高1 文化祭

 10月になり文化祭の準備が始まった。


 文化祭ってクラスごとに何をやるのか決めるものだと思っていたが、うちは違った。

 先生ごとに出し物があって、生徒は名簿から勝手にピックアップされて、それぞれの先生の下につくという、よくわからないシステムだった。

 実は運動会もこのシステムで、クラスメートが敵と味方に分かれるという複雑な形式をとっていた。しかし、そのおかげで誰かが運動会でミスしても、その後にクラスの中で険悪になったりしなかった。そもそもチームが違うわけだし。謎のメンバー編成は、クラスが平和になるためのアイデアなのかもしれなかった。


「ベルちゃんはどの先生? 何をするの?」

 凛兎ちゃんからそう問われて、

「私は坂本先生の配下になったよ。クッキー生地を混ぜる係なんだ」と答えた。

 生地を混ぜる係のほかには材料を計量する係、焼く係、できたクッキーを袋詰めする係、売る係といったぐあいで、それぞれ勝手に坂本先生から任命されていた。

「わあ、いいなあ」

 いいかなあ? ちなみに坂本先生は女性だ。シャーペン突き刺し事件があったから、学校が配慮してくれたのかもしれない。その点はよかったかも。

「凛兎ちゃんは何?」

「私は宮本先生。ビー玉を冷やす係」

「ビー玉を冷やしてどうするの?」

「さあ?」

 宮本先生は化学の先生だから、何か理系の実験にでも使うのだろうか。


 そんなわけで、ただ先生のお手伝いをするイベントでしかない文化祭の準備はさほど盛り上がらなかったのだが、いざ文化祭が近づいてくると、生徒たちはどことなくそわそわし始め、学校全体が落ち着かない空気に包まれた。



 私は、思い切って亜美ちゃんに電話してみた。

 しかし、出てもらえなかったので伝言を残した。

「今度、うちの学校で文化祭があるんだ。私クッキーつくるから、もし時間があったら遊びに来てね」

 ふう……。伝言を残すなんて、ちょっとしつこいかな、私。




 文化祭当日。


 私の仕事であるクッキー生地は前日にすべて混ぜ終えていたため、当日は焼く係と袋詰めする係と売る係が忙しそうに働いていた。計量係と混ぜ係は当日はフリーである。

 坂本先生ご自慢のレシピのクッキーは人気らしく、売り場に並べた先から売れていった。というか順番待ちの列ができるほど大盛況だった。

 私たち生徒は今朝、焼きたてのクッキーを何袋かもらっていたが(なんという役得。クッキー係で良かった)、そうでなかったら一枚だって食べることができなかったに違いない。こんなに人気だなんて、食べてみるのが楽しみだ。


 やることのない私は、友人たちの出し物を見に行くことにした。

 凛兎ちゃんのいる化学室では、ビー玉つくり体験というのをやっていた。

「凛兎ちゃん! ビー玉冷やしてる?」

「冷やしてるよ~。ベルちゃんもやっていく?」

 化学室では、小中学生ぐらいの子供たちが大勢つめかけ、細いガラス管を火であぶって溶かして遊んでいた。それでできたビー玉を冷却させるのが凛兎ちゃんの仕事のようだった。

 なんだか面白そう。私も一つやらせてもらうことにした。

「どれでも好きなガラスをどうぞ」

 そういって差し出されたガラス管の中から、私は水色の管を選んだ。

「じゃあ、今からあぶるね」

 火にさらされたガラス管はみるみるうちに溶け出し、線香花火のように丸まって氷水に落ちた。ピキンっという綺麗な音が響いた。

「今の何?」

「ガラスにひびが入った音だよ」

 凛兎ちゃんは氷水の中に手を入れ、水色のビー玉をすくい、私に手渡してくれた。生まれたばかりのビー玉を透かして見ると、たくさんの小さなヒビが入っている。

「急に冷却すると、そういうヒビが入るの。でも、割れたりしないから心配いらないよ」

「へえ~。ヒビが光を反射してる。綺麗だね」

 キラキラしている。場所によって青が濃い部分や透明な部分もあって、とても綺麗。なんとなく玖路山くんっぽいなと思った。傷があっても濃淡があっても輝く強さが。

「あー、だめだめ、お一人様1個だけですよ」

 凛兎ちゃんは、2個目のビー玉をつくろうとしている子供に注意しにいった。子供が多いから大変そう。近くにいた男子生徒が凛兎ちゃんに何かささやいて、二人で笑いあった。あれが彼氏かな。私の知らない人だなあ。たしか上級生なんだっけ。

「ベルちゃん、この人、あの……」

 やっぱりか。

「こんにちは。鐘山っていいます。凛兎ちゃんと同じクラスです」

 私は頭を下げた。

「こんにちは。その、彼氏です」

 彼もお辞儀した。

 こういうときって何の話をすれば。変なこと言ってもあれだしなあ。変に馴れ馴れしくしても凛兎ちゃんに悪いし。結局あたりさわりのない雑談をして、私は凛兎ちゃんにクッキーを渡すと、さっさと退散することにした。


 ほかにも音楽教師の配下になった友人の合唱を聞いたり、新任の美術教師の配下になった友人の似顔絵教室に参加したりして過ごした。行く先々でクッキーを配ったので、手持ちのクッキーも残りわずかとなった。


 亜美ちゃんから連絡はなかった。もう連絡しないほうがいいのかな……。




 そろそろ帰ろうかなあなんて思いつつ、廊下を歩いていたら、

「待って」

 聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

「玖路山くん!」

 振り返ると、そこに玖路山くんが立っていた。今日はジャケットを羽織っているせいだろうか、ちょっと大人っぽく見えた。玖路山くんは制服より私服のほうが似合う。

「文化祭を見に来てくれたの?」

「うん。あんたのクラスの出し物って何?」

「クラスの出し物はないんだよ。私はクッキー混ぜ係だけど」

 玖路山くんは不思議そうな顔をした。うーん、こんな説明じゃ他校の生徒にはわからないよね。

 どう説明したら……と考えていたら、玖路山くんが

「今から時間ある? ちょっと話したい」と言うので、私は学校の中庭にあるベンチに玖路山くんを連れていった。

 ここはいつも談笑している生徒でいっぱいなのだが、今日は人はいない。みんな出し物で忙しいのだろう。ここならゆっくり話ができそうだ。

 私は鞄からクッキーを取り出すと、袋を開けて、玖路山くんにすすめた。

「これ、生地を私が混ぜたんだ。食べてみようよ」

「クッキー混ぜ係ってやつ?」

 玖路山くんはクッキーを1枚とった。

「そう」

 私も1枚とって、食べてみた。さくっとした歯触りと、ほろほろと崩れるような口溶け、バターの香りが豊かで甘さもちょうどよい。なるほど、これは人気なわけだ。

「美味しい」

「本当だね。美味しい。びっくりした」

 玖路山くんは笑った。

「自分で作っておいて?」

「これは私がつくったと言っていいのかなあ」

 混ぜただけだし。


 クッキーを食べ終えると、玖路山くんは自販機で飲み物を買ってくれるというので、レモンティーを頼んだ。

「はい、クッキーのお礼」

「ありがとう」

 玖路山くんはこういうところは律儀だよなあ。私は笑顔でレモンティーを受け取った。玖路山くんもレモンティーを持って、再びベンチに腰を下ろした。

「もう一度、ちゃんと聞いておきたくて」

 玖路山くんはそう切り出してきた。

「村木と付き合ってるのか?」

 私はため息をついた。

「わかんないんだよねえ……」

「どういうこと?」

「村木くん、私のことを好きだって言うんだけど変だと思うんだよ。中学の時はあからさまに私を避けていたのに。高校に入って会えなくなって、それで急に好きになるとかあり得る?」

「……それ、僕のせいかも」

「えっ、どういうこと?」

「……それは……やっぱ言えない」

「ええっ?」

「言えないけど、村木は本当にあんたのことがずっと好きだったんだと思う。隠してただけで」

 わけがわからない。

「なんで隠してたの」

「言えない」

 らちが明かない。けど、玖路山くんが言いたくないことを無理に聞き出すつもりはない。

「はあ……」

 またため息をついてしまう。レモンティーを一口飲んで、考えていたことをぶつけてみた。

「村木くんって、最近ちょっと性格変わったような気がしない?」

「する」

「だよね。どういう心境の変化なのかな」

 もう仮面を脱ぐと本人は言っていたけれど。

「わからない。村木って昔から何を考えてるのか読めないところがあったから」

 玖路山くんもため息をつく。そう……だったんだ。

「学校でもあまり村木と話をしないんだ。あいつはあいつで友だちができたみたいだし、僕も僕で付き合いがあるし」

「そっか」

「でも、僕たちが友だちなのは変わらない」

「うん」

 良かった。玖路山くんがそう思ってくれていることが嬉しい。

「あんたもだから」

「え?」

「友だちなのは変わらないから。あんたも亜美も村木も」

「……うん」

 なんだか泣きそう。

「それで、話は戻るけど、村木が本当にあんたのこと好きだとしたらどうするの」

 じーんとしていたところに核心を突く質問をされて、息がとまる。

「付き合う?」

「わかんないんだよねえ……」

「またそれ」

 玖路山くんは呆れたような声を出した。うっ、玖路山くんに失望されてしまっただろうか。うじうじしてるもんね、今の私。答えなんてイエスかノーかの2択なのに。

「よし、わかった。私、答えを出す。今度村木くんに会って、そこで決断する」

「ええ……何それ」

 ますます玖路山くんに呆れられてしまった気がしたが、もう私の決意は揺らがない。


<つづく>

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