話したいだなんて、どういう風の吹き回しだろう。でも嬉しくて、私は待ち合わせ場所のマックまで急いだ。
お店の入り口に亜美ちゃんが立っていた。見たことのない制服を着ている。どこの学校なんだろう? まあ、そんなことはどうでもいい。
「亜美ちゃん、久しぶり!」
「ベルちゃん!」
カウンターでそれぞれ飲み物を注文して、窓際の席にいく。
小学生のころ、亜美ちゃんと出かけるときのお馴染みのパターン。
「で、早速なんだけど、その顔どした?」
亜美ちゃんからそう問われて、私は正直に打ち明けた。
「元カノとタイマンとか修羅場くぐってんね」
「う、うん……」
いまいち修羅場感はないような気がするけれども。桃子さんがエキセントリックすぎてシリアスになれないというか。
「このことは内緒にしてね。誰にも言わないで。特に村木くんには言わないでほしい」
「いいけど。でも、桃子ってやつがアザだらけで登校したらバレるんじゃない?」
「あっ、それは考えてなかった。どうしよう」
私だけ内緒にしても、桃子さんがバラしたら意味がないのだ。
「も~。詰めが甘い。だから顔にアザはだめだって。喧嘩したのバレるじゃん」
「師匠、すみません。でも桃子さんを倒すには顔を狙うしかなかったんです」
「あと、元カノをさん付けとかやめなよ。呼び捨てで十分」
そういうところ、亜美ちゃんらしいなあ。
「で? 村木くんとは付き合うの?」
「……まだわからない」
自分でも妙にこだわっている気がするが、大事な人だから、後悔のない選択をしたい。自分の心に背かないように。
「も~。うじうじ考えすぎ。すぱっと決めたらいいのに」
私は何だか笑ってしまった。
「亜美ちゃんだけだよ」
「何がよ」
「いつも私に本音で接してくれる人」
亜美ちゃんは急に黙ってしまった。私、変なこと言ったかな。あっ、重い? 私って重いこと言ったかも。
「あのね、ベルちゃん」
「う、うん」
亜美ちゃんが大事なことを言おうとしているのがわかった。
「私、ずっとベルちゃんのこと避けてた」
「……」
「だって、本音で接することができないから、嘘をついてしまいそうになるから」
どういうことなんだろう。私は黙って耳を傾け続けた。
「中学に入ってから、あまり話さなくなったよね。あの頃、私のお母さんが刑務所に入っちゃったんだ」
さらっとそんなことを言っているけれど、ストローを持つ亜美ちゃんの指先が少し震えているのに気づいた。
「そんなこと知られたくなくて、でも、嘘をつくのもできなくて。そんなときに似たような家庭環境の子たちと知り合って、そっちと仲良くしてた」
「うん……」
「で、高校に入ってからは、別のことが恥ずかしくって。ほら、この制服、見たことないでしょ」
私は頷いた。
「私、中学でやさぐれてたから勉強も全然しなくて、どこも高校受からなかった。それで通信制の高校で誰でも入れるところを見つけて、そこに通ってるんだ。通ってるっていうか、学校に行くのはスクーリングの日だけなんだけど」
そこまで一気に言って、亜美ちゃんはふーっと深くため息をついた。
「ベルちゃんにカッコ悪いところ見せたくなくて逃げてた。どこの高校? って聞かれたらどうしようって、ずっと怯えてた」
「それなのに、今日は会ってくれたんだね。とても嬉しい」
「実を言うと村木くんに頼まれたんだよね。本当は高校卒業まで逃げる気まんまんだったよ」
「そこは本音を言わなくてよかったのでは」
お互い顔を見合わせて笑った。
その翌日はバイトの日だった。夕方から夜までのシフトだ。
顔のアザについては、かえってデアデビルに似合うんじゃないかとバイトリーダーに提案したのだが、「お客さんが引くからNG」と言われてしまった。
それで、ショーやパレードに出演しているダンサーの人たちが使う化粧道具をお借りして、アザを隠す化粧をすることになった。使い勝手もわからず適当に塗っていたら、かなりの厚化粧となってしまった。どうしよう……と鏡の前で震えていたら、ダンサーのお姉さんがご親切に「薄化粧に見える厚化粧」に仕上げてくれた。そして顔に似合うようヘアメイクまでやってくださった。ゆるく三つ編みにして、前髪をふんわりとさせてスプレーで固めたスタイルだ。ありがとうございます……っ!
そうすると、今度はデアデビルの制服が似合わないということで、別アトラクションにまわされてしまった。アザが消えるまで、私はメルヘンなユニコーンのメリーゴーランドを担当することになり、水色のワンピースまで着せられてしまった。こちらはこれが制服なのだ。デアデビルはツナギっていうか特攻服っぽいのに。
仕事自体はデアデビルと大差なかったので、すぐ馴染めたのでほっとした。たまに「地獄へ行きたいか?」とお子様に言いかけたりはした。
日も落ちて、園内ではナイトパレードが始まった。
ユニコーンのメリーゴーランドもがら空きとなった。しかし、たまに乗りに来るお客様もいらっしゃるから、一応クルーは常駐することになっていた。
何もすることがなくて手持ちぶさたで、遠くに煌めくナイトパレードをぼんやり眺めていたら、「鐘山さん?」と声をかけられた。
聞き覚えのある声、決して忘れない声がしたほうを振り返ると、
「村木くん……」
薄手のコートをはためかせながら、村木くんが駆け寄ってきた。
「デアデビルのところにいるのかと思ったんだけど、スタッフの人に聞いたらここだって」
「うん、ちょっと事情があってね。えっと、村木くんはどうして遊園地に?」
「亜美ちゃんが鐘山さんに会ったって聞いて、特に変わったところはなかった、いつもどおりだったって彼女は言っていたけど、どうも嘘をついている気配がしたから心配で。嫌われる覚悟で見にきたよ」
なんてこった。村木くんは亜美ちゃんの嘘も見抜けるのか。
「全然いつもどおりじゃないね。すごく変わった」
村木くんは微笑んでくれた。昔みたいに優しく。
「あっ、メイクしてるから……」
「すごく可愛い」
恥ずかしくて俯いてしまう。そのとき、視線を感じて振り返ると、メリーゴーランドのクルーたちが慌てて目をそらした。み、見られている。この時間はみんな暇だもん、そりゃ見ますよね。
「村木くん、あと30分くらいでバイトが終るから待っててくれる?」
「わかった。レンガ道のほうにいるよ」
村木くんがレンガの小道に向かうのを見て、ほかのクルーが寄ってきた。
「あれ彼氏でしょ?」
「今日はもう上がって良いよ。どうせお客さんも大して来ないし」
急な配置換えで迷惑をかけているだけでも申しわけないのに、さらにご迷惑をおかけしては……と遠慮したが、いいからいいからと押し切られてしまった。私はお礼を言って、村木くんの後を追った。
園内には人工の小川が流れており、その川に沿って作られたレンガの小道はライトアップされていた。あたりには誰もいない。みんなナイトパレードを見にいったのだろう。
静かな小道を、村木くんと並んで歩いた。
村木くんは何も言わずに手を握ってきたので、私もそっと握り返した。
何か言わないといけないことがたくさんあった気がするのだが、何も言葉が出てこない。
「好きだよ」
ふいに言われて。
次の瞬間、村木くんに抱きしめられていた。村木くんの胸に耳を押しつける格好となり、鼓動が聞こえてきた。どきどきしてる。なんだか嬉しいようなくすぐったいような気持ちで胸がいっぱいになった。
ゆっくりと村木くんの顔が近づいてきて、すぐ手前でとまった。顔を凝視されているような……。これはもしや。
「顔どうしたの? アザ?」
気づかれたー! 私は勢いよく村木くんから離れた。
「あ、あああの、えっと」
タイマンしたことがバレてしまう。ボクシングにはまっているって言ったら信じるかな。まあ無理だろうな!
「詳しく聞かせてもらおうか」
「はい……」
<つづく>
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