高1 あの日の約束
美術教師の腕にシャーペンを突き刺した事件で停学になって、1日だけ学校を休んだけれども、その停学が取消になったので、私は翌日から普通に登校した。
なにやら私を見てヒソヒソしている生徒もいたが、特に気にしなかった。私は普段通り過ごすつもりだ。凜兎ちゃんを初めとする友人たちも普通に接してくれたし。
しかし、亜美ちゃんの話を思い出して、子供じゃないなら周りの目もちょっとは気にしないとねと思い、しばらくは大人しく過ごそうと決意した。
その日の放課後。
帰り支度をしていたら、他クラスの女子生徒が教室に駆け込んできて、「英高の男子が校門にいるんだけど!」と騒ぎ出した。英高ってのは、村木くんんと玖路山くんが通っている進学校の名前だ。
私はどきっとした。まさか村木くんが私に会いに来たとか?
「えー、男子が校門にいるとか、それって絶対彼女に会いに来たやつだよね」
「その人、どんな人だった?」
私は耳に全神経を集中した。
「すごい格好よかったよ」
えっ、じゃあ、村木くんかな。私は急にそわそわした気持ちになり、校門に向かった。
遠くからでもわかった。村木くんじゃない。玖路山くんだった。がっかりしたような、ほっとしたような。
制服姿で門の横に立っている玖路山くんはかなり目立っていた。うちの制服って男子はブラウンのブレザーなんだけど、玖路山くんのところは硬派な学ランだから、妙に浮いているというか、武闘派が乗り込んできた感がある。
それにしても、この学校に何の用だろう。まあ、聞いてみればわかるか。
「玖路山く……」
手を振って駆け出そうとして、おっと、いけない、しばらく大人しくするんだったと思い出した。
玖路山くんはすぐに私に気づいて近づいてきた。
「あんたに話がある」
「う、うん? 私に?」
真剣な顔で頷いた玖路山くんは、私を近くの公園へ連れていった。
夕方、公園は小学生が駆け回っており、とてもにぎやかだった。
ベンチに腰掛けて、「話って何?」と聞くと、玖路山くんは私をちらっと見て、俯いた。
「言いにくいこと?」
玖路山くんはゆっくりと話し始めた。
「あんたが話したくなかったら……無理に話さなくてもいいんだけど……」
「うん……?」
またちらっと私をみて、目をそらす。
「変態教師に……、それで、シャーペンで刺したって聞いた」
「ああー、そのことか。えっ、何で知ってるの」
「噂になってる」
ええー。まあ、変態教師の噂はいっぱいあるけれど、それを刺したってのは私も聞いたことないもん。今回は珍しいケースだ。噂になってもおかしくない。
「それで会いに来てくれたんだ。心配してくれてありがとう」
「それもあるけど……」
んん?
「そいつにとどめ刺そうと思って来たんだ。そいつの名前、教えて。今学校にいる?」
私は笑った。
「もう学校辞めてどっか行っちゃったよ。行先はわからないなあ」
玖路山くんは不機嫌そうに口を歪めた。
「くそっ。逃がしたか」
「玖路山くんは相変わらず過激派だね」
「あんたほどじゃない」
そうかなあ。まあ、教師にシャーペンを刺してるわけだし、そうなのかも。
玖路山くんはため息をついて、天を仰いだ。
「あーあ」
私も黙って空を見上げた。オレンジになりかけの空に、カラスが飛んでいた。
「あんた、昔の約束、覚えてる?」
「もちろん。いっぱい約束したよね。大人になったら潮干狩りに行く約束とか、海外旅行する約束とか、将来の夢が叶ったら報告する約束とか。一緒にお酒を飲む約束もしたよね」
数え上げたら切りがない。
「僕とあんたの二人だけの約束は? 誰にも言わないっていう約束」
「それは……」
玖路山くんの痛みに触れる約束だ。
「うん、覚えてるよ」
「変態に腹立つことされて、あんたに……言ってないこともされて、混乱して頭ぐちゃぐちゃで」
言ってないこともされた、という言葉を玖路山くんはさらりと告げた。これまで玖路山くんはずっと一人で抱え込んできたのだ、その重くてつらい秘密を。
「最低な気分で、でも、あんたが僕の足の泥を払ってくれて、一緒に変態を殺そうって言ってくれて、なんか笑った」
「ふふ、私やっぱり過激派だね」
「まあね。でも、僕はあれで救われたんだ」
「そっか。玖路山くんの役に立ったなら嬉しいなあ」
「だから、あの時からずっと心に誓っていた。あんたに何かする奴がいたら、僕が殺す」
「えー、自分でできるからいいよ」
「いや、そこは、「やめて、そんな恐ろしいことしないで」とか言うんじゃないの」
「私過激派だからね」
くすっと玖路山くんが笑ったので、私も笑った。
「なんか拍子抜け」
「どうして?」
「もっと落ち込んでるかと思ったけど、いつもどおりだった」
「ふはは、ベルちゃんをなめるなよ」
「強いよね、あんたって昔から」
「玖路山くんほどじゃないよ。強いって言葉が私たち4人の中で一番似合うのは玖路山くんだよね」
「強い女を守りたいって思ったら、もっと強くならないといけないから」
そんなことを言われて、ふと亜美ちゃんの言葉を思い出した。玖路山くんは、ずっと好きな人がいて、その人は……。
な、なんだか気まずい気がしてきた。話題を変えた方がいいかも。
「そうそう、玖路山くんからもらった本読んだよ。面白かった!」
「えっ」
玖路山くんはびっくりした顔で振り向いて、急に耳まで赤くなった。
「そ、そうか、良かった。どの辺が面白かった?」
「女の子が主人公で、格好いいところ。しかも考えることがしっかりしててさ」
「僕も思った。格好いいなって。あれ、続刊があって……」
「玖路山くん、俺の彼女を勝手に連れ回さないでほしいな」
気づけば目の前に村木くんが立っていた。
玖路山くんは、信じられないといった顔をして、私を見つめた。目が問いかけているのがわかる。村木くんの言っていることは本当かどうか私に尋ねている。
私は答えられなかった。違うと否定することも、そうだと肯定することもできなかった。そもそも自分でもどっちなのかわかっていない。
だから、
「付き合ってほしいって言われたんだ」と事実だけ伝えた。
玖路山くんは顔を背けて立ち上がって、何も言わずに公園出口に向かって歩きだした。
思わず声をかけて引き留めたい気持ちになって、でも、声を掛けてどうしたいのか自分でもわからなくて、無責任なことはできなくて、私はどんどん遠ざかっていく背中を見ていることしかできなかった。
玖路山くんが見えなくなると、村木くんはさっきまで玖路山くんが座っていた場所に腰掛け、私の肩を抱いてきた。
「やめてよ」
振り払う。勝手に触らないで。
私は立ち上がって、村木くんの目を見据えた。
「今夜、電話して」
ここらで一度村木くんとは話し合う必要があった。スキンシップのできない距離で。
「私の電話番号、知ってるよね。前にも電話でファミレスに呼び出されたし。教えた覚えはないけど」
なんだか言葉にとげが出てしまっている自覚はあった。なんでこんなふうになっているんだろう、私たち。
「俺が何で鐘山さんの番号を知っているか種明かししようか」
私は眉をひそめた。あまり聞きたくない気がした。
「中学のとき、亜美ちゃんの下駄箱に手紙を入れたの覚えてる? あれを見たんだ」
「……っ」
人の手紙をのぞき見か。どんどん村木くんのイメージが悪くなる。私の中の恋心が本人に破壊されていくような気分だ。
「それぐらい好きだったんだよ。鐘山さんに嫌われることをしてしまうぐらい好きなんだ、ずっと」
熱いまなざしで狂ったことを言われて、私はいろいろな気持ちを通り越して悲しい気持ちになってきていた。
「私、もう帰るから」
「送るよ」
何も言わずに走って逃げ出した。
<つづく>
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