高1 電話
8時ごろ、村木くんから電話がかかってきた。
さあ、気合い入れてぶつかっていくぞと覚悟を決めたのに、
「お風呂はもう入った?」と聞かれて、勢いを削がれた。
「えっ、まだだけど」
「じゃあ、入っておいで。今日はいっぱい走ったから汗をかいたんじゃないかな。2時間後にまた掛け直すよ」
それで電話が切れた。何だろう、親切で言ってくれるのかも知れないのだが、怖い。
うまく言葉にできない怖さにもやもやしながら、私は入浴を済ませ、パジャマ姿で自室のベッドの上でスタンバイした。
2時間後、携帯が鳴った。
村木くんからの電話だと思うと、携帯のコール音すら聞いているのが怖くて、1コール目で電話に出た。
「お風呂、入ってきた?」
「ま、まだ入ってない……」もう既に混乱しつつある私は、無意味な嘘をついていた。
「嘘ついてるね」村木くんは楽しそうに笑った。なんでバレてるの……。
「鐘山さんって嘘つくときは声のトーンが高くなるからバレバレだよ」
「へ、へえ~」
「お芝居は上手なのに、嘘は下手なんて面白いね」村木くんはくすりと笑った。
怖い!
「そんなことより……」村木くんの声が低くなった。
「変態教師に何かされたって本当?」
「えっと、うん。でもやり返したよ。変態はクビになってどこかへ消えていったよ!」
「何されたの」
「……言いたくない」
「教えて。鐘山さんのこと全部知りたい」
それが怖いんだけど。
「全部知った上で、全部受けとめるから」
そんなこと言われても。でも、まあ、どうしても言いたくないってわけじゃないから、しぶしぶではあったが変態教師の悪行について説明した。
「体を触られたの? どこ?」
「ええっ、そんな細かいことどうでも良くないかな? というか思い出させないでほしい。かえって嫌な記憶を思い出してしまって忘れられなくなるよ」
「ああ、それもそうか。ごめん。考えが足らなかった」
はあ、良かった。
それにしても、ずっと村木くんのペースだな。肝心の話ができていない。これじゃ電話する意味がない。くそう、頑張るんだベルちゃん!
「そ、それよりも、村木くんと話さないといけないことがあるんだ!」
「何?」穏やかに問い返してくる村木くん。
「これは私の勝手な思い込みなのかもしれないんだけど、今の村木くんは私が知ってる村木くんじゃない気がする……」
「うん。だろうね。それで?」
「どういうことなのか説明してほしいの」
「いいよ。俺のことを教えてあげる」
村木くんはあっさり承諾してくれた。いよいよ本題だ。私は一言も聞き漏らすまいと携帯を耳にしっかり押し当てた。
「俺が小学5年生のとき転校してきたの知ってるよね。そのときにいじめに遭ったんだ。鐘山さんはそのことを知らないと思うけど」
まるで人ごとのように淡々とした口調で言われた。ショックだった。村木くんがいじめられてたなんて知らなかった。
「そうだったんだ……」
ほかに言葉がでない。気付けなかったこと、助けてあげられなかったこと、今さら謝って済むとは思えないが、つい「ごめん」と言ってしまった。
「別に鐘山さんが謝ることじゃないよ。玖路山くんも助けてくれたしね」
村木くんは穏やかにそう言う。後悔で胸が痛む。でも玖路山くんが助けたというのは救いに感じた。
「それから、いじめっ子たちに目を付けられないよう、周りに気を遣って、優しいまじめ君を演じてた。それで仮面を被るクセがついたんだろうね」
ああ、私が好きだったのは、演じられた村木くんだったのか。胸に穴があいて、そこから空気がすーっと抜けていくような、虚しさを伴う悲しさで息が苦しくなった。これは失恋の痛みなのかもしれない。
「私が好きだった村木くんは偽物だったんだね」
「そうとも言えないよ」
えっ?
「演じていたとしても、あれは俺の一部だしね。中学に入ってからは、別にいじめられる心配もないのに、あえてああいう自分でいることを選んだし。だから鐘山さんが好きになってくれた俺も偽物ではないよ」
そ、そうかなあ?
「だけど、もう高校生だし、そろそろ仮面を脱ごうと思ってね。鐘山さんにはこっちの俺も好きになってほしいな」
ええと……。今、失恋の痛みを感じている真っ最中なんですが。
「今度の休みに遊園地に行こうよ。何度かデートしてみて、俺のことを知って、それから付き合うかどうか決めたらいい」
「え、でもデートって付き合っているカップルがするものじゃないの?」
「鐘山さんは俺の一部が好きだし、俺は鐘山さんの全部が好きだし、両思いだから問題ないよね」
何かが違う気がする……。
そういうわけで、今度の日曜日に遊園地に行くことになった。
結局、村木くんのペースになってしまった。どうして村木くん相手だと、こうもたやすく流されてしまうのだろう。村木くん、頭がいいからかなあ。
<つづく>
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