第137話 大金星

1945年6月6日 午後4時


 彼我の相対位置の微妙なズレによって「長門」の第6、7、8斉射と敵3番艦の第4、5、6、7斉射はそれぞれ空振りに終わったが、「長門」の第9斉射から命中弾が再び発生し始めた。


「敵3番艦の艦橋付近に1発命中!」


「敵3番艦の砲弾が再び本艦を捉える前に打ちのめせ!」


 砲術長からの報告に対して「長門」艦長の渋谷は覆い被せるように言った。「長門」がアイオワ級に勝っているのは乗員の練度だけだ――そう考えている渋谷は、敵戦艦の巨弾によって「長門」が致命的な損傷を被る前に決着を付けるしかないと考えていたのだった。


 敵3番艦の第8斉射が弾着し、至近弾炸裂の衝撃によって「長門」が僅かに振動するが、命中弾は1発もない。敵3番艦は弾着修正に大分手間取ってしまっているようであり、まだ「長門」には時間の猶予があるように感じられた。


 入れ違いに「長門」の第10斉射がまとめて弾着し、艦の中部に1発、艦の後部に1発の命中弾が確認され、敵3番艦の艦上から大量の角材が舞い上がる。敵3番艦の非装甲部を易々と貫通した40センチ砲弾が艦内で炸裂し、膨大な破壊エネルギーをばらまいたのであろう。


「2発命中! 敵3番艦の火災更に拡大!」


「艦長より全乗員へ。『長門』は敵3番艦に対して優位に立っている。総員もう一息だ!」


 渋谷は艦内放送を使って戦果を知らせる。単純な方法ではあったが、部下の戦意を高めるには「長門」が実際に上げている戦果を伝えるのがもっとも手っ取り早い方法であった。


 敵3番艦が第9斉射を放つが、弾着の位置はあろうことか、前の斉射の時よりも見当違いになっている。敵3番艦は艦上を覆う大火災によって「長門」に対する照準を付けるのが困難になっているのかもしれない。


 「長門」の第11斉射弾が着弾する。


 敵戦艦の艦橋付近に今度は2回爆発炎が確認され、それを見た渋谷は確かな手応えを感じた。


「よし!」


 水柱が崩れたとき渋谷は歓声を上げ、「長門」の艦橋内が湧き上がった。


 敵3番艦の艦橋の形が大きく変化していた。ノースカロライナ級以降の米戦艦は塔状の艦橋を全艦が持っているが、その艦橋の高さは半分以下に減じていた。「長門」の第11斉射弾が敵3番艦の指揮系統を完全破壊したのだ。


 艦橋破壊前に敵3番艦放っていた第10斉射弾が唸りを上げて飛翔し、当たらないと思われていたが何と1発が「長門」に命中した。


「後甲板に被弾1。火災発生!」


 渋谷には敵3番艦が最後の力を振り絞って「長門」に主砲弾1発を命中させたように感じた。


「勝ったな」


 渋谷は呟いた。対アイオワ級という不利な戦いではあったが、彼我の乗員の練度差といくつかの幸運に助けられて「長門」は勝利をもぎ取ることが出来たのだ。


「艦長より全乗員へ。『長門』はアイオワ級に勝利せり。繰り返す、『長門』はアイオワ級に勝利せり。敵アイオワ級戦艦1隻撃沈確実!!!」


 「長門」の艦内のいたるところから歓声が聞こえてきた。副長の大西新蔵中佐や砲術長の土屋光世中佐も拳を天に突き上げて、歓喜の気持ちを全身で表していた。


「他はどうなっている?」


 敵3番艦を撃沈確実に追い込んだ「長門」だったが、彼我の戦力を考えると日本側が優位に立ったとはまだ言えない。速やかに「長門」も次の目標に切り替えなければならなかった。


「『武蔵』奮戦中! 敵2番艦の主砲塔1基乃至2基破壊している模様!」


「第2戦隊『比叡』大火災! 『金剛』も酷い!」


「敵6番艦戦闘不能! 敵5番艦も右舷に傾いています、水面下に損害を受けている模様!」


 この時、第2戦隊の金剛型戦艦4隻と敵4、5、6番艦の戦いも凄まじい様相を呈していた。


 1番艦の「金剛」は敵4番艦を、2番艦の「榛名」は敵5番艦を、3番艦「比叡」、4番艦「霧島」は敵6番艦相手に射撃開始。


 それに対する敵4番艦は「金剛」、5番艦は「榛名」、6番艦は「比叡」に射撃開始。


 「金剛」はアイオワ級を1対1で相手取るという地獄絵図になり、敵弾9発の命中によって主砲3基を爆砕され、既に戦闘不能の状態。(その代償として敵4番艦も36センチ砲弾を7発程度被弾していたが、アイオワ級の重防御に対して「金剛」の砲弾は如何にも非力であり、艦上に中規模な火災が発生しているのみだった)


 「榛名」もアイオワ級を相手取っていたが、こちらは敵5番艦――「ウィスコンシン」が昨日の夜間砲雷戦によって水面下に魚雷2本を喰らっており、戦う前からかなり満身創痍の状態であったため、こっちの戦いは逆に「榛名」が主導権を握っていた。


 艦体の傾きによって射撃精度を十分に確保出来ない「ウィスコンシン」に対して「榛名」は計14回の斉射によって計31発の命中弾を得て、その内数発が「ウィスコンシン」の重防御を貫通して致命傷を与えることに成功した。


 多数の被弾によって艦上・艦内だけではなく、水面下の被害も加速度的に急拡大してしまった「ウィスコンシン」では既に艦長のトラフト大佐は既に「総員退艦」を下令していた。


 「比叡」「霧島」は2対1でサウスダゴタ級の「アラバマ」を相手取り、「比叡」が廃艦同然になるのと引き換えに「アラバマ」を火災によって戦闘不能に追い込むことに成功していた。


 これらの状況を考慮して「長門」が敵4番艦に対して砲門を開いたのは2分後だった。



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