高1 神社でタイマン

 夜8時の神社の境内。

 私と桃子さんはにらみ合って立っていた。

 うちの家でタイマンの約束を取りつけた後、一旦解散した私たちは、約束の時刻となり再び対峙していた。


 これから決闘が行われる。

 ルールは簡単。地面に倒れたり、両手をついたら負け。

「負けたほうが村木くんから手を引くんだよ」と私が言うと、桃子さんは視線で返事した。言われなくてもわかっている、強いまなざしがそう語っていた。


 立ち会いは桃子さんのお連れの男性。たしかナオとか呼ばれていた人である。


 ナオが「本当にやるのかよ」と私たちに問いかけてきた。

 無言で頷く桃子さん。拳を突き上げる私。


「……じゃあ、いくぞ。3、2、1、スタート!」


 こういうのは先制こそ力だ。

 私はまっすぐに桃子さんめがけて突進し、そのまま勢いに乗せて右の拳を突き出す。狙うは桃子さんの鼻だ。ここに振動を食らわすのだ。

 拳は当たったが、桃子さんは身をひねったため、頬骨を打つことになった。大した打撃にならなかった。くそっ。


 その隙を逃さず、桃子さんが蹴りを入れてきた。腰、それからすねを蹴られたが、細い足ではさほどのダメージではない。そもそも蹴る場所が「そこじゃない」って感じ。予想どおり桃子さんは喧嘩慣れしていない。そういう私も喧嘩は小学校以来だからすっかり鈍っている。これは良い勝負になりそうだ。私は笑みを浮かべた。


 私は桃子さんの肩と上腕をつかんで一旦引き寄せてから、回転させるような形で投げ飛ばした。よろめいた桃子さんの脇に蹴りをかました。


 そのまま地面へ押し倒そうとしたが、桃子さんは機敏に避け、今度はあやうく私が地面に手をつきそうになった。あわててバランスをとっていたら、頬をグーで殴られた。そのまま2撃、3撃と食らって目がちかちかした。


 私はさっと腰を低くして、すぐさま桃子さんにタックルした。腰をしっかりつかんで、足首に力を入れ、横投げにする。桃子さんは体を丸めて横に回転し、片手をついた状態で着地した。


 私は桃子さんを睨んだ。

「結構粘るね……」

「はっ!」

 今度は桃子さんが飛びかかってきた。

 かわすか、攻めるか、あるいは組むか。とっさの判断で全てが決まる。


 私は攻める。それ以外に何がある。


 のど元めがけて手を伸ばしてきた桃子さんの頬にパンチをぶち込んだ。わずかな腕の長さの差が私に有利に働いた。

 桃子さんはよろりと後ろに一歩下がった。その瞬間、私は桃子さんに飛びつき、そのまま地面に押し倒した。


「し、勝者、鐘山!」

「やったー!!!」

 私、勝ったよ亜美ちゃん!

 ヤンキー流武術の師匠である亜美ちゃんに心の中でお礼を言う私だった。


 桃子さんの上からどいて、私は立ち上がった。

「もう村木くんに手を出さないで」

 私がそう言うと、桃子さんは仰向けに倒れたまま笑い始めた。

「あはは……。なんなの、これ。決闘して男を取り合うとか、本当に頭おかしい……は……ふふ、あはは」


 それから、私はナオに向き合った。

「最後に聞いておきたいんだけど、あなたも桃子さんの彼氏なの?」

「ああ」

「そうなんだ……。じゃあ、しっかり見張っておいてね」

「わかってる」


 そして、私は神社をあとにした。


 興奮がさめてくると、打撲の痛みが襲いかかってきた。熱を持ち始めた頬をさすりながら、親にどう言い訳しようかなと考えていた。

 体育の授業でボクシングをした……、どうかなあ。信じるかな?




 夜の電話で、私は意気揚々と村木くんに報告した。

「村木くん、私、勝ちました」

「……なんだろう、あまり聞きたくない気がするけど、一体何に勝ったの?」

「桃子さんに勝った」

「……」

 しばし沈黙する村木くん。

「……もしもし?」

「もしかしてとっくみあいの喧嘩した?」

 ずばりと聞いてくる。さすが。

「してないよ。桃子さんを説得したら、もう村木くんのことは諦めるって言ってた」

 一応嘘をついておく。神社でタイマンしたとか知られたら乙女として恥ずかしいし。引かれても困るし。

「桃子を説得……。ねえ、今から会いにいっていい?」

「えっ、だめ。もう夜遅いし」

「顔を見るだけ」

「だめ」

 顔のアザを見られるわけにはいかない。ちなみに両親はボクシングをしたという言い訳を信じた。大丈夫だろうか、うちの親。

「じゃあ、明日会いにいくね」

「それもちょっと。最近忙しくて。バイトもあるし」

「ふーん。放課後に迎えに行くから」

「あの、あの村木くん、あの、無理なの、ほんとごめん」

「じゃあ、いつなら会えそう?」

「う、うーん。1週間、いや10日後ぐらいかなあ」

 10日もあればアザは完璧に消えるはずだ。

「それじゃあ、10日後に俺の部屋でデートしようよ。見せたいものもあるし」

「えっ、それは……」

 部屋に行くのってちょっとどうだろう。まだ付き合ってないのに。

「明日、会いにいっていい?」

「お、お部屋デートがいいな!」

 ついそう返事してしまった。


 電話を切って、私は頭を抱えてのたうちまわった。

 これまでも会おうという誘いをのらりくらりとかわしてきたが、とうとうこの時が訪れた。


 10日後、村木くんと付き合うかどうか、答えを出すのだ。


<つづく>

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