高1 遊園地のデアデビル

 きゃあーーーーーー!


 日曜日の遊園地。遊園地は楽しげな悲鳴であふれていた。


 私は園内を歩きながら、隣の村木くんを見上げた。うーん。格好いい。格好いいのだけれども。うーん。うーーーーん。

 私の視線に気づいたのか、村木くんがこっちを向いた。ひえっ、怖い。

「何?」

「う、ううん。何でもないよ」私は首を振る。動きに合わせて、後ろで結んだ髪が揺れる。

「今日の髪型も可愛いね」

 えっ。怖い。村木くんがこんなチャラい人みたいなこと言うはずない。この人だれって感じ。

「おせち料理に入っているコンニャクみたいだね」

「もう、コンニャクじゃないよ!」

 きっと手綱コンニャクのことを村木くんは言っているのだろうが、違います。もっと可愛いやつです! 似てるけど!

「冗談だよ」

「もう!」

「ごめんって。可愛いよ」

 なんだこれ。はたから見たらバカップルの会話なのではなかろうか。しかし、私たちは腹の探り合いの真っ最中なのである。こう見えて緊張感あふれる会話なのだ。

「手、つなごうよ」

「つなぎません」

 私は歩く速度をあげて、ずんずん進んだ。

「園内は走ったらだめだよ」

「走ってません」

 これは競歩です。

「どこ行くの。乗りたいアトラクションでもあるの?」

「えっと」

 実はある。この状況で乗り物を楽しむつもりはないが、本音では興味津々のアトラクションがある。絶叫系ジェットコースター「デアデビル」だ。それはそれは大変な高低差があるコースターで、命知らず体験ができるらしい。

 昔の私なら、これに乗りたいと言って村木くんを引っ張っていったかもしれないが、本日は村木くんの腹をさぐるためにここに来たのだ。アトラクションを楽しんでる場合ではないことぐらいわかっている。私も大人になったものだ。欲望より目的を優先できるように成長したのだ。デアデビルは今度友だちと乗りに来よう。

「デアデビルだよね」

「はっ!」

 見抜かれている。

「デアデビルから悲鳴が聞こえるたび、そっちを見てるから」

 もう村木くんに勝てる気がしない。しかし、ここで白旗を揚げてなるものか。

「えっと、それもいいんだけど、観覧車にしようよ」

「意外だな。デートっぽいのがいいの? 二人きりになっちゃうけど平気?」

 うう……。頑張れ、私。

「は、話がしたいの。聞きたいことがあるからっ」

「いいよ」村木くんは微笑んだ。余裕の笑みって感じだなあ。なんか悔しい。



 観覧車に乗ったが、二人きりを変に意識してしまって、妙に恥ずかしくて全然話ができなかった。なんてことだ……。村木くんはずっとニコニコ、いや、ニヤニヤしていた……。くぅっ!


「じゃあ、お楽しみのデアデビルに行こうか」


 というわけで、デアデビルに並ぶことになってしまった。私はなぜこうも村木くんに流されてしまうのか。


 デアデビルは乗っている時間が短いからか、わりと待たずに順番が来た。

「ようこそ、命知らずたちよ!」スタッフと思われる人たちが、両手を広げたり膝をついたりしながら、満面の笑みで私たちを席まで誘導した。彼らはノリノリで「地獄を見たいのかい?」とか言ってきた。私は雷に打たれたような感銘を受けた。

 ――これだ!

 演劇ができず、版画も失った私の欠けた心にぴたりとハマるピース。私もこういう仕事をしてみたい。帰宅したらすぐにこの遊園地の求人情報を調べようと心に決めた。


 デアデビルに乗ったあと、村木くんが私の顔をのぞき込んできた。

「目が輝いてたよ。そんなに楽しかった?」

「うん……」

 乗り物そのものではなくてスタッフのノリノリっぷりに感激していたのだが、まあ、そういうことにしておく。



 園内のフードコートで休憩することになり、私はアイスココアを両手で包むようにして持ち、カップ越しに村木くんを見つめた。村木くんはコーラを片手に私を見ている。ちょっとニヤニヤしてる気がする。もうなんなの。

「き、聞きたいことがあるの」

 とりあえず、あの質問からぶつけてみよう。

「桃子さんって誰?」

 ぴりっと空気が張り詰めた気がした。村木くんは無表情になって黙りこんだが、やがてゆっくりと口を開いた。

「もしかして、あの日、駐車場にいた?」

 私は頷く。

「見てたんだ。じゃあ、言い逃れできないね」

 村木くんはコーラをテーブルに置いた。

「あれ、元カノ」

「わああああ!」

 私は思わず叫んでいた。

「じゃあ、私のことをずっと好きだったとか嘘じゃないの」

「嘘じゃないよ」

「だって彼女いたんでしょ?」

 自分で言っておきながら、私は心に傷がつくのを自覚した。ほかの女の子と村木くんが付き合うなんて、これまでなるべく考えないようにしていたけれど。そりゃ彼女ぐらい……彼女ぐらい……考えただけで泣きそう。胸が痛い。口がへの字になってしまう。

「鐘山さんのことを忘れたくて、告白してきた子と付き合ってみたけど、やっぱり鐘山さんが忘れられなくて別れたって言ったら信じる?」

「信じない」

「だから言いたくなかったんだけどな」

 村木くんは苦笑した。

「桃子さん、泣いてたよね」

「そうだね。俺のせいだね」

 なんでもないことのように言う。なんと不誠実な。これが本当に優しくてまじめだったあの村木くんなのだろうか。仮面を脱いだっていったって、ちょっと脱ぎすぎじゃないかな。

「ねえ、やっぱり私のこと好きじゃないよね?」

「好きだよ」

 それが信用できないんだなあ。

「1カ月近くも私のこと放置したのに?」

 村木くんが告白してきたのが8月半ば、そして、学校まで会いにきたのが9月上旬なのだ。その間、会うこともなければ連絡もなかった。好きだったら何かしら連絡ぐらいありそうなものだが。

「寂しかった?」

 私はむっとした。

「もしかして駆け引きのつもりだったの?」

「そうだね。昔の鐘山さんだったら、きっと放置に耐えきれずに電話してくれたはずなんだけど。でも本当のことを言うと、桃子のことで決着つけてから連絡しようと思ってた。もう別れたんだから俺たちは無関係だっていうのが、桃子は理解できないみたいで。うっとおしい女なんだ、あいつ」

 わあ、なんかダークサイド村木って感じ。過去におつき合いした人を悪くいうのって、村木くんらしくない。けど、こっちが本性って言われると……。

「でも、例の話を聞いて、さすがに俺から会いにいってしまったけどね」

 変態教師の噂話か。

「もうよくわからないよ……。村木くんのこと、本当わからない」

「だから、これから知って、俺のこと」

 知ったとして理解できるかどうか。そこも怪しい気がしてきた。村木くんはどうも私の想像の範囲外にいる気がする。

 デアデビルに乗ったせいで乱れた私の前髪を、村木くんがつまんで引っ張った。とりあえず睨んだら、村木くんは楽しそうに笑った。



 どうもだめだなあ。私は村木くんといると、なぜか弱くて流されやすくなってしまう気がする。火力でいうと、村木くんと一緒にいるときの私は弱火、もしくはとろ火だ。

 ちなみに玖路山くんといるときは強火、亜美ちゃんといるときは中火で広範囲な感じだ。

 世界を支配するなら亜美ちゃんと、手強い敵を溶かすなら玖路山くんと、煮物を美味しく煮るなら村木くんと。そんな感じ。って何言ってんだ、私。あくまでイメージの話ね!


<つづく>

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