村木と玖路山

 夕暮れ時の寂れた駅のホーム。その端、列をつくって電車を待つ人たちから離れて、二人の男子高校生がにらみ合うようにして立っていた。



「村木、おまえ江島桃子と付き合ってたんじゃないのか」

 玖路山は非難するような口調でそう言った。


「別れたよ」

 村木はそっけなく言い放った。


「それで時子に乗りかえたってわけか」声に不快感がにじんでいる。

「悪い?」

 玖路山は驚いたように目を見開いた。が、すぐに顔をしかめた。

「なんで時子なんだよ」

「ずっと好きだったから」

 村木の言葉に、玖路山は息をのんだ。


 二人はしばらくの間、沈黙した。

 駅のアナウンスや特急電車の通り過ぎる風の音だけがあたりに響いた。夜だというのに、ときおりセミの鳴き声も混じる。秋風の吹き始める頃に声を上げるような出遅れたセミは、かえって夏の終わりを感じさせた。


 ややあって、玖路山が口を開いた。

「そんなこと……そんなことなんで今さら言うんだよ。僕が時子を好きだって打ち明けたときは、おまえそんなこと言わなかっただろ」

「いじめから助けてもらった恩があったから玖路山くんを応援しようと思ったんだよ。だから、ずっと気持ちを抑えて我慢していた。でも俺も君たちみたいに正直に生きたいって思うようになったんだ。たとえ誰かを傷つけることになっても」

「自分の心に正直に生きるのと欲望に正直に生きるのは違う。人を傷つけてでもっていうのは欲望に正直な生き方だ」

「ずいぶんとさかしらなことを言うね。俺にとってはどちらも同じことだよ」

「……村木、何かあったのか?」

「別に」

「おい、村木!」


 セミの声が弱々しく響く中、電車が到着し、村木は電車に乗り込んだ。玖路山は何か言いたげな顔をしたが、すぐに別のドアから乗り込んだ。


<つづく>

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