高1 変態とボウフラはすぐ湧くから早目に退治

 その後、村木くんから連絡はなく、私も連絡しなかったので、関係が途切れた。

 ほっとした。正直言うと、寂しくも思った。でも、このまま会ってもろくなことにならない気がしたので、これで良かったのだと思う。村木くんと会っても混乱するばかりで、一旦離れて考えたかったのだ。村木くんの気持ちも謎だが、それ以上に考えないといけないことがある。それは、私がどうしたいかってこと。しかし、それも今は見えない。もちろん村木くんのことは今も好きだという気持ちは変わらない。しかし、どうも目の前にいる村木くんはちょっと何か違う気がするのだ。私の好きだった村木くんと現実の村木くんの乖離は一体なんなのか。


 家に行くという誘いを断ったから、村木くんに嫌われてしまったのではないかという不安もあった。私の知っている村木くんならあれで嫌ったりはしないと思うのだが、どうもよくわからない。


 好きなのに、なんか変。すっごいモヤモヤ。ああ、どうしたらこのモヤモヤは晴れるのだろうか。



 悩んでいるうちに夏休みが終った。

 私は高校から始めた版画により打ち込むようになっていた。



 ある時期から、「今度は自分でデザインを考えてみなさい」そう課題を出されるようになり、私は先生のアドバイスを受けながらデザインするため、放課後は美術室に入り浸るようになっていった。


 その日も、美術室で貝殻を組み合わせたデザインをスケッチブックに書いては消し、書いては消しを繰り返していた。袖が汚れたらいけないのでブラウスの袖を腕まくりをしてデザインをうんうん考えていた。

 放課後の美術室は、いつもは美術部員が誰かしらいるのだが、その日は部活動が休みだったようで、私と矢野先生しかいなかった。先生は私の正面の席で、事務作業をしていた。



 黙々と鉛筆を走らせていたら、先生はいつの間にか私の背後に立っており、「進捗はいかがですか」と尋ねてきた。ちょうど悩んでいた部分があったので、相談してみることにした。

「先生、ここの巻き貝が集合した箇所なのですが、少しくどくないでしょうか。貝を減らしたほうがいいでしょうか?」

 先生は、「どれどれ」と言いながら、左手を私の肩に置き、先生の眼鏡のつるが頬にくっつくほど、顔を寄せてきた。

 そのとき、あっ、と気づいた。この感じは間違いない、痴漢だ。

 私はパニックになってフリーズした。先生どうして。

 悲しいとか怖いとか怒りとか気持ち悪いとか、うまく言語化できない負の感情が全部ミックスになって頭の中で一斉にうずまいて爆発しそうだった。


 先生の吐息が頬にかかる。しっかりしなくては。パニックを起こしている場合ではない。抵抗しなければ。勇気を出して振り払わなければ。しかし、私が動くより先に先生のほうが離れた。

「いや、このままでいいでしょう。層を重ねることにより美しさが生まれますから」

 先生が離れて、ほっと息をつく。あれ? もしかしたら私の思い違いだったの……かも。そうだよね、先生がそんなことするわけがないよね。春からずっと版画について指導してくださったのだ。厳しいけれど良い先生なのだ、変態行為なんてするわけない。さっきのは気のせいだと私は自分に言い聞かせた。

 そのとき、背中を引っ張られるような、一瞬息が詰まるような感じがして、ふっと胸が楽になった。

「えっ……?」

 私はとっさに胸を押さえた。ブラがずり落ちそうになっていた。これ、ブラウスの上からブラのホックを外された?

「どうかしましたか?」

「い、いえ……」

 私は胸を押さえたままうつむく。これは一体なんだ? 今何が起こっている? ……数秒考えた。うん、わかった、私は間違いなく先生に裏切られたのだ。先生は、いや、矢野は変態教師だったのだ。もう最悪。今すぐここから逃げよう。そう思って立ち上がったところで、背後から矢野がのしかかってきて、机にうつぶせの状態になった。そのまま矢野の手が服の中に入ってきて――、私はブチ切れた。

「性犯罪者ぁぁぁぁぁ!」

 とっさに持っていたシャーペンを矢野に向かって突き刺した。矢野はカエルみたいな悲鳴を上げて、くずれおちた。

 振り返って、性犯罪者の様子を確認すると、私の銀色のシャーペンは見事に矢野の上腕に突き刺さっていた。半袖だったのがツイてなかったね、長袖だったら刺さらなかっただろうにと妙に冷静にそんなことを考えた。

 赤い血が1滴ぽたりと床にたれたのが見えた。

「お、おまえ頭がおかしいんじゃないかっ、教師にこんなことしてどうなるかわかっているのか……」

「よくそんなことを言えるよね。自分の立場わかってないのかな。あなたはもう先生ではない。ただの性犯罪者だ」



 このことは学内で問題となり、私は停学となった。過剰防衛だと責められたのだ。あと、先生からの「不適切行為」とやらに対して即座に反撃しなかったから、先生を誤解させたとも言われた。裏切られたショックでフリーズしてただけなのに理不尽すぎる。


 納得がいかない。

 親からも叱られた。納得がいかない。

 だから、警察に被害届けを出すことにした。しかし、親にやめろと言われ、学校にやめろと言われ、警察官にまでやめるよう説得され、私も過剰防衛で訴えられるかもしれないと脅され、最終的には学校は停学処分は取り消すかわりに私は被害届けを出さない、矢野も私を訴えないというところで話がついた。


 被害届けを出す出さないの話って、中学のときの長田を思い出すなあ。そういえば長田は高校では問題を起こすことなく、学校に馴染んでいるらしい。本人も成長したってことなんだろう。


 ちなみにシャーペンは先生の骨や神経を傷つけなかったようで、腕に障害などは残らなさそうとのことであった。

 矢野は高校をやめて、どこぞへ去っていった。再犯しなければいいのだが。更生した長田を見習ってほしい。


<つづく>

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